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龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の怪奇譚-

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6/40

舞踊奇譚

某日、とある都市にて――


 静かに眠る都市の片隅に、忘れられた様にひっそりと佇む地下鉄の駅があった。その名は「アステリア中央駅」。嘗ては多くの人々が行き交う賑やかな場所だったが、今では閉鎖され時間に取り残されたかの様な静寂に包まれている。

 この駅に奇妙な噂が流れ始めたのは、ここ数年の事だ。夜な夜な現れるという、人ならざる声。そして其の声に誘われるようにして、人々が一人、また一人と姿を消していく。警察は失踪事件として捜査を始めたが、手がかりは何も見つからず、軈て此の駅は「呪われた駅」として、人々の記憶の片隅に追いやられていった。

 そんな噂の絶えない場所へと、グレイは向かっている。彼の隣には、いつも愛する妻のレイラがいる。彼女はグレイの半身であり、彼の力の源である大切な存在だ。

「グレイ、本当に大丈夫なんですか?この駅、なんだか空気が重く感じます……。」

「心配いらないよ、レイ。君を危険な目に遭わせるつもりはない。私は、ただこの駅の『主』に挨拶をしに行くだけさ」

 レイラが不安そうにグレイの腕にそっと触れる。彼女の細い指先から伝わる温かさが、彼の心を落ち着かせる。彼は彼女の頭を優しく撫で微笑む。

 地下鉄の駅の入り口は、鉄柵で厳重に閉ざされている。然しグレイにとっては、なんの障害にもならないのだ。グレイは指先で空間に【開】の文字を刻む。光る文字が浮かび上がり、鉄柵は音もなく霧散した。

「さあ、行こうか。」

グレイはレイラの手を取り、薄暗い階段を降りていく。其処はまるで、時間の止まった世界だった。埃をかぶったポスター、錆びついた改札機、そして罅割れたホームが其処にはあった。

「……此処にいるね。」

 グレイは立ち止まり、静かに呟く。レイラも頷き、警戒を強める。両者共に場数を踏んでいるのだ。此の位は彼らにとって、朝飯前である。

「ええ、この重苦しい空気……何かが蠢いています。」

 グレイとレイラが言葉を交わす度、グレイの喉元に宿る言霊蟲(コトノキリコ)が淡く光を放つ。グレイの言葉が、この空間に微細な波紋を広げていく。

 さらに地下深くへと進むと、閉鎖されたはずのホームに、人の影がぼんやりと浮かび上がっているのが見えた。彼らはまるで、列車を待つ乗客の様に静かに佇んでいる。然し其の顔には表情がなく、瞳は虚ろだ。

「あれは、もしや……。」

「お察しの通り……この駅の主によって、魂を抜き取られた者達だよ。」

グレイの声に、レイラの顔が強張る。件の影は二人に気づくと、ゆっくりとこちらへ向きを変えた。その途端、彼らの口から異様な声が響き渡る。それは数々の絶望と悲鳴を、ごちゃごちゃと混ぜ合わせた様な耳障りな音だった。

「来ますよ、グレイ!」

レイラの叫びと同時に虚ろな影達が、一斉に二人に襲いかかってきた。然しレイラとグレイは冷静だ。レイラは龍珠剣(ドラクルージュ)を抜いて影達を次々と斬りつけていく。

「ふふふ……心配ないさ、レイ。」

グレイが歌い始めると、グレイの周囲に光り輝く鍵盤が幻影の様に浮かび上がる。私はその鍵盤を優雅な舞踏の様に踏み鳴らす。そこから放たれる音符が、光の鎖となり影達を絡め取っていく。

「ふむ……ただの影ではないね。彼らの意識の奥底に、この駅の主の『歌声』が染みついているようだ」

二人は更に奥へと進む為、絡め取った影達をその場に拘束したまま先に進む。軈て二人は最深部に辿り着く。其処はまるで巨大な祭壇の様な空間だ。中央には不気味に脈動する巨大な肉塊があり、その上には一人の女性が座っている。

彼女は目を閉じ、何かの歌を口ずさんでいた。その歌声は甘く、それでいて底知れない闇を秘めており、聞く者の心を蝕んでいく。これが、この駅の怪異の正体――「駅の主」だ。

