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聖女の励ましは今も生きている【長編版】  作者: りすこ
グランドール編

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21/22

それでも、王子は石を投げない

 出陣する前、武装したグランドールはメロに挨拶をした。メロはやはり酷い顔色だった。それは自分も同じかと、グランドールは苦く笑う。


「せいぜい黙って、祈っていろ」


 歌うなよ、と願いを込めたが、それは叶わない気がした。彼女に関して願ったことは一度たりとも叶わなかったからだ。


 だからせめて、その命だけは散らすなと、グランドールはメロを見つめ、踵を返した。




 総大将としてバロックが出陣の号令を出す。


「我らが目指すのは勝利のみ! その一点しか目指すな! 進め!」


 おおっ!と大地が揺れるほどの声が沸き上がり、隊は進んだ。



 敵の壁に標準を合わせるように、高台に砲台が設置される。敵はすぐにこちら側の動きに気づき、目を血走らせ襲いかかってきた。


「異教徒共め! 神の加護を受けた我らに敵うと思っているのか!」


 豪剣が振るわれ、先陣の兵士が倒れる。血を流し倒れる兵を一瞥し、次なる兵が剣を振るう。ガキンっと、鈍く打ち合う音が響いた。兵士は全身の力を腕にのせて、踏み込む。


「うるせぇんだよ! 人を殺すことしかできない神なんぞ、お前ごとぶったぎってやる!」


「己! 貴様ぁぁ!」


 大地を揺るがす打ち合いの中、砲弾が飛び交った。ディーンは黒いフードを身に纏い、単身敵地に侵入した。


 戦況は一進一退を繰り返した。高台から戦況を見ていたバロックは双眼鏡で、全体を見つめながら指示を出していく。グランドールは腕を組んでそれを見ながら黙っていた。バロックの指揮は正確ではあったが、やはり城壁を崩さないことには消耗戦になる。長引けば無駄な血が流れる。隙ができるのをひたすら耐えて二人は待っていた。



 そして、転機は訪れる。激しく撃ってきた砲弾がぱたりと打つのをやめたのだ。


 バロックは今だ!と砲弾を打つように、指示をしようとする。その前にグランドールを見た。それは、この一撃がディーンを死なせるものかもしれないからだ。彼の死が持つ意味をバロックも、グランドールも充分理解している。


 それでも、グランドールはバロックに向けて声を出した。


「お前が総大将だ! 躊躇うな!」


 一喝されバロックは腹を据えた。


「あの砲弾めがけて撃て!!」


 黒い凶器が空に向かって放たれる。

 弧を描いて放たれたそれは、聖女の唄のように空を揺らした。


 ――ドガアアァァァァァン!!


 連続して撃ち込むと、城壁の一部が崩れ、兵が流れ込むように突撃した。




 ***


 戦闘は5日と想定より早く終止符を打った。それはディーンが、敵の砲弾を無効化したのが大きかった。


 大司教と名乗る自主領地を統括していた男を捕らえて、特に抵抗が強かった者たちも捕らえられた。


 一般市民は無抵抗で降伏したため、無差別な殺戮は行われなかった。聖女たちはザックが率いるグリッド国軍により、解放された。


 終戦に兵士は歓喜の雄叫びを上げた。勝ちどきの声を聞きながら、バロックもグランドールも、深く息を吐き出した。


「バロック。死んだものも誰一人欠けることなく帰るぞ。戦いは終わった。時間がかかってもいい。あいつらを家に帰してやろう」


「御意……」


 隊の三分の一の犠牲を出した。その何倍も、何十倍も嘆きは深い。誰かが、誰かの大切な人であり、記憶に残る人だからだ。だから、今まで帰せなかった贖罪も含めて、せめて彼らは家に帰したかった。


