それでも、王子は少女を死なせたくない
シーラン国を去る帰りの馬車の中で、グランドールは外を見ていた。夜の帳が落ちた雲から激しい雨が降っていた。馬車の窓は雨粒が張り付き、涙のように窓に筋を作って落ちている。流れ落ちる雫を見つめながら、これからのことを思案していた。
頭を過るのは、メロのことだった。
メロは救いの唄を歌うか検証をする為に、わざと重度の医療施設に通わせている。しかし、聖女の力が判明した今、検証は不要なものだ。
メロの体を案じ、声を失うのを阻止するなら、早馬を走らせ、彼女に力を使わせないように手を回すべきだ。そうしたがっている自分がいる。
窓を凝視すると、黒しかない窓は鏡のようになり、グランドールの横に座っていたバロックも映していた。
――俺ではなくバロックならば、どうでるか……
バロックは元々、グランドールに戦いを教えた師だ。師ならばどうでるか。きっと、自分と同じ考えはしないだろう。
この戦の要はディーンだ。彼の働きで戦局は大きく変わる。もし、メロが彼を救いたいが為に力を使い、肉体強化の加護を与えれば、ディーンの力は戦の前に最大限まで引き上げられるだろう。勝機は近づく。
――戦に勝つために、愛さえ利用するか……
残酷すぎて、やれとは言えないことだ。だから、俺は玉座から最も遠い場所にいるのだな、と父王の言葉を思い出す。
――だが……もう、俺は道を外れている。今さら、戻るわけにはいかない。
グランドールは一度、目を伏せて、ゆっくりと瞼を開く。迷いはもうなかった。
「バロック。メロに救いの唄を歌わせて、あいつを強化しろ。あの二人の思いを利用するんだ」
それを言うとバロックは顔色を変えずに、「同じ事を考えていました」と話し出す。そして、バロックは自分の考えを付け加えた。
「ディーン小佐が、メロ様を解放する為に戦うという大義名分を作りましょう。終戦後には、メロ様を村に帰すといえば、彼は喜んで戦地に行くはずです」
「それなら、奴が自ら交渉を持ちかけられるように敵の弱点の噂を流しておけ」
意味が分からないという顔をするバロックに、グランドールは真顔で答える。
「命令として出すのは簡単だがな。奴を試したい。俺たちの命運を賭けていいのかどうか。奴が俺たちの計画を理解し、自らメロの解放を求めるような男なら、あいつに全てを託す」
「そこまでする必要があるのでしょうか。ディーン小佐ならば、メロ様の解放を持ちかけるだけで、動きそうですが……」
バロックがそう言うと、グランドールはふっと笑みを漏らした。
「まぁ、単なる期待だな」
「期待……ですか?」
「メロの惚れる男だ。それぐらい期待してもよかろう」
バロックは肩を竦め、大きく鼻で息をした。
「敵の弱点の噂を流せば、おのずと兵の士気も上がる。噂を流せ。後は、兄上たちだが……」
メロを解放するとなると、兄の動きも潰しておきたい。グランドールはこの戦を踏み台に、王位継承権第一位までに登り詰める気だった。戦の勝利だけで、あの兄たちが黙って引くとは思えない。ただ、兄たちの動きは奇妙なくらい静かだった。メロの村へ行く途中の襲撃以来、何もしてこない。
「ジンは? 向こうに行ったきりだが、何をしている?」
二重スパイにしたてたジンが顔を見せにこない。第二王子アッカースの所へ行くといって、それっきりだ。
「ジン……ですからね……あまり期待しないでおけば宜しいかと。今のところ、働いている様子は見られませんし」
それにグランドールは息を大きく吐き出した。
ところが、王都に行く途中で立ち寄った町で、話題に出たジンが顔を見せた。闇夜に紛れて現れた彼は、相変わらず大事なものが抜け落ちた道化のような顔をしている。
彼が持ってきた話は、グランドールにとって、実に好都合なものだった。
それは、兄たちが王位継承権を剥奪されているとの話だった。内々に処理されたものだが、いつの間にかグランドールが王位継承権第一位になっているらしい。
何があったんだ?と問い詰めれば、ジンはにやりと口角を上げた。
「一言でいえば、自爆だね」
「自爆か?」
「あんた自身は感じていないかもしれねぇけど、外のあんたの評判は上々だ。水の領地の改革を進めて、兵を無駄死にさせない。末端の兵士の意見も聞くとあって、退役した兵士たちがこぞってあんたの株を上げたんだよ」
