幕間 聖女たちの歴史
メロの力を様子見しながらも、グランドールはグリッド国の第二王子、ザックと密談をする為に出立する。グリッド国との間には過激派の自治領がある。彼らに悟られないよう出会ったのは、国境を開いていないはずのシーラン国だった。
メロたちの祖先がいた国。そこは、国ではなく、広大な墓場だった。
深い森に更に高い壁に閉ざされたそこは、無数の墓があり、その墓を守る一族がいた。彼らはシーラン国の王族の末裔で、壁の修繕を繰り返しながら、弔いの唄を歌う一族であった。
シーラン国では権力闘争の末に内部分裂し、滅びの道を辿った。生き残りの一部はメロたちのいる村へ。他の者はグリッド国へと流れていた。
グリッド国内で起きた宗教戦争は、元を辿ればシーラン国内で起こったものが、まだ続いているというものだった。
彼らは神の力を巡って内部分裂をした。その神の力は、メロが持つ救いの歌の力だった。
シーラン国の中で一部の民に起こる現象。唄歌いの力は、神の代弁と言われ信仰対象であった。唄歌いは、純潔の乙女しかその力を発揮しない。彼女らは聖なる乙女、聖女と呼ばれ、力が落ちないように幽閉され、生涯、純潔を保つように強制されていた。
シーラン国内で起きた内戦は、彼女たちの解放を巡ってのことだった。王族の中で、彼女たちに人権を与えるように訴えた者と、それを退いた者で激しい争いが起きて、土地を血で荒廃させた。聖女たちは解放されたが、その扱いを巡って、また分裂をした。
聖女を守り、人と同じような生を送らせるように訴える穏健派。聖女の力を神として崇め、他の国に知らしめようとする過激派。
対立の果てに、過激派は本来の聖女を崇めるという思想をねじ曲げ、聖女の力を使って自分たちの意見を是としようとした。
先のグリッド国の内乱は、聖女の救いの歌の力を持って、攻め込められたのだ。救いの唄は歌った者に、回復と肉体強化という加護を与える。倒しても倒しても立ち上がる兵に、穏健派は押しきられた。穏健派は、聖女の救いの唄を使わなかったからだ。
救いの唄を歌った聖女は命を磨耗させ、やがて歌えなくなる。
消耗品のように扱われた彼女たちは過激派の中でまた幽閉の身となっている。歴史は繰り返されていた。
くしくもグランドールとバロックが考えたメロの力を利用するというものは、憎むべき敵と同じ考えだった。
グリッド国のザックからそれを聞かされた時、グランドールは憎々しげに顔を歪め、皮肉な笑みを漏らした。
「……そうか。あいつらと同じ外道になるまいと思っていたが、俺はとうに道を外していたんだな……」
知らなかっただけでは済まされない。
結果的に、同じ道を歩んでいるのだから。
メロに刻まれた箇所から血が吹き出る。引きちぎられ、握りつぶされ。いっそのこと感情など消し去りたい衝動が込み上げる。
守りたかったはずなのに。
自分は……自分はメロを壊すことしかできない。
――そうだったな……俺は所詮、壊すことしかできない死神か……
苦悩の表情を浮かべるグランドールに、ザックは淡々と事実を告げた。
「過激派を押さえるには聖女たちの解放が大前提です。そのためには彼らの注意を引く必要があります」
褐色の肌を持った銀髪の青年の言葉に、なるほどなとグランドールは相づちをうった。
「だが、あいつらの壁は鉄壁だ。打ち崩すのは容易くない」
過激派の自治領は高い壁に囲まれていた。それは元を辿れば、シーラン国の高い城壁技術を継承をしていた。そして、その技術は、グリッド国内にも当然のように継承されていた。
内戦後に作られた壁は、内部に腕のよい壁職人が随時、壁を修復している。しかし、いくつかの抜け穴がある。その抜け穴は子供が通れるほどしかなく、過激派も放置しているとのことだ。
グランドールはその話を聞いたとき、また皮肉な笑みを出した。同じ話を聞いていたバロックに視線を移すと、同じ考えにたどり着いた顔をしていた。
「バロック……」
「はっ……」
「あいつなら、できると思うか……」
「……恐らくは……」
死神の道に引きずり込んだディーンのことを思った。
敵を引き付けるならば、ディーンを送り込み、壁にある砲弾を無効化するのがよいだろう。そうすれば、敵はこちらに集中する。その隙にグリッド国の者が聖女の解放を行えば勝機は見える。
立場を逆にするのは難しい。グリッド国内には過激派との交渉用に扉があるが、こちら側にはない。解放するにも壁を崩してからになる。それでは、時間がかかりすぎる。兵の摩耗も、囚われた聖女の摩耗も激しくなることだろう。
一つの道は見えたが、それはディーンを一人、死地に送るようなものだった。
彼ならば、やり遂げるかもしれない。
しかし、命を散らせる可能性の方が高い。
グランドールは力のない笑みを出した。
「……本当に俺は壊すしかできないな……」
守りたいものの大事なものさえ壊そうとしている。
思考が沈みかけたところで、グランドールは大きく息を吐き出した。そして、ザックに尋ねた。
「俺は前々から、交渉の席に着きたいと考えていた。ずいぶん時間がかかったような気がするが」