「残った者に消息不明という残酷を押し付けるなよ。せめて……骨ぐらい手渡したい」


「……わかっております」


 それを手渡しても彼らが帰ってくるわけではない。そんなことは分かっている。偽善だと言われようと、戦った者たちと全員と帰りたかった。


 グランドールの思いはすぐに兵に伝わり、勝ちどきの声を上げていた全員が引き締まった顔をした。動けるものは休むことなく、亡骸の回収に動き出した。


「あまり根を詰めるなよ。まずは食事をしろ。休め。横になれ。寝ろ」


 グランドールは忙しなく動き回る兵士に、眉をひそめながら言った。しかし、兵士たちは顔を見合わせて目を丸くする。


「なんだその顔は……」


 グランドールが怪訝そうな顔をすると、バロックがくすくす笑いながら、声をかけてきた。


「それを言うなら、殿下がまず休んでください」

「あぁ?」


 バロックはにっこりと、目が全然笑っていない笑顔を作る。


「顔色が悪すぎます。遺体の確認も宜しいですが、食事をとって、休んで、横になって、寝てください」


 その言葉にグランドールは片方の眉をつり上げた後、視線を逸らした。


「休めるか……まだ、あいつが見つかっていない」


 それはディーンのことだった。ディーンの姿を見た者はおらず、その消息は不明だった。グランドールの焦燥感をバロックは理解していた為に、ほどほどにしてくださいと声をかけた。


 しかし、ディーンの姿は丸一日経っても、見つからなかった。


 グランドールは目眩と頭痛に苛まれながらも、休むことなくディーンの消息を探した。崩れた城壁の下にいるならば、数日はかかる。


 ふらつくグランドールを支えながら、バロックは限界だと言わんばかりに声を出した。


「殿下。一旦、王宮へお戻りください。このままでは……」


 グランドールはバロックの手を振り払い、首もとを締めるように彼の服を掴んだ。グランドールは瞠目し、異様な空気を纏いながら唸るように声を出す。


「俺は引かん。あいつに……メロに説明のつかないことだけはしたくない」


 グランドールは腹の底から声を絞り出した。


「俺は散々、メロに嘘をついてきたが、あいつの……ディーンの生死だけは嘘を付きたくはない!」


 それを叫ぶと、グランドールの体がぐらりと揺れた。役に立たない体だ……と、憎々しげに吐き出すと、バロックはグランドールの両肩を掴んで、目を醒ませと訴えた。


「今ここであなたが倒れて、万が一のことがあったら、死んだ兵士が報われません!」


 痛いところを突かれて、グランドールは奥歯を噛み締める。バロックは冷徹な瞳で言った。


「お引きください。ディーン小佐は必ずや発見します。これは総大将としての命令です」


 グランドールの体から力が抜ける。そこへ一人の兵士が駆けつけてきた。補給部隊として参加していたガロンだった。ガロンは額に汗をかきながら、敬礼をすると、バロックに向けて早口で言った。


「ディーン小佐の捜索範囲を広げさせてください。壁の外に出ていったという話を聞きました!」


 その話を聞いたバロックとグランドールは息を飲んだ。ガロンはまどろっこしいとばかりに、まくし立てる。


「あいつが死ぬわけないんです! あいつは本当に凄いやつなんです! あいつの姿を見るまで俺は……俺だけになっても探します!」


 ガロンの必死の訴えに、バロックはわかったと告げて、彼は走り去った。ガロンの背中はディーンは死ぬわけないと、訴えていた。それを見て、グランドールは感慨深けに呟く。


「本当に強いやつは、あぁいう奴のことをいうんだろうな……」


 迷いなく進める強さ。それは、ディーンの透明な瞳の中にもあった。


 ――あいつは本当に死んでいないのかもしれないな……


 そんな希望が沸いてくる。


 ぐにゃりと歪み出した視界にふらつきながら、グランドールはバロックに後を任せ、王宮に戻った。



 護衛に支えられながら、王宮にたどり着くと、グランドールは真っ先にメロの様子を聞いた。メロは吐血して、そのまま伏せっているとのことだった。それを聞いて、顔を見たいと思ったグランドールは体を引きずりながらも、メロの部屋に向かった。