戦のことに集中していたグランドールは、王都での自分の評判など考えてもいなかった。
「一般市民の噂は広まるのが早いからな。何もしないで、えばりくさっているだけの他の二人と、どちらを王にしたいかと問われれば、あんたを選ぶ。市民の中では、次期王はあんたで決まりともっぱらの噂だ」
ジンは愉快そうに歯を見せて、さらに笑って続ける。
「焦った他の二人があろうことか、過激派に援助して、あんたに負け戦をさせるようにけしかけようとした」
その一言に、グランドールは、カッと目を見開いた。怒りが沸き上がり、顔にでた。自分を貶める為に敵と繋がるなど、我慢できるはずなどなかった。兵を無駄に傷つける行為を、グランドールは許せなかったのだ。
ジンは、目を細めて「落ち着けよ」と会話を続ける。
「けしかけようとしただけだ。未遂に終わっている」
「……謀が明るみに出たか」
「ご明察。資金援助の金を出そうとしたのは、あんたの母親の公爵家だ」
はっと、グランドールは低く吐き捨てるように笑った。
「どいつもこいつも腐ってやがるな」
舌打ちが出た。腐敗したものと同じ血が流れていると思うと、全身の血を抜きたくなる。激しい嫌悪感が沸き上がり、吐き気までしてきた。
「そうだねなぁ。だが、明るみになって潰された後だ。そのまま、いもづる式に公爵家に付いていた馬鹿貴族共も排斥済みだ。爵位はとりつぶし、惨めな最後だったぜ。ま、王族が敵と内通してたなんて醜聞は伏せられているけどな。あんたの腐った身内は仲良く離宮に軟禁だ……まぁ、ありゃあ、生き地獄だろうけどな」
ジンは堪えきれずに、きししと腹を抱えて笑った。それを聞いてもグランドールは不可解そうに眉をひそめる。
「王がそこまでやったのか……?」
グランドールの目には、父王は上の兄たちに目をかけていたように思う。「玉座から最も遠い」と、自分には常々言っていた。その言葉は、兄たちが王に近いという発言にも捉えられ、実際にそうであろうと、グランドールは思い込んでいた。だから、兄たちのやろうとしたことは外道そのものだが、そこまで追い詰めたのか?と、思ってしまう。
そう言うと、ジンは意味深なことを言っただけだった。
「くくっ。戦車に引かれたんだろ?」
グランドールは片方の眉を吊り上げたが、ジンはそれ以上、何も言わずに、金を受けとるとまたどこかへ行ってしまった。
ジンの話の真偽は王都に行けばわかるだろう。まだ半信半疑だったグランドールは、挙兵の報告も兼ねて王都へ急いだ。
―――― side ジン
ジンはアッカースとグランドールの二重スパイをしている得体の知れない男だが、その正体は王専属の密偵だ。ジンの一族は代々、王家の暗部で動いてきた。それは対外的ではなく、王族間の内部の調査だ。
この国では王位継承権で揉め、兄弟間の殺し合いなどを繰り返してきた。先代の王が、それを改革し、兄弟間に密偵を忍ばせ、不穏な動きがないか監視をしていた。また、ジンの場合、彼の存在を見つけどう扱うかも、王となりうる人物か見極める一つとされていた。
故にグランドールの行動も、アッカースの行動も、ジンを通して王に筒抜けだったわけである。
ジンや他の密偵の報告を受けて王は動いた。ベリートの背後にいた公爵家も一気に潰しにかかった。グランドールが生まれてから粛々と溜めてきた力をこの機会に一気に発揮した。
全ては自分の願いのため、その足掛かりに、グランドールを次の玉座に据えるつもりだった。
ジンはそんな王の思惑を汲み取っていて、さらりと余計なことを言った。それは、自分の前では父親の顔を見せるくせに、グランドールの前ではそれを一切見せない王への悪戯心だった。
――陛下が予言されたカードは「戦車」だよ。
野望を叶えると、運命付けられていた。
王は終焉を望んでいる。
腐敗した王家を破壊されたいと願っていた。その願いを、息子であるグランドールに託した。
彼ならば、一切の汚泥を消し去り、違う国作りをするだろう。その為に、腐敗を自らの腹に落としたのだった。
二人の王子は去勢され、子を産めなくした。既にできた子供は3歳と何も知らない子供だったため、信頼に足る別の公爵家に姓を変え預けられた。真っ当な教育がこれからはされることだろう。
