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聖女の励ましは今も生きている【長編版】  作者: りすこ
グランドール編

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13/22

それでも、王子は愛を拒む


 幼少期のグランドールは大変、泣き虫だった。七歳、六歳と離れた兄たちからは、苛めの対象となり、手酷く扱われることが多かったからだ。


 第一王子トリンド、第二王子アッカースは共に良き運命に導かれた子供だったが、彼らの取り巻く環境もまた優しくはなかった。


 グリッド王国からの度重なる侵略行為は民の不安を煽った。不安は期待に変わり必然的に王への目も厳しくなり、また直系の彼らを見る目も厳しくなった。


 父である王は一切の情を見せない冷徹な人だった。父親である前に王であった彼は、二人に次世代の王を担う責務を教えた。王とはなんたるかは教えるが、子供が親へ期待する愛情は一切なかった。

 臣下たちもまた、期待の目で二人を見る。子供であった二人が心を休める時はなかった。


 そんな重責の捌け口としてグランドールは、いびり倒されていた。


 グランドールに矛先が向いてしまったのは、母であるベリートの影響だ。グランドールの全てが気に入らなかった彼女は、幼い二人に呪いの言葉を吐いた。


「あの黒髪は死を司る色なのよ。お前たちの透き通る茶色は大地の色。恵みの色よ。あの黒は恵みを枯らし、荒廃させる死の色よ」


 ベリートは母親としての愛情を二人に存分に注ぎながら、呪いを吐きつづけた。母しか拠り所のなかった二人は、グランドールへ敵意の目を向ける。


 敵意を向けるなら関わらなければよいと思うが、そこはまだ成人前の子供である。彼らは子供特有の残酷さで、グランドールに近づいては、むごい仕打ちをした。



 その日もまた二人は連れだって退屈しのぎにグランドールを探した。


 そして、後宮の中庭の側で静かに本を読んでいたグランドールを見つけると、第二王子アッカースは口の端を上げた。その笑みは企みを含んでおり、その瞳は目の前のか弱き者をどういたぶろうか、という獰猛さが見える。


 第二王子アッカースは、グランドールが読んでいた本を取り上げ、慌てる彼の髪の毛を乱暴に引っ張った。


「痛いっ!」


 グランドールがやめさせようと、頭へ手を伸ばすが、アッカースは髪の毛を引っ張ったまま、床にグランドールを倒して、彼の背中を足で踏みつけた。


「気持ち悪い黒髪なんていらないだろ!」

「やめっ……兄様……髪の毛をひっぱらないで……」


 グランドールが涙目で懇願しても、アッカースは嘲笑のみでやめようとはしない。

 第一王子トリンドはそれを助けもせずに眺めているだけだった。


「お兄様たち、よして!」


 苦痛に喘ぐグランドールを庇う声がした。五歳離れた姉のロザリーナだ。彼女はアッカースを押し退けると、その腕の中にグランドールを抱く。痛みに泣くグランドールの頭を撫でながら、兄たちの態度を叱責した。


「グランドールを虐めないでください!」


 正義感が強く、物怖じしないロザリーナは兄たちを睨み付けた。しかし、二人は態度を改めなかった。アッカースは、にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべながら、ロザリーナを逆に叱責した。


「ローザ。これはただの余興だよ? どうして、目くじら立てるんだい? 僕たちなりに弟を可愛がっているんだよ?」


 トリンドもふんと鼻を鳴らしてロザリーナを責める。


「これはただの玩具だ。我らに与えられた玩具をどう扱おうがお前に関係ないだろう」


 ロザリーナは兄たちを睨み付けた。


「玩具ではございません! グランドールは生きた人間です!」


 その言葉をトリンドはせせら笑う。


「人間だからなんだというのだ。人間だから大事にするのか? なら、人間である民はなんだ? 我ら王族の持ち物であろう。ならば、人間であるそいつも我らの持ち物だ。存在価値は我らが決める。そもそも……死神というバケモノに尊厳などない」


 不遜な態度にロザリーナは顔を真っ赤にしたが、話の通じない兄たちから弟を守るべく、その手を引いて後宮の中庭へと連れていった。



「うっ……ひっく……」

「……グランドール……」


 誰もいない中庭まで来るとグランドールは堪えきれずに泣き出した。大粒の涙を溜めた彼にロザリーナは優しく頭を撫でる。グランドールは涙を手の甲で拭いながら、ロザリーナに訴えた。


