それを黒幕と人は言う
「ひいいい!」
「いやー! 何!? 何なのよ!?」
ウィルソンとシンディの悲鳴が響く中、部屋に取り付けられたモニターがパッと点いた。
映っているのは操縦室とシグルド様だ。そちらからも慌ただしい声や音が聞こえてくる。
『ノア君、フォルテ君、無事ですか!?』
「大丈夫です。シグルド様、この揺れは……」
「空賊による襲撃です。現在、応戦しています。揺れますので、十分に気をつけてください」
空賊と聞いて真っ先に浮かんだのはロメオだ。もしかしたらマリーノ・ファミリーだろうか。
そう考えていると、モニターはパッと飛空艇の外の様子を映し出した。進行方向の様子から考えると左舷側だろう。
そこに映っていたのは、やたらと派手な金色の飛空艇だ。ここまで自己主張の激しい飛行艇も珍しい。
これがマリーノ・ファミリーの飛空艇なら、何だかイメージとずいぶん違うような。
そう思っているとロメオが「げっ」と顔をしかめる。
「オーロ・ファミリーの飛空艇だ。何だってこんなところに……」
「えっ」
聞こえてきた言葉に、思わずぎょっとしてモニターに映る飛空艇を凝視する。
見ているのは相手の飛空艇の側面部だ。空賊は大体、船のその辺りに自分達のマークを塗装している。
そこには二本の角を生やした、雄々しいバイソンの絵が描かれていた。
このマーク、とても見覚えがある。
「フォルテ、どうかした?」
「いや、前にカベルネで捕まえた空賊が着ていたジャケットの模様がこれだったなーって……」
兄の言葉に乾いた笑いを浮かべていると、私の言葉が聞こえたらしいシンディが叫ぶ。
「あなたのせいってこと!?」
「そんな理由でわざわざシャヘル国が所有する飛空艇を襲うほど、あいつら馬鹿じゃないと思いますけど。考えられるとすると……」
何か言いかけたロメオ。
その時、モニターに映る金色の飛行艇の向こうに、青い光が見えた気がした。するとオーロ・ファミリーの砲撃が減る。
「向こうにもう一隻、飛行艇がいるね」
モニターを見ながら兄が目を細くしてそう言う。見ていると金色の飛空艇は反対側へも砲撃を始めたようだ。
これはチャンスである。何が起きているかは分からないが、今なら撃ち落とすにせよ、この場から脱出するにせよ、どちらも可能だろう。
そう思っていると、私達が乗っている飛空艇の速度が上がった。シグルド様はこの場からの脱出を選んだようだ。
オーロ・ファミリーの飛空艇を挟み撃ちして撃墜しても、向こう側の正体不明の飛空艇が味方とは限らない。
大きな被害を受けるよりは、そちらが撃ち合ってくれている内に脱出した方が良いとの判断だろう。
そうして離れ始めると、向こう側の飛空艇も見えてくる。
綺麗な青色の飛空艇だ。ロメオが息をのむ声が聞こえた。
その時、部屋のドアが開いた。
反射的にそちらを向いたと同時に、何か筒状のようなものが部屋に投げ込まれる。
それは床に落ちると、
カッ、
と、ひと際強い光を放った。
――――閃光手榴弾!