男の誇りを無くした二人の王子たちは、気が触れてしまった。第一王子は病気に臥せり、第二王子は常に笑って奇声を出しているという。二人は監禁され、離宮から出てくることはない。
妻となった女も離縁の形はとられなかったが、領地に引きこもる処置がされた。
王妃ベリートだけは、王自らが断罪をした。彼は彼女が、かつてカーラにした毒の晩餐を用意したのだった。
同じ料理を目の前にして、ベリートは呆然自失した。そんな彼女に王は、初めて、口元に笑みを見せた。
「俺は君を愛することはない。君の愛に答えることは一生ない。愛しているのは後にも先にもカーラだけだ。しかし、君を飢えさせ、道を外させた俺の責は重い。だから、命だけは君に捧げよう」
王は毒入りのワインが入ったグラスを手に持ち、冷たい瞳のままに笑みを作った。
「共に地獄に落ちようぞ」
それは、王なりのけじめの付け方だった。ベリートは正気の失っていた瞳の奥に愛の灯火を静かに燃やした。そして、焦げ茶色の双眸から、愛を流した。
「うっ……あぁぁぁ! ああああぁぁあ!!」
ベリートは王に愛されたかった。愛されたくて憎悪に身を落とし、這い上がれない所まできてしまった。
王はベリートの嘆きの涙にも心を動かされることはない。彼にあるのは一つの贖罪のみだ。王はベリートの咽び泣く声を聞きながら、ワインを一気に飲み干した。
毒はカーラに使ったものと同じで、すぐに命を奪うわけではない。ただ、じわじわ侵食する毒は時間をかけて、緩やかな死を王に、泣きつかれたベリートに与えるだけだった。
それを目の前の黒髪の坊やは知らない。
表立っては、二人の症状は病気とされているため、知る機会もないだろう。当然、王の口から語られることもない。
更に言うなら、自分もマグリットもバロックも、ムルソーも王の息がかかったものだ。王が用意した舞台で彼は道を切り開いている。
――望みのためとはいえ、全てを知ったら、目の前の坊っちゃんは、おかしくなるんじゃないか?
ジンは、ふとそんなことを考えたが、頭を振った。
――ま、知らない方が幸せってこともあるしな。
その時は、そう思って身軽な体をぴょんと跳ねさせた。
そして、グランドールがこれからディーンにすることを知って、「やっば、親子だねぇ」と一人、笑うのだった。
―――― side グランドール
ジンの報告は正しいのでは……と、グランドールは直感的に思った。それは、王都に入り、王宮前にグランドールが姿を見せると、自分を見る周囲の目が明らかに変わったからだ。期待の目で見るその眼差しは不慣れなもので、グランドールは珍しく表情を固くした。
水の領地に行く前は、自分は透明の王子で、いないものとして扱われていた。それがたった数年で変わるとは、人の心の移ろいやすさを感じずにはいられない。視線の多さにため息を吐くと、斜め後ろを歩いていたバロックが、くすりと笑う。
「なんだ?」
「いえ……よい気分だと思いまして」
バロックはいつも以上に笑顔になった。
「やっと、ここまで来ましたね」
感慨深げに言われて、グランドールは真っ直ぐ前を向いた。
「まだ、終わっていない。その台詞は、戦を終わらせてから言うんだな」
そう言うと、バロックは笑顔をやめ、身を引き締めた表情をした。
***
王への謁見は人払いがされ、王とグランドールのみが話すこととなった。バロックすら側に置かない奇妙さにグランドールは、警戒したが、王の姿を見てその警戒心は強まった。子供の頃から王はグランドールに厳しく、畏怖を感じさせる存在だった。しかし、今目の前にいる存在にそれほど恐れを感じない。それは、王が見るからにやつれていたからだ。
年老いたからではない。絶対的な存在であった覇気が消えていると感じたのだ。視界が見えづらくなったグランドールでも、王が纏う空気の変化を感じ取っていた。
グランドールは訝しげに厳しい顔をしたまま、王に挙兵の意思を告げた。グリッド国も引き入れ、敵を倒す算段があることを細かく説明した。王は無言で、グランドールの話を全て聞いた後、皺の深くなった口を開いた。
「話は分かった。兵と物資を水の領地に集めよう」
あっさり承諾されて、グランドールは一瞬、息を飲んだ。だが、言いたいことを飲み込み、深く頭を下げて礼をした。
話は終わったが、兄たちの状態を知らないグランドールは、挙兵前に兄たちと晩餐を共にしようと思っていた。