 扉を開ける前に、小さな旋律が聞こえた。それに体が大きく震えた。


 ――この唄……いや、音程が違う……


 救いの歌ではないだろう。それよりも、ずっと明るい曲調だ。


 グランドールは目を見開きながら、扉を開いた。



 曇天から、喜びの光が幾重も差し込んでいる。

 重苦しい雲を割るように伸びた光は、オレンジや白と色を変えながら、揺らめいていた。


 空全体がハープになっていた。

 細い光と、太い光は弾かれ、演奏されているみたいだ。


 光の中心でメロは歌っていた。


 背筋を伸ばし。

 両手を広げて。


 晴れやかな顔で。


 心を解放できる喜びを歌っていた。



 あぁ……これはなんという曲だろう。


 まるで、全ての汚れを消して、無垢な魂のみにしてしまうような……そんな旋律だ。


 目の奥で熱いものを感じる。

 無くしたいと願った弱さが、溢れてしまいそうだ。


 揺れる視界を感じていると、高音が伸びて、やがて、唄は空気に溶けていった。


 余韻に浸るように、光が細くなっていく。


 名残惜しそうに光が消えた時、メロの体がぐらりと大きく傾いた。それに気づき、グランドールは駆け出した。


 思い通りにならない体を動かし、倒れそうになりながら、メロの体を抱きかかえた。


 ガタン!椅子に体が当たり、派手な音を立てながら、メロを抱きしめて、グランドールも倒れる。


「殿下!」

「メロ様!?」


 慌てて周りにいた者たちが駆け寄る。動けなくなりながらも、グランドールはメロを離さなかった。


 とくん。とくん。


 彼女の心臓が奏でる音に安堵する。グランドールは薄れゆく思考で吐き捨てるように言った。


「……馬鹿者が……愛に生きて命を落とすなど……するな……」


 そうならなくて、よかった。

 彼女の体は冷たくなく、あたたかい。

 生きていることがこんなにも嬉しい。


 グランドールは嫌味を吐きながらも、メロを抱きしめる力を意識が途絶えるまで、緩めなかった。



 ***


 グランドールが次に目を覚ますと、ディーンが生きて見つかったという報告が知らされた。それに、彼は安堵の表情を見せた。



 メロはやはり歌えなくなっていた。

 だが、彼女はディーンが生きているだけで満足そうだった。ベッドで眠るディーンを見つめるメロの顔は、目元は真っ赤に腫れていて、眉は下がっている。でも、ディーンが目を覚ました瞬間、下がっていた眉は元気よくつり上がり、瞳は輝きだしていた。


 二人の泣き顔をそっと見届けて、グランドールはその場を後にした。



 メロを心配して、ずっと見守ってきたマリアンナはそれを聞いた瞬間、あぁ……と声を上げて、顔を手で覆った。


「メロ様……メロ様……本当によかった……」


 肩を震わせて泣く彼女にグランドールは静かに告げた。


「マリアンナ……姉上もきっと、メロのように命をかけて、戦い抜いたんだ……」


 そうポツリと告げると、ロザリーナの最期をマリアンナに語った。マリアンナは涙を止めることなく、何度も頷きながら泣いていた。思いが溢れて言葉にならないのだろう。そんな彼女を切ない眼差しで見つめて言う。痛みを堪えて、それでも微笑みながら。


「俺は姉上の復讐はしない……俺は、姉上を誇りに思うからな……」


 ロザリーナは血を流すのは自分で最後にしろと言った。その気高い思いに報いたかった。


 マリアンナは床に突っ伏して、咽び泣いた。マリアンナはロザリーナを愛していた。だから、彼女の首だけを見たとき、愛しい思い出が全て、冷たい首に塗り替えられてしまった。心が耐えきれず、ロザリーナを殺したものを恨んだ。振り上げた拳を下ろせず、グランドールにすがり代理戦争を持ちかけた。


 だが、命をかけて願いのために戦うメロを見て、マリアンナはロザリーナが同じように戦い抜いたのだと気づいたのだ。


 それでも、やりきれない。生きていてほしかったと願うのは、愛ゆえだ。


 悲しい。辛い。それでも、立ち上がりたいから、マリアンナは泣いていた。



 泣き止んだ後、マリアンナはきっと、長く忘れていたロザリーナの笑顔を思い出すだろう。



 ***


 ディーンが回復して、メロと一緒に村に帰る日、二人は離れることなく手を繋いでいた。グランドールはそれを見て感動を覚えた。戦い抜いた彼らに報いたい気持ちになった。


 ディーンを見つめると、彼の瞳は最初に出会ったときのように、透明で無垢な瞳に戻っていた。仄暗さも憂いもない。それに目を細め、もう一人の英雄に声をかけた。


「お前のおかげで、逆位置になった」


 ありがとう、と言わなかったのは悪役のままで徹したいからだった。だが、ディーンのおかげで、運命(しにがみ)のカードは反転し、運命は切り開かれた。伝わることはなくとも、感謝は胸にあった。