「よく来たわね、侵入者。私の邪魔をするつもり?」

彼女はゆっくりと、目を開けて二人を睨む。その瞳は深淵を覗き込む様な、虚ろな色だった。彼女の視線を受けた瞬間、レイラがぐらりと蹌踉めく。始めての感覚に、レイラは混乱していた。

「……っ!?」

「レイ! 大丈夫か!?」

グレイは慌ててレイラを抱き留める。彼女はグレイの胸元で、苦しそうに早い呼吸を繰り返している。レイラは苦しげな表情で、駅の主を見据える。

「この歌声、私の中の『傷』を抉ってくる……。」

「この子が持っているのは、とても深い心の傷ね。いいわ、私がその傷を癒やしてあげる。そうすれば此の子は永遠に、私のものになる」

 駅の主は、歪んだ笑みを浮かべる。彼女の歌声は更に力を増し、レイラの心を貪ろうとする。グレイは愛する妻が苦しむ姿に、抑えきれない怒りを覚えた。私の胸元の闇喰の紋様が、濃い紺青色に変化し微かなリズムを刻み始める。

「よくも……私の愛しい人に、手を出したな。」

 グレイの声は、先程迄の柔らかいものとは一変し、低く、重い響きを帯びていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

「面白い。その怒り、見せてみなさい」

駅の主は嘲笑する。私はレイラを安全な場所へ移動させると、ゆっくりと彼女の前に進み出た。

「私はね、彼女の事を癒したいだけだ……だからこそ、彼女が傷付く事を最も嫌う。」

 私の言葉に駅の主は、まるで興味を失った様に再び歌い始める。しかし、私の目的は彼女の歌声を止める事ではない。グレイは歌い始める。彼の歌声は駅の主の歌声とは対照的に、優しく、それでいて力強い。

「魅惑の歌姫(セイレーン)……宜しく頼むよ。」

 グレイはそう優しく語りかける。彼の背後に優雅なドレスを纏った、歌姫の幻影が浮かび上がる。その美しい歌声は、駅の主の歌声とぶつかり合い空間を震わせる。

「くっ……何なの、その歌声は……!」

 駅の主は、私の歌声に動揺している。私の歌声は、彼女の歌声に込められた「闇」を浄化していく。グレイは空間に浮かび上がった王冠と宝剣を身につけ、優雅な舞を踊り始める。私の舞は、私の歌声と共鳴し、魅了の力を飛躍的に高めていく。

「な、なんて美しい……。」

 駅の主は私の舞に見惚れ、歌う事を止めてしまった。その隙に私は彼女に近づき、宝剣を彼女の胸に突きつけた。駅の主は苦悶の表情になり吐血する。

「ぐ……ぁ……。」

「さぁ、語りなさい。君は一体何者だ?」

「私……私は、古き神から生まれた残滓……。」

 私の問いかけに、駅の主は虚ろな目で私を見つめ語り始めた。彼女は、この駅に閉じ込められた、太古の神の残滓だった。人々の絶望や悲しみを糧とし、長い年月をかけて力を蓄えてきたのだという。そして彼女は、この駅を「生贄の祭壇」へと変え、人々を喰らい力を増そうとしていたのだ。

「もう、疲れたわ……。」

 彼女は、そう呟くと巨大な肉塊へと溶け込んでいった。そして其の肉塊は跡形もなく消えていった。核となった駅の主は何処にもいない。駅の主が消えた後、グレイは祝福の聖歌(サンビカ・レイズ)を歌い、レイラの傷ついた心を癒やす。

「グレイ……。」

「もう、大丈夫……君を傷つけるものは、もうこの駅にはいない。」

 彼女は私の胸に顔を埋め、安堵の涙を流している。グレイは愛しい妻の頭を優しく撫で、その温かさを感じ乍ら大切な事を心に誓う。

「そして……此れからもずっと、君を幸せにする為に、私の全てを捧げよう。」

 私の言葉にレイラは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。その笑顔は此の暗闇の地下駅を、まるで太陽が差し込んだかの様に明るく照らす。その後、二人はこの駅を完全に浄化した。この駅には、もう人々を脅かす事はない。


 その後――地上へ戻った二人は、少し遅めの夕食をとる事にした。グレイが手早く作ったカヌレと、レイラが淹れてくれた温かい紅茶。甘い香りと湯気が立ち上る中、私達は今日の事を振り返る。

