それでも、王は王であり続ける
グランドールを取り巻く環境は複雑なため彼の父親である王の視点から話は始まります。
「――お前は終焉の子となるか」
王は自分と似ていない黒髪の子供を抱き、一人呟く。その声に反応するように赤子は声を上げて泣いた。その大きな声を聞きながら、王は父親の顔をする。
今だけだ。
この子に、こんな顔をできるのは。
王は白い布にくるまれた赤子を抱き、ゆりかごのように揺らしてあやし、目を細めた。
***
死神――破壊の子供と呼ばれたグランドールは生まれた時から過酷な運命の中にいた。
彼が死神などという烙印を押されてしまったのは、生まれた王族には必ず運命を占うという風習があったからである。占いはタロットカードで行われた。大アルカナと呼ばれる22枚のカードには、一枚一枚に意味があり、引いたカードによって、その者の運命を予見した。
グランドールは末の子供だ。上には二人の兄と一人の姉がいた。上の三人の子供もグランドールと同じく、カードによって運命を示唆させられていた。
第一王子のカードは「皇帝」。王位継承者として役目を担う彼の相応しい未来に誰もが満足した。
第二王子のカードは「法王」。第一王子を補佐する役目を担う彼に相応しいカードに、誰もが満足した。
第一王女のカードは「女帝」。良き結婚、繁栄を意味するカードは、小競り合いが続く隣国に嫁がせたかった意図もあり、誰もが手を叩いて喜んだ。
しかし、第三王子であるグランドールのカードは「死神」だった。
骸骨が鎌を持つカードは、破壊の意味を持ち、不吉な未来を予見させた。
「……なんてことだ。直系の血筋からこのようなカードが……」
「不気味だわ……災いをもたらすのではないかしら……」
臣下の間で動揺が広がる。元々、グランドールの容姿を気に入らなかった妃は、その結果を見て、彼への興味をあっさり失った。
彼の容姿が気に入らない理由は、今は後宮を出たカーラという女性の存在にある。
妃であるベリートと同じ側室だったカーラは豊かな長い黒髪を持つ女性だった。同じ側室だったベリートに入り込む隙がないほど、カーラは王の寵愛を受けていた。カーラはベリートよりも身分が低い家の出だったが、王は身分の差など気にしていなかった。王はカーラに甘い視線を送り、彼女は微笑んで王に寄り添っていた。
カーラは穏やかな性格で花のような娘だ。ベリートにも優しく接し、共に王を支えましょうとベリートの手を取って言った。
しかし、王の愛を独占したかったベリートはその手を払いのけた。鋭い眼差しのままカーラを睨み付け、憎々しげに言葉を紡ぐ。
「陛下のご寵愛はわたくしにだけにあればよいの……あなたは邪魔なのよ」
そう言うと、カーラは一度だけ大きく目を見開いたが、やはり花のように微笑むのみ。そんな態度がますます気に入らず、ベリートは彼女を排斥するために暗躍する。後宮に務める女官長を買収し、カーラの食事に気づかれない程度の毒を持った。
毎食、毎食。
たとえ少量でも毒は毒だ。
カーラは体を蝕まれていった。
王が諸外国に目を向け、後宮を顧みなかった時期とそれは重なり、王が気づいたときには、カーラの体は自力で起き上がれないところまで病んでしまっていた。
「カーラ……」
「陛下……」
カーラは毒に伏せ、子供を産むのが絶望的な体となっていた。王は取り戻せない過去を思い、苦痛に顔を歪ませた。膝を折り、言葉を失う彼にカーラは凛とした表情を見せた。思い通りならない体を正し、両手をついて、頭を下げた。
「陛下のお子を産めないわたくしをどうぞお捨てになってください。不能な女など目もくれませんように」
顔を上げた彼女は美しく笑った。カーラは全てを飲み干して、愛した人の歩む道から去ろうとしていた。
このまま寵愛を続ければベリートがまた謀をするかもしれない。王は奥歯を噛みしめ、カーラに告げた。
「……わかった、カーラ」