「姉様……オレはバケモノなの? 人間じゃないの?」


 ロザリーナは首を振って、違う違うと何度も言う。


「グランドールは人間よ。わたしの可愛い弟よ」


 ぐずぐすと鼻を鳴らすグランドールにロザリーナは、両手を叩いて、また彼の手を引いた。自分の部屋まで連れていくと、ロザリーナはグランドールに手持ちサイズのハープを見せた。


「これは?」

「ハープという楽器よ。ほら、よく聞いて」


 ロザリーナが縦に何本も張られた弦を弾くと、ポロンと低く心地よい音楽が生まれた。それを聞いてグランドールは目を輝かせる。

 細い琴線が何本も張られた楽器から、音楽が生まれる。それが不思議で心地よく、グランドールはすっかり泣き止んでいた。


 ロザリーナはグランドールを笑顔にするべく二人っきりになると、ハープを弾いた。


 そんな二人の様子を兄二人は面白くなさそうに見つめ、グランドールへの仕打ちを過激にするのだった。



 ***


 国内の情勢は、芳しくなかった。終わらない他国からの脅威に民は不安感を募らせていた。そのため、不安を逸らすために公開処刑が度々、行われた。


 侵略してきた敵の捕虜や、不穏な動きをする者など、対象者は様々だったが、皆、等しく民衆の前に晒され、処刑前に石を投げつける処罰がされた。


 捕虜への石投げは激しく、失った家族を思って罵声をかけながら石を投げつける者が後をたたなかった。


 その姿を見た五歳のグランドールは恐ろしさに身を震わせて、ロザリーナの背後に隠れた。そんな彼の腕をとり、王は目を逸らすなと見ることを強要する。

 石を投げる憎悪の目。石を投げつけられ血を吹き出し形を変える人々。全てがこの世のものとはおもえず、グランドールは目を瞑った。


「目を開け、グランドール」


 王はグランドールに低い声で命令した。彼は奥歯を鳴らしながらも、それを見つめた。


「グランドールよ。この光景をどう見る」


 滅多に声をかけない王に声をかけられグランドールは不思議に思いながらも、素直な思いを口にした。


「……痛そうです」

「痛そうか。……お前は罪を犯した者を憐れむのだな」


 何も言えずに黙ると、王は低い声をいっそう低くした。


「自国の民に心を向けず、敵に心を寄せるのか。甘い。甘いな。だから、お前は玉座から最も遠い場所にいるんだ」


 厳しい言葉に眉根をひそませていると、くすくすと嘲笑う兄たちの声がした。母は関心がないようで無言だ。姉はグランドールを気遣うような視線を送っていた。


 やがて首を吊られ、ぶら下がった者たちを見て歓喜の声が上がる。その光景にグランドールは同じように声は出せなかった。


 その後、グランドールは兄たちから石を投げつけられるという所業を何度も受けた。額に石が当てられ血を流しながら痛みに悶絶する。


 ――痛い……こんなに痛いのに……なぜ、笑っていられるのだろう……


 理解ができない。

 グランドールは幼心に強烈に思った。



 兄たちの嫌がらせは成長するごとに過激化した。兵士の真似事だと言われ、幅広の両刃の刀剣を持たされたこともあった。重量のあるそれは、グランドールの細腕では持つこともできない。体躯が大人に近づいた兄たちは面白おかしくグランドールを切る素振りを見せた。


 避けきれずに肩口を切られて燃えるような痛みを感じた時、グランドールは恐怖した。


 ――兄様たちに殺される!


 グランドールは体を回復した後に、剣を学ぶべく家庭教師に懇願した。



 そしてやってきたのが、後の側近となるバロックだった。



 バロックはマグリッド辺境伯爵の四男で、鋭い剣裁きに似合わず物腰の柔らかい男だった。彼はグランドールに剣の使い方はもちろん、兵法を教えた。彼の教えを乞いながら、グランドールはかねてより疑問だったことを聞いた。


「なぜ、戦は起こるんだ?」


 バロックは純粋な黒い瞳を見つめ、困ったように眉を下げた。


「……難しい質問ですね。そうですね……」


 バロックはこれは私の考えですがと付け加えて、自分の意見を言った。


「守りたいものがあるからじゃないでしょうか」

「守りたいもの……」


 グランドールはバロックの焦げ茶色の瞳を見ながら、小首を傾げる。


「えぇ……守りたいものがあるからでしょう。それは人によって違うでしょうね。自分の信念の為に戦うものもいるでしょう。家族を守るため。中には報奨金目当ての者もいるでしょう。単に死にたくないからという理由の者もいるでしょうね。ですが、彼らが守りたいのは未来でしょう……」