それは、兄たちの様子を知ることと牽制をしたかったためだ。排斥された兄が逆恨みをして、自分を害するかもしれないが、それでもメロを村に帰す準備をするためには兄たちはこのまま、離宮から出て来てもらってほしくはなかった。
「ところで、兄上たちは元気でしょうか?」
父王は答えることなく、グランドールを見つめていた。グランドールは昏い瞳のままに、口角を上げる。
「以前、兄上たちが俺の為に晩餐を用意してくださったのです。そのお礼がまだでしたので、戦が始まる前に礼をしたいと思いまして。同じ晩餐を用意して、もてなしたいのです」
やたら艶っぽい声になってしまったのは、今まで燻っていたものが沸き上がったからかもしれない。
「私は兄上たちと、晩餐を共にしたことかありませんし、兄上たちにも戦の勝利を祈ってほしいのですが」
実際には、そんな気持ちはなかった。兄たちにあの毒入りの晩餐を振る舞い、牽制したかっただけだ。無論、兄を殺すつもりはない。自分は血を流すのも、流させるのも、大嫌いだからだ。しかし、脅し用に一皿だけ……例えば、鴨のローストにフォークが変色するほどの毒を仕込み、他の料理を自分が食らえば、狂ったと見られて、胸のすく思いができるかもしれない。それをやりたかった。
しかし、兄たちの今を知る王は、あれは病気で臥せっていると言って、グランドールの申し出を却下した。
「悪意をその腹に落とすことはなかろう……」
王は自分と同じ考えに巡り、実行しようとしているグランドールに向けて、微笑した。その表情は、王が見せまいと誓った父親の顔であった。
グランドールは王の声色が変わったことに、眉をひそめたが、視力の落ちた彼が王の表情に気づくことはなかった。
王との謁見を終え、兵を上げることの約束を取り付けたグランドールは、バロックにその旨を伝えた。兄への牽制と腹いせの話をすると、バロックは静かに目を伏せて微笑んだ。
「前にも言いましたが、悪意は無視すればよろしいでしょう」
父王と同じような事を言われ、グランドールはまた訝しげな顔をした。まだ腑に落ちないグランドールの心情を察してか、バロックが話題を変える。
「それよりも、王位の話はしなかったのですか? 戦に勝った暁には、次期国王になりたいと申し出なかったのですか?」
グランドールはその話題に漆黒の目を細め、口元には笑みを浮かべた。
「戦に勝ってからでもいいだろう。それに……」
グランドールの瞳がバロックを捕らえる。バロックは歩みを止めて、不思議そうな顔をした。グランドールは笑みをますます深めただけで、それ以上の言葉は言わなかった。
グランドールは王になりたかった。戦を遠ざけ、最大限の権力で民を守る力が欲しかった。だから、彼は先を見据えていた。
それは、自分の命が長く続くものではないと悟っていたからだった。
***
王都を去り、水の領地の王宮に戻ってきたとき、沈む顔をしたマリアンナからメロの報告を聞いてグランドールは歯噛みした。メロは彼の居ない間に救い唄をディーンに歌っていた。それはグランドールにも予期できたことだ。
予期できなかったのは、メロの体が下半身付随になっていたことだった。
グランドールは厳しい眼差しのまま、自分の見解が間違えだったのか問うためにバロックに尋ねる。
「……バロック。聖女の力を使うと声が失われるんだったよな……」
バロックも動揺が隠せないのか、歯切れ悪く答えた。
「はい……ザック様の話ではそうだと私も聞いております」
「体を蝕む話は出ていたか……?」
「いえ……」
グランドールは眉間に後悔を刻み、早口でバロックに命令を出す。
「ザック殿下にメロの症状を伝えて、どういうことなのか、教えを乞え。……メロは聖女の力をコントロールできていないのかもしれない……」
バロックは返事をして、駆け出した。グランドールはメロに付いていた護衛に詳しい事情を聞くために、足を進める。後悔と怒りが同時に湧き上がり、責める口調になってしまった。
「なぜ、メロをそんなになるまで放っておいた」
護衛はうつむき、申し訳ありませんと、悲痛な表情で謝罪した。
「メロ様の思いを知ってしまっては……私には止められませんでした!」
肩を震わせ辛さを吐露する護衛に、グランドールもまた苦しげな表情をする。側にマリアンナが目尻に涙を溜めて、彼を擁護した。