「あの歌声、とても辛かったんですよ……でも、グレイが傍にいてくれたから、怖くなかったわ。」

「レイ……私こそ、君の存在に救われている。君が私を、私たらしめてくれるんだ」

 レイラが私の手に、そっと自分の手を重ねてきた。私は彼女の温もりに、心からの安堵を覚える。グレイは愛を込めて告げると、レイラは照れた様に俯き紅茶を一口啜った。

「そういえば、あの駅の主……彼女も、元々は誰かに愛されていたのかしら。」

 レイラの言葉に、グレイは少し考え込む。きっと彼女は、愛する者を失った悲しみや、絶望に心を囚われてしまった。そして、その『歌』が、彼女の心を壊してしまったと。

「グレイの歌は、心を癒やす歌……だけど彼女の歌は、心を蝕む歌だったわ。」

「そう……だからこそ、私は歌うんだ……君の心の傷を癒やす為に、そして君の笑顔を護る為に。」

「……有難う御座います、グレイ。」

  グレイの言葉に、レイラは再び顔を上げ、私の瞳をまっすぐに見つめた。グレイとレイラは、静かに微笑み合う。夜空には、満月が輝いている。


 翌日、アステリア中央駅の周りには、警察や関係者が大勢集まっていた。然し彼らが目にしたのは、ただの閉鎖された地下鉄の駅だった。昨夜までの怪異の痕跡は、何一つ残っていない。

「どういう事だ?一体、何だったんだろうか?」

 そう呟く警察官の背後で、二人は静かにその場を立ち去る。駅の事情を知るグレイとレイラは、クスクスと

「もう、この駅は大丈夫ですね。これで、皆は安心して眠れるわ」

「ふふふ……そうだね。」

 レイラの言葉にグレイは再度、彼女の手に、そっと自分の手を重ねてきた。この世界には、まだ多くの闇が存在する。然しグレイには、愛する妻や家族がいる。

「さあ、帰ろうか……私達の、愛しい家へ。」

 二人は手を取り合って、温かい我が家へと歩き出した。その先には、私を待っている子供達の笑顔と、愛しい妻との幸せな未来が広がっている。






某日、龍神の国にて――


 アルバエレミア家の屋敷の一室――薄いカーテンの隙間から、月明かりが部屋に差し込む。壁に掛けられた古時計の振り子が、静かに時を刻んでいた。

 深夜二時を過ぎた頃、ラジオから流れてくる声は、いつものように穏やかで心地よい。グレイは愛する妻レイラと、二人の幼い子供達が眠る寝室の隣、小さな書斎で静かに紅茶を飲んでいた。

 彼がいつも聞いている深夜ラジオ番組「星屑の囁き」は、穏やかなBGMに乗せて、パーソナリティの優しい声で日々の出来事やリスナーからの手紙を読み上げてくれる。

「今夜も、星屑の囁きをお聴きいただき、有難うございます。今日のお便りは……」

 静かな夜に、その声は一層優しく響く。グレイはカップを口に運びながら、ぼんやりと天井を見つめていた。カヌレを焼こうか、明日は子供達と何をしようか、そんな他愛もない事を考えていたその時、ラジオから流れるBGMが突如として途切れ、ノイズが混じり始めた。

「……ッ、ピーッ、ザザッ」

パーソナリティの声も途切れ途切れになり、やがて不気味な警告音へと変わる。

『──警告。緊急事態発生。この放送を聞いている全存在へ告ぐ。警戒を怠るな。』

 機械的な合成音声が、普段の優しい声とは全く違うトーンで響き渡る。

『特異点【インファンス・ペルディトゥス】が出現しました。座標は、東経百三十九度四十六分、北緯三十五度四十分。座標から半径一㎞圏内にいる存在は、直ちに避難を開始してください。繰り返します。直ちに避難を開始──』

 警告はそれだけを繰り返し、やがてノイズと共に元のBGMへと戻っていった。パーソナリティは「大変失礼いたしました。通信状態が不安定だった様です」と、何事もなかったかの様に番組を再開する。グレイは、カップをソーサーに戻した。カチャリと小さな音が静寂に響く。

「インファンス・ペルディトゥス……。」

 彼はそう呟き、眉間に深い皺を刻む。その言葉は、彼が遠い昔、故郷で耳にした禁忌の存在を指していた。それは龍神族の宿敵である魔性(サヴァト)の亜種だ。時空の狭間に生まれた、異質な生命体。現世の理を蝕み、周囲の存在を無へと帰す、危険極まりない存在だ。

