エンディングその1
「裕樹さん・・・」、百合子は裕樹の元へ駆けつけた。裕樹は百合子を優しく受け止め、「いいんだ、もう何も言わなくていい」。
「え~ん・・っえん」百合子は子どものようにわんわんと大声を出して泣いた。裕樹は百合子の髪の毛を優しく撫でながら百合子に聞いた「なぜ、ぼく?なぜぼくなのかい?」
「あなたの作品は幼くして両親をなくした少女をどん底から救いだしたの」、
「私はそれだけを頼りに300年の時を超え、あなたを探しにきたのよ」、
「だから、あなたはスランプを気にしないで、もっともっといい作品の完成があなたを待っているのよ」。
「そうだったのか、それを聞けて、僕は十分幸せだ」。
百合子は一粒の銀のカプセルを取り出した。
「これで、僕のこの1年間の記憶はなくなるのかい?」百合子は涙を頬に、無理やり笑顔を作って見せ、軽くうなずいた。
「未来って、残酷なんだな」、
「こんな一粒の薬で、僕の一生を壊すなんって・・本当に・・」
百合子はカプセルを自分の口に含んで裕樹に口付けをした。全時空が壊れるほどの激しい口づけを裕樹にした。
裕樹は再び甘いバニラの香りに襲われた。朦朧とした意識のなかで、百合子の声がかすんで聞こえた
「どんなことをしても、必ずあなたにまた会いに行くから、そのときに私のことを思い出して・・・」
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「一條裕樹先生の作家人生20年目にして、大ベストセラー『時空超えの恋人』にサインをお求めになられる方はこちらから順番にお並びください。先生との握手も実現できます」
たくさんの女性ファンが殺到し、大行列となった裕樹のサイン会は空前の盛況ぶりである。45歳になった裕樹はその作風から、多くの女性の心を掴む一方未だに独身である。
裕樹は丁寧にファンに対して一人ずつ著書へメッセージとサインを残し、握手を交わした。
黒いスーツのひとりの女性ファンが近づき、「私は先生の作品の大ファンであることを思い出した」とはきはきした声で春樹に語った。
その意味不明な言葉に違和感を感じながらも「そうですか、うれしい限りです。お嬢さん、お名前は?」、「ステファン・カーター・ヨシダです」、「ほう、お嬢さんのご両親に外国の方がいますか?」、裕樹はサインを書きながら女性に尋ねた。女性はふっと笑い「いいえ、純粋な日本人です。名前はあくまで記号ですから」。裕樹はステファンと握手をかわしたとき、かすかな甘いバニラの香りがした。その懐かしい匂いと女性の笑顔を見て、裕樹も会心の笑みを浮かべた・・・