失踪
それから百合子からは何の連絡もなく、一週間が過ぎた。
出版社は焦って翌日から住所まで尋ねたが、結局、見つからなかった。
吉田百合子は失踪したのである。
裕樹は相変わらず、作品を書けないでいた。百合子が居なくなってから、ますますあの作品の原稿と自分の執筆に疑問を抱くようになった。
また、百合子が残した「私は先生の作品の大ファンであることを思い出した」という意味不明のセリフ、そして自分の記憶が失われたあの10時間に何が起きたのか、
気持ちが悪かった。
なによりも百合子は、裕樹にとって大事な存在となっていた。まだ、付き合いはじめて半年と短いのだが、それ以前に仕事のパートナーとして約半年間、裕樹は始めて百合子が自分にとって運命な人のように感じた。手際よく仕事をし、現場の雰囲気をいち早く読みとってくれる。面白くって、実に細かい心配りをしてくれる。また、何よりも一條裕樹という作家の仕事を一番大事に思ってくれたことが感激だった。
裕樹の恋心を察しながらも、百合子のほうから告白してきたことに裕樹は一番感動している。
百合子が失踪して3日目に警察が尋ねてきて、いろいろ質問された。しかし、当時の様子を答えられないほど、裕樹の記憶はあいまいで、かなりの不信感を警察に与えた。とくに証拠はないのだが、百合子が何らかの事件に巻き込まれ、また自分がその事件に関与しているではないかと疑われても仕方がないと思った。
百合子がそばにいないという事実に、裕樹はやっと少しずつ実感し始めた。また、自分の無力さに嘆いた。