 メロは警戒心を剥き出しにして、目を吊り上げていた。その表情ももう見ることはない。勝手に口が笑った。


「……愛を貫いて、生き延びたお前らに報いるぐらいは働いてやる」


 だから、安心しろ。あと、ごめん。

 それも言わなかった。今さらいいやつぶるのも滑稽だ。


 二人は顔を見合わせて、頭を下げると村に帰る為の馬車に乗り込んだ。


 その馬車を王宮の窓からグランドールは眺めていた。


 帰ったら退院して、前よりは元気になったミドがいるだろう。全てが元通りではない。自分は彼らの心と体を傷つけた。自分の命令で死んだ兵士たちと同様、その事を忘れることはないだろう。



 二人が去った後、戦の爪痕はまだ残っていた。捕らえられた敵国の処刑が残っていたのだ。




 処刑は公開処刑になった。

 水の領地で行われたそれは、捕えた二十名に首吊りをさせるものだった。


 グランドールは椅子に座って見物するわけでもなく、一般市民、そして兵士たちと同じ位置に立って先頭にいた。姉を殺されたグランドールもまた、側で立つ彼らと同じだ。その立場に王族とか、兵士とかは関係ない。彼らと同じ気持ちで、この公開処刑を見届けたかった。


 バロックはグランドールの側におらず、処刑の合図を出すために、処刑台の側にいた。怒りを顔に出さず、冷えた目で、処刑するものを見ている。


 大司教と名乗る男は、戦に負けたというのに自分達の否を認めなかった。神の力を人間にすることこそ、悪だ!と、自分の思考を主張し続けた。


 グランドールたちの罵声は聞くに耐えず、彼を取り囲んでいた兵士たちが殺気だつのが分かった。


 グランドールの近くにいた兵士の一人が、怒りのままに足元に落ちていた石を拾う。それを、大司教に投げつけようとした。


 彼の怒りは当然だ。責められる余地はない。


 だが……


 それでも……グランドールは彼の手を取り、石を投げさせるのを止めた。


 兵士はびくりと震え、大きく目を見開いてグランドールを見つめた。彼は漆黒の瞳の中に様々な感情を忍ばせながら、静かに兵士に言った。


「お前の怒りを俺は理解できる……姉上を理不尽に殺されたからな……だがな……石を投げても、死者は帰ってこないんだ」


 やりきれなさを兵士を握った手にこめた。


「それなら……俺は石ではなく、姉上に花をたむけたい……お前も……そうしてくれると嬉しい……」


 グランドールの切なる願いに兵士は大きく震え、力を無くした手から石が滑り落ちた。


「くっ……ああぁあ!」


 兵士は双眸(そうぼう)から涙を流して、崩れた。掴んだ手をゆっくりと離すと、彼は地面を何度も叩いて、死者を思って泣き喚いた。それを見ていた他の兵士から、すすり泣く声が聞こえる。その声を聞きながら、グランドールは泣くことはせずに、バロックに目配せをした。


「やれ!」


 処刑の合図と共に罵声が消える。ぶら下がった首が並ぶと、辺りは奇妙なほど静まり返った。


 グランドールは体を返し、目の前の兵士たちに宣言する。



「戦いは終わった! だが、お前たちが戦った意味を俺は忘れない! 決して忘れることはない!」


 そう言うと、グランドールは表情を緩めた。


「お前たちを家に戻して、剣の腕を鈍らせてやりたい。その手が血で染まらない道を俺は作りたい。それが、戦ってきたお前らに報いることだと思っている」


 グランドールがそう言うと、泣いていた兵士たちから声が上がった。グランドールへの期待の声だ。


「グランドール陛下、万歳! 万歳! 万歳!」


 声はうねりながら大地を揺るがした。


 甘く。弱く。泣き虫だった少年の願いが、小さな実をつけた瞬間だった。




 その後、崩れた壁の撤去作業が終わり、亡き兵士たちの体は家族の元へとおくりとどけられることになった。丁重に扱われたそれを見て、待っていた人々は泣き崩れた。


 戦い抜いた一人一人が、英雄であった。


 歴史に名を残すことなく去った彼らにむけて、国葬が行われた。たむけられる花で墓は埋まり、その場所は一面豊かな花の匂いだけになった。


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