皮肉な物言いで言うと、銀色の瞳を伏せてザックは謝罪をした。
「殿下の申し出は知っていましたが、私自身が動けぬ身でして」
それはグランドールも耳に挟んでいたことではあった。第二王子のザックは婚姻を機に王位継承から遠ざけられていた。その彼が動いた。その不可解さの理由を知りたくなったのだ。
「殿下はご存知かもしれませんが、私は結婚した時に一族から反感を買いましてね」
「と、いうと?」
「私の妻は元聖女なのです」
その言葉にグランドールは、ひゅっと息を飲んだ。ザックは遠い昔を思い出すような顔をしながら、自身の歴史を語った。
「私の妻は先の内乱の際に、過激派に囚われていた聖女でした。戦乱の最中、彼女は裸足で数名の聖女とともに逃げ出したのです……他の聖女は奪われるくらいならと過激派に殺されたり、囚われてしまいましたが……」
ザックは彼女に心を寄せ、保護し、やがて愛を育んだ。しかし、聖女という立場の者を王族に迎えることに、反発の声が出た。ザックと彼女を懐柔して、シーラン国の滅亡のように内部分裂が起きることを恐れたのだ。
彼女はザックと生きる道を諦めなかった。声を無くす薬物を煽り、ザックに一緒に生きてほしいと願った。
聖女の力を無くした愚か者のレッテルを貼られたザックは、第二王子という立場もあり、排斥された。
「妻は囚われた聖女の解放を心より求めています。ですが、私たちの一族の中では解放しても、彼女たちに安寧が訪れるのか、いまだに答えが出ていません」
解放されたとしても、彼女たちが願うのは力の消滅ではないだろうか。聖女の力を無くし、人となることでやっと、彼女たちは自分の人生を歩めるのではないのか。
力の消滅は声を失うことだ。それは、彼女たちが人になることを願う、神が与えた残酷な救いの道ではないだろうか。
だが、ザックの妻は目をつり上げて出せない声を張り上げたそうだ。
『たとえそうでも! 囚われ尊厳を奪われるくらいなら、自由に歩く道を選ぶわ!』
それは唄を愛し、人を愛し、空に願いをかける彼女たちがいるべき場所を指し示す言葉だった。
聖女は空の下にいるべき存在だ。
自由に歩き、うつむく人びとに励ましを歌う。
顔を上げられるように、天に梯子をかける。
希望の光を見せて、立ち上がる力を与える。
歌えなくとも彼女たちは、自由であることを願った。
ザックは愛しい妻を思い出して、目を開けた。
「妻の願いを叶えるべく、奔走をして参りました。ようやく一族も兵を挙げて、聖女の解放に乗り気になりました」
時間はかかりましたが、とザックは付け加えた。
全てを聞き終えて、なぜ、俺を頼った?とザックに尋ねた。
「交渉の打診は出したが、国同士のことなら国王を通じる方が筋は通っているだろう」
「そうですね。ですが、王位継承で揉めていると聞き及びまして」
その言葉にグランドールは肩を竦める。そして、はっと声を出して笑った。
「自国の恥がそちらにも伝わっているか。王に代わって謝罪する」
「いえ。私はあなたがよかったのです。ロザリーナ様が案じて信頼されたあなたが」
姉の名前を出され、グランドールは目を見開いた。ザックは眉を下げて、切ない表情を見せる。
「……ロザリーナ様にはよくして頂きました。あのようなことになり、申し訳ない限りです」
グランドールの耳に姉が奏でたハープの旋律が蘇る。殺してきた思いがこみ上げ、視界が霞むのは、視力低下のせいだろうか。
「そうか……姉上が……」
ザックは淡々と姉の末路を語った。ロザリーナは聖女のような顔をして、わたくしを殺して気がすむなら殺しなさいと言ったそうだ。
『わたくしで終わりにしなさい! この国でわたくしのみが異なる血を持つ者。同じ血を分かつ民をこれ以上、殺すことを神はお許しになりません!』
そしてロザリーナは首を跳ねられ、生涯を閉じた。ロザリーナの夫である前王は、すべての責を請け負い玉座から去った。その後彼は、ロザリーナの魂を祈り続け、数日後に彼女を追い餓死した。
玉体はロザリーナの首から下と共に埋葬されたそうだ。
「申し訳ありません。ロザリーナ様の体を全て返して差し上げたかったのですが、叔父上の気持ちをどうか汲んでください……」
深々と頭を下げたザックに、グランドールは感謝の言葉を述べた。
「いや……話してくれて感謝する」
簡単には受け止めきれない話だった。
だが、やはり生きていてほしかったと、グランドールは目を伏せた。
ザックとの話し合いは終わったが、まだディーンに覚悟があるかも不明だ。きっと彼は覚悟するだろうが、本人の意思を確かめたかった。
それに大規模な戦となれば、グランドールの意思で動かせる兵では足りない。父王を動かし、兵を集めなければならない。
やるべきことは山積みだった。
グランドールはシーラン国を去る前、弔いの唄を歌う一族の女に出会った。
透き通るような茶色い目を持つ女だった。
彼女は空に向かって両手を伸ばし、天を揺らしていた。
弔いの唄。
それは切なくも優しい旋律だった。
雲間を割って、光が差す。
亡き魂を慰めるそれは、生きる者にも道を示すものだった。