そう思って身構えたが、放たれたのは光だけ。
音も聞こえず、衝撃もない。
少しして光が止んだ時には、目の前に紳士然とした装いの、大変綺麗な顔の銀髪の男が、シンディの頭に銃を突きつけ立っていた。
「ごきげんよう、皆さん。そして突然のご無礼をお許しください」
男はにこりと笑ってまるで悪いとなど思っていない口ぶりでそう言った。
その男の姿を見てロメオが目を見開く。
「ボス……!?」
「やあロメオ、待たせたね」
彼がボスと呼ぶならば、この男の正体は。
「ヴェント・マリーノか?」
兄が銃を構えて鋭い声で確認する。
私もそっと上着に隠れた位置にある銃に手を伸ばす。ど
「ええ、そうです。初めまして、シャヘル国の皆さん。――――武器を捨ててくれるかな?」
「た、助けて! 助けてノア様、お父様ぁ!」
悲鳴を上げるシンディに、ウィルソンが必死の形相でノアを見上げる。
「の、ノア君! ノア君、お願いだ! 娘を助けてくれ!」
「……本音を言えば、リリやうちの人間に酷い真似をした君達を、助ける義理はないんだけどね」
「そ、そんな……」
「だけど仕事上で必要な事だ」
ノアは小さく息を吐いた後、構えていた銃をゆっくり下に置いた。
そして軽く手を上げる。ヴェントは「結構」と短く言うと、今度は私の方へ顔を向けた。
「そっちのお嬢さんも」
どうやら銃の存在はバレていたらしい。
仕方ないと思いながら、私も銃を床に置いた。
「ずいぶん派手な真似をするね。君はカベルネ市民にとってヒーローだろう? こんな真似をしたら評判が落ちるんじゃないのかい」
「いえいえ。この飛空艇を襲撃したのはオーロの連中でしょう? 私達はそのおこぼれに預かっただけですよ。……まぁ、ちょっと餌は撒きましたけどね」
それを世間では計画的犯行とか黒幕とか言うのだが。
くすりと笑うヴェントに、心の中でツッコミを入れておく。
「……さて、と。それではお嬢さん、ロメオをこちらへ」
どうやらこの空賊は私をご指名らしい。まぁロメオの一番近くにいたので仕方がないだろう。
兄の方を見ると小さく頷いてくれた。ひとまず言う通りにしろ、ということだろう。
兄に向かって頷き返すと、ロメオの方を振り返り、彼を立たせる。ロメオは相変わらず、何とも申し訳ない顔をしていた。
「あの、何か本当にすみません……」
「まぁ本当に知らなかったなら仕方ないですよ」
そしてロメオの後ろに立って、歩かせ、ヴェントの所まで連れていく。
ヴェントはロメオの状態を確認したあと、両手を拘束する手錠に目を落とした。
「手錠の鍵は?」
「管理しているのは別の人間ですので、ここにはありません」
「なるほど。まぁ良いか」
そう短く言うと、ヴェントはシンディの背中を押して解放すると、今度は私の頭に銃を突きつけた。
人質交代というわけか。確かに恐怖でまともに動けなさそうシンディを人質にしたところで、足手まといだろうしな。
シンディが「あっ!」と短く悲鳴を上げて床に蹲ると、慌ててウィルソンが駆け寄る。そしてシンディをかばうように彼女の前に座り込んだ。
「……理解に苦しみますよ。どれだけ他の子供を蔑ろにしても、愛人の子だけは可愛いんですねぇホント」
そんなウィルソンを、ヴェントは蔑むような目で見下ろす。
ウィルソンは「ひっ」と短い悲鳴を上げたが、娘の前から退くことはなかった。
そんな彼らにヴェントは直ぐに興味を失くした様子で、私の方に視線を向けてきた。
「さて、それではお嬢さん。あなたには申し訳ありませんが、ほんの少しお付き合いくださいね」
「フォルテ!」
「動かないで。頭は打ち抜きゃしませんけど、他はどうか分かりませんよ」
なるほど、殺す気はないと。
それはそれで有難いけれど、どうしたものかな。
「いつ飛空艇に入ったんです?」
「オーロの連中がこの船を襲う少し前ですよ。攻撃に合わせて上からお邪魔しました」
意外と気付かれないものですね、とヴェントは言う。
うーん、意外とと言うか、ここまで接近されていて気付かなかったのなら、どちらの飛空艇にもステルス性の機能を持っているのだろう。
この飛空艇にも索敵レーダーは搭載されているからね。なかなか性能の良い飛空艇に乗っているようだ。
……まぁステルス性があっても、その意味が欠片もなさそうな派手な飛空艇は外に飛んでいるけれど。
さて、本当にどうしたものか。
少し整理をすると、ヴェントの目的はロメオの奪還。
けれど私達の命を奪おうとは思っていないようだ。
考えながらちらりとシンディの方へ目を向ける。
彼女が足手まといだから放り出されたと考えるなら、少なくともわたしはそう思われていないようだ。
なら単純に、私が人質の状況から外されるとしたら、邪魔になった時だ。
人質がいなくなれば兄は動ける。そうすればヴェントは、手錠で拘束されていて戦力としてはあまり期待できない空賊を一人で庇って戦う羽目になる。
そう考えたら、するりと体が動いた。
「さて、それでは外まで――――」
そうヴェントが言いかけた時、私は体を横にずらし、その振り向きざまにその手首を掴んだ。