「メロ様は戦っておられました……歌うことで戦っているとおっしゃられて……わたくしも止められませんでした……」
一筋の涙を流したマリアンナは、後悔からか、それ以上何も言わずに肩を震わせた。
グランドールは奥歯を噛みしめた後、きつく目を瞑った。握られた拳は、感情を必死に押し潰していた。
「……いや、俺が悪い。メロを止めろと命令を出さなかった俺が悪いんだ……」
グランドールは息を深く吐き出すと、感情を全て殺して、穏やかな笑みを作った。
「辛い役目を負わせたな……引き続き、メロを見守ってやってくれ。お前たちにしか頼めないことだ」
そう言うと、護衛とマリアンナは肩を震わせながらも頷いた。
メロの自室に行き、彼女の姿を見たグランドールは、ひゅっと息を飲んだ。メロは強い意思をその瞳に宿して、毅然と椅子に座っていた。もう動かない足を嘆くことはなく覚悟した姿は、姉の最期に似ている気がした。
「っ……」
殺していたはずの感情が掻き乱される。平静さを保てず、強い口調でメロに「……なんだその姿は」と尋ねる。彼女は自分の感情を鏡のように映して、戦う意思を見せた。
「私は私の意思を曲げるつもりはないわ。ディーンが戦い続けるのなら、私も戦う!」
その言葉も、姉の最期に似ている気がした。強い願いの為に命をなげうつ彼女の姿は美しく、同時に途方もなく悲しい。
手のひらに冷たい姉の首を抱きしめた感触が蘇る。
――次に俺は……メロの冷たい体を抱くのか……?
そう思ったら、グランドールはいつもメロに渡す死神の鎌を渡せなかった。
メロを思う感情を壊せと願ってきたのに、この時、グランドールは本心を言ってしまった。
「そんなに愛の為に生きたいのならば、俺が与えてやろうか」
怪訝そうなメロの顎を捉え、その唇に口づけをしたい衝動に駆られる。自分の中に巣食うメロへの思いが、愛なのか、失くした愛の穴埋めなのかすらグランドールには分からない。だが、これだけは分かる。
まだあたたかいこの体が冷たくなるのだけは嫌だった。そうなるくらいなら、この腕の中で慈しむ方がマシだと思ってしまった。
一度、沸き上がった思いは口を軽くした。
「明日の命があるか分からない男のことなど忘れさせてやる。その身を差し出せ。肌を隅々まで俺で埋めてやろう。そして、今度からは俺の為に歌えばいい」
「なんなら、妃に迎えてやってもいいぞ?」
そんな未来など、あるはずもないのに。
自分は妃を娶るつもりなんてない。
血を繋ぐ気もなかった。
第一、余命の長くない男に嫁いで、残りの人生を自分で縛るわけにはいかないだろう。
だから、言った本音があり得なさすぎて、自嘲気味に笑った。くつくつ喉を震わせた姿は、メロから見るとからかいのように映ったらしい。不快そうに眉根をひそませ、メロは激情をした。
「ふざけないで!!」
パシン!と振り払われた手は、メロがグランドールから死神の鎌を奪い取るようにみえた。メロは強い意思でグランドールを拒絶する。
そんな未来など望んでいないはずだろ、と自分に現実を教える。だから、グランドールもそれに答えた。甘い顔をやめて、感傷に浸った心を握りつぶす。
メロがディーンを思うのを止めないと言うので、足掻いてみせろと言う。
その言葉は、メロを死なせないというグランドールの意思のあらわれでもあった。
這いつくばってもディーンのところに行き、歌うのをやめないメロの腕を引き上げると、体が勝手に横抱きにしようとする。甘い感情の残滓を捨てるように、メロの体を荷物のように投げた。そして、冷たい眼差しでいい放つ。
「無様な格好で行っても兵が気を使うだけだ。そんなこともわからんのか」
「っ……」
「体を酷使して兵の前で倒れたら、あいつらに動揺が広がる。士気が下がる。好きだなんだという前に、自分の立場を理解するんだな」
踵を返し、部屋を出て扉を閉める時、メロの泣く声が聞こえた。それに苦悶が顔にでた。
メロを監禁することは、敵のやり方となんら変わらない。それに嫌悪感が込み上げるのに、もう止められなかった。彼女の冷たい体を抱くのは、彼女の願いでなくても嫌だった。
「……すまない。メロ……」
呟かれた贖罪は嘆く彼女の耳には届かない。それでいい。謝罪など、自分が楽になりたいだけだ。
グランドールは深淵のような漆黒の瞳をして、全てを終らせる準備にとりかかった。