「未来……?」


「はい。手に入れたい未来があるから、人は剣を持つと思いますよ」


 微笑みながら言われたことだったが、グランドールは理解ができなかった。


「話し合いじゃダメなのか?」


 胸に宿る疑問を素直に言葉にする。バロックは驚き、ゆっくりと息を吐き出した。グランドールは眉根をひそめて、肩口を手で掴む。兄に切られた箇所が疼く。完治したはずなのに、あの時の痛みが蘇ったみたいだ。


「……斬られるのは痛い。痛みを与えるのも、与えられるもの俺は嫌だ」


 二度と経験したくないものだと、グランドールはうつむき呟く。

 バロックはグランドールの黒い髪を優しく撫でた。


「殿下はお優しい方ですね」


 その言葉にグランドールは喜べなかった。


「……弱いだけだ」


 バロックは首を振ってグランドールを肯定する。


「人の痛みがわかる人は、上に立つ才覚がある方ですよ」


 その言葉はグランドールを明るい気持ちにさせた。王からは「だから、お前は玉座から一番遠いのだ」と言われ続けられていたから。認められたようで嬉しかった。


 バロックに肯定されたグランドールは嬉しさのあまり、王にその話をした。王は厳しい目をして否定した。


「話し合いか……随分、ぬるいことを言う。相手が聞く耳を持たなかったらどうする気だ」

「それは……」


 王は心底がっかりした顔をする。グランドールは眉根をひそめ、うつむいた。


「話し合いなどができれば、人は剣をとらん。お前の考えは甘い。机上の空論だ。だから、お前は玉座から最も遠いのだ」


 グランドールは何も言えずに歯噛みした。


 だが……痛みを与えるしか道はないのだろうか。敵を力でねじ伏せるしか、戦は終わらないのだろうか。


 グランドールは違うと、言いたかった。

 言えるほどの道があればよいと願ってしまった。



 そんな優しい心根を持ったグランドールだったが、甘さを自覚する出来事が起きた。


 それはひとつの悲劇によって引き起こされる。グランドールを気にかけ、愛情を注いでくれたロザリーナが死んだのだ。



 ロザリーナは異国に嫁いでいった。何年もの交渉の後にようやくグリッド国との同盟が結ばれることになった。協力関係に両国は過激派を押さえ込むべく、強い繋がりを求め、ロザリーナの輿入れが決まった。


 長きに渡り続いた争いの日々に一縷の光が差し込んでいた。


 華やかな花嫁衣装に身を包んだロザリーナは別れ際の際、グランドールを抱きしめた。


「どうか……あなたに光がありますように……」


 結局、兄たちから守れなかったその後悔がロザリーナにはあった。それでも弟を思う気持ちを残したくて彼女は花のように笑う。


 グランドールは寂しさを堪えて黙ってロザリーナを抱き返した。



 しかし、ロザリーナの輿入れから二年後、事態は一変した。


 次に彼女と出会えた時、ロザリーナは首しか戻ってこなかった。



「あね……うえ……」


 重厚な箱に入ったそれは、できうる限り丁重に葬られたことが伺えた。防腐処理がされ

 、薄化粧も施され、死体というには美しかった。それでも、これはあまりに(むご)かった。


 グランドールは膝を折り、全身を震わせた。美しい茶色の髪色はそのままだ。開かない(まぶた)の奥には、いつも優しい眼差しでグランドールを見ていた焦げ茶色の瞳があることだろう。


 あの瞳は、あの眼差しは、二度とグランドールに向けられることはない。


 バキン。グランドールは感情が壊れた音を聞いた。


「あ……あぁ……ああぁぁぁあ!! あねうえぇぇぇ!!」


 グランドールは絶叫して、姉の首を抱きしめた。腕の中の姉は軽く冷たかった。


 崩れたのは母のベリートも一緒だった。彼女は娘のあまりの姿に気絶した。兄たちは絶句して言葉を失っていた。

 ただ一人、王だけが感情をあらわさず椅子に座ったままだった。


「葬儀の準備を」


 王はなんの感情を見せないままに短くそう言った。あまりの言葉にグランドールは姉の首を抱きしめながら、王に向かって叫んだ。


「それだけですか……! これだけの仕打ちをされて! なんの報復もしないのですか!!」


 瞠目(どうもく)し吠えるように叫ぶグランドールに、王は冷徹な眼差しを向ける。


「ロザリーナの死の意味を理解できていないのか」


 王は静かに問いかけた。

 ロザリーナの死が引き起こされたこと自体はグランドールも知っている。


 ロザリーナの輿入れ、協力関係に逆上した過激派の一部が暴徒化して、内乱を引き起こした。それを食い止められずに、ロザリーナは見せしめに殺された。その後、穏健派と過激派で交渉が行われ、過激派への自治領が認められた。