「どうして、こんな場所に……。」

 グレイは警戒を強める。然し警告が告げた座標は、彼等が住む区域の中心部だった。彼処は人通りの多い繁華街で、其処には彼の友人や、世話になった人々が暮らしている。

 直ちに避難を開始せよという警告を、彼は無視するべきではないと分かっていた。然し放っておく事はできなかった。彼の大切な、守るべき人々が危機に晒されているのだ。

「仕方がない……。」

 グレイは静かに立ち上がり、書斎を出た。寝室を覗くと、レイラと子供たちが穏やかな寝息を立てている。その寝顔に、彼の心は揺れる。彼が今から向かう場所は、決して安全ではない。レイラに心配をかけたくはなかったが、このまま見過ごすこともできない。

「レイ、皆……私は、君達を絶対に守ってみせるよ。」

そう小さく呟くとグレイは静かにドアを閉める。彼の瞳が、能力発動時に見せる淡い虹色に瞬き、深い銀の光を宿す。

「『我は、我が愛する者達を、今この瞬間から、如何なる危機からも守り抜く』」

 彼の言葉は、漂っている言霊蟲(コトノキリコ)に喰われ、虹色の粒子となって室内に広がり、レイラ達の周りに薄い光の膜を形成した。この光は彼が戻る迄、彼らが安全である事を約束する。グレイは書斎に戻り、窓を開けた。冷たい夜の風が頬を撫でる。

「さあ、行くとしようか。」

 彼はそう言うと、窓枠に足をかけた。次の瞬間、彼の身体は深い紺青色の鱗に覆われた、巨大な龍神へと姿を変える。体長90mにも及ぶ巨躯は、狭い書斎からはみ出す事なく、優雅に宙を舞った。

「夜空の帳、我に隠蔽を。」

 彼の声が響き、その巨躯は瞬く間に夜空に溶け込む。彼は、人々の目に触れることなく、警告が告げた座標へと向かった。街の中心部に到着したグレイは、元の姿に戻ってビルの屋上に降り立った。下を見下ろすと、警告が告げた座標を中心に、街の空間が歪み始めている。

「これは……。」

 空気は重く、何かが混じっているかの様な不快な感覚がする。グレイは周囲の状況を探る。街の人々は、異変に気づいていないようだ。だが、彼らの様子はどこか不自然だった。まるで、誰かに操られているかの様に、同じ動作を繰り返している。

「精神的な干渉か……インファンス・ペルディトゥスの影響は、既に始まっているらしい」

グレイは元素剣(エルメンテラ)を抜き放ち、刀身に水の元素を宿らせる。彼の剣は、澄み切った青い光を放ち、周囲の魔力の流れを読み取り始めた。

「座標の中心……あのビルの最上階か。」

 彼は、歪みの中心に立つビルへと向かう。ビルのエレベーターは動いていない。グレイは階段を駆け上がり、最上階を目指した。最上階の扉を開けると、そこには、異様な光景が広がっていた。

 部屋の中心には、暗く澱んだ光の塊が浮かんでいる。その光から、子供の泣き声のような、悲しいメロディが聞こえてくる。それが、インファンス・ペルディトゥスの本体だった。

「やはり……あの子は、悲しい存在だったのか。」

 グレイは、昔耳にした情報を思い出す。インファンス・ペルディトゥスは、世界から忘れ去られた存在の、悲しみや絶望が具現化したもの。其れは誰かに愛される事を求めて、周囲の存在を無へと帰す。

「君の悲しみは、痛い程分かる。だが……これ以上、この世界を傷つける事は許されない」

 グレイは、一歩前に踏み出した。インファンス・ペルディトゥスの周囲を、街の人々の魂が漂っていた。彼らは、悲しげなメロディに誘われるように、光の塊へと引き寄せられている。このままでは、彼らの存在は消滅してしまう。

グレイは、祝福の聖歌《サンビカ・レイズ》を歌い始める。

「♪〜♪……」

 彼の歌声は、柔らかな金色の光の粒子となり、部屋に満ちる。その光は、人々の魂を優しく包み込み、光の塊から引き離す。だが、インファンス・ペルディトゥスの放つ悲しみのメロディは、グレイの歌