愛していた。その言葉を飲み込んで、王は彼女を思いを受け取った。カーラは一筋の涙を流し、それでも微笑んで後宮を去った。
王はベリートを側室から王妃の座に据えた。他の側室を持たないと約束して。ベリートは、乙女のように頬を薔薇色にさせて王の腕の中に飛び込んだ。
王は腕の中で恍惚の笑みを漏らす彼女に冷えた視線を送りながら、彼女の欲のままに、その体を抱き、何度も突き上げた。
ベリートの罪を赦し、王妃の座に就けたのは、彼女が筆頭公爵の娘であったからだ。彼女を処罰すれば、彼女の父親である公爵が黙っていないだろう。彼は娘を溺愛する父親だ。娘可愛さに権力を振りかざすかもしれない。今、無用な内乱は避けたかった。
自国が乱れれば、小競り合いを続けている北のグリッド国が攻めてくるかもしれない。それは避けたかった。
北にあるグリッド国は宗教上の解釈の違いから二つの民族が対立を繰り返していた。過激派思想と、穏健派思想の対立は国内にとどまらず、南に隣接している自国に飛び火していた。過激派の一部が独立を求めて、自国の領地を攻めてきたのだ。
過激派が集まる地域に隣接していたのは、水の豊かな土地で、農作物の産地である。農作物の主要産地であるそこが奪われれば、国内の作物の低下は避けられない。作物の低下は国民へ飢えを強いる。それは避けたい事態だった。
辺境の地を治めるマグリッド伯が、過激派の進行を食い止めてはいるが、事は領主が治める限界を越えていた。
穏健派と過激派の争いを止めるべく、王はグリッド国の現国王に会談を求めた。しかし、穏健派であるグリッド国王は弱腰で、過激派の報復を恐れて、会談の席はなかなか設けられなかった。
全てが噛み合わない。
まるで狂った歯車のようだ。
王は奥歯を噛みしめ、問題の解決に奔走を続ける。だから、ベリートの暗躍は憎いものだったが、好きにさせていた。それが最も有効な手段だと思ったからだ。
ベリートはただ寵愛を受けたい女だ。愛を満たしてやれば、不穏な動きは止むだろう。
ベリートに対しての感情はない。
愛も憎しみもカーラが去った時に捨てた。
ベリートを抱くのは、彼女が求めるからだ。
それに、血を繋ぐためだ。
それだけだ。
***
王は腕の中に抱いたグランドールを優しげに見つめた。
先程までベリートと共に彼の運命を聞いていたが、結果を聞いた途端、彼女はグランドールを投げ捨てようとした。王が制して、グランドールを抱いたので、どうにか彼の身は守られた。それがベリートを激情させ、彼女はヒステリックに叫び声を上げて、部屋を出ていってしまった。
残された王はグランドールを見つめた。泣く我が子の名前を何度も愛しげに呼んだ。すると、グランドールは安心したのかすやすやと眠り出した。その寝顔を見て、王は優しい笑みを口元に浮かべた。
これからグランドールは理不尽な運命に翻弄させるだろう。母であるベリートは彼を愛さない。決して。
そして、死神の烙印を押された彼を周囲は冷たい目で見るだろう。自分も同じようにしなければ、ヒステリックなベリートがこの子を手にかけるかもしれない。
カーラにそっくりなグランドールの黒髪を撫でる。今は王ではなく父親の顔になれる。この一時だけだ。手が離れれば二度とこの顔はできない。
自分は国の頂点でありながら、無力だ。
救いたい人を誰一人として守ってやれない。
だから……
「グランドール……お前は壊していい。お前が終焉を望むなら、全てを壊せ」
自分が積み上げたものを彼が壊すというのなら、それでもよいだろう。それをどこかで願う自分がいる。
王は眠りついたグランドールを子供用のベッドに寝かせた。
手が離れた時、彼はもう冷たい王の顔になっていた。
そして、王はグランドールの前で二度と父親の顔を見せることはなかった。
タロットカードの解釈は一部をピックアップしています。カードには解釈によって様々な意味があります。