「兵を上げることは治まった火種を燻らせるだけだ。お前はこれ以上の血を求めるのか」


 王の冷たい言葉が、グランドールの心をズタズタに切り裂く。グランドールはうつむき、奥歯を噛みしめた。秘めた憎悪を内に留めておけず、全身を震わせた。


 憎い。姉を殺した全ての者が。


 憎い。ただ傍観を決め込む目の前の男が。


 憎い。何もできずにいる自分が。


 憎い。憎い。憎い……


 力が……欲しい。


 圧倒的な不条理から大切なものを守れるだけの力が――



 ***


 姉の死からグランドールは立ち直れずにいた。夜は眠れず、寝れても、姉の首が落ちる悪夢に(さいな)まれた。


 苦悩をするグランドールの前に一人の女が現れた。


「眠れぬ殿下に、一曲弾きにきました」


 彼女はシルフィという名前の琵琶弾きの女だった。褐色の肌を持ち、髪は銀髪だった。エキゾチックな雰囲気を持つ彼女は、闇夜にまぎれてそっとグランドールの寝室に来た。


「お前は……」


 シルフィの顔は覚えがあった。ロザリーナを届けにきた使者の一人だ。グリッド国出身の彼女は、ロザリーナの侍女をしていた。

 憎い敵国の女を見て、グランドールは目を血走らせ、帰れ!と叫ぶ。姉を殺した敵国の女など視界に入れたくなかった。狂気に我を忘れて、手にかけてしまいそうになる。


 そんなグランドールの心情を分かっていてあえてなのか、シルフィは妖艶に微笑む。


「殿下はこの曲がお好きだと姫様から聞いております」


 やめろっ!と、叫ぶ前にシルフィは琵琶を弾いた。ポロン……と、低い心地よい音がグランドールの耳に届く。その音楽はロザリーナがよく弾いていた曲だった。


 心地よい旋律と共に、グランドールの脳裏に姉がハープを弾いていた姿が過る。グランドールは瞠目し、全身を震わせた。


「やめっ……」


 思い出したくはない。

 思い出すのは辛すぎる。


 感情が吹き出してしまう。


「やめろっ!!」


 それが耐えきれずに、グランドールは腹から声を出して、シルフィの肩を掴み、彼女を床に押し倒した。琵琶が不協和音を奏でて音をやめる。


 グランドールはシルフィを押し倒したまま、か細い声で懇願した。


「……やめてくれ……」


 シルフィは笑みを口元に浮かべたまま、あやすようにグランドールの背中を撫でる。


「……姫様は立派でしたよ」

「っ……」

「自分が矢面に立てば事態の収拾を早めると、グリッド王の制止を振り切っておられました」


 そんなことは、聞きたくはなかった。あの美しい亡骸を見れば、ロザリーナがただの見せしめとして差し出されたわけではないことは分かっていた。グランドールでは量ることができない出来事があったのだろう。


 だが……だからこそ、聞きたくはなかった。

 全てを受け入れられるほど、自分は強くはない。父のように冷静に処理などできない。


 ――これが甘さだというならば、捨てることは、なんて辛いのだろう。


 グランドールは肩を震わせた。シルフィはそっと彼を抱き寄せた。あたたかい。生きている。冷たさはなかった。それが余計に辛い。


「……姫様はグリッド王を愛しておられました。王もまた姫様を愛しておりました。だから……」


 グランドールはシルフィの言葉を遮った。その手を振り払い、あたたかさを拒絶した。彼は立ち上がると双眸(そうぼう)から涙を流していた。彼が泣いたのはこの時が初めてだった。


「愛などと……愛のために命を落とすなど、馬鹿者のすることだ! 命よりも重いものがあるか!!」


 魂を振り絞るように叫んだ。やり場のない怒りをシルフィにぶつけた。

 だが、シルフィはただ微笑んでいた。そして、その銀色の瞳を伏せた。


「……あるんだよ。自分の命より重いものなんて、いくらでも」


 口調が変わったシルフィに気づくことなく、グランドールは踵を返す。


 シルフィは琵琶を手に持ち、音楽を奏でだす。


「……いつか、坊やにもわかるさ」


「命を投げうつほどの何かを」


 心地よい旋律が部屋に広がる。グランドールは涙を必死に堪えていた。


 だが、もう。シルフィの音楽をとめるようなことはしなかった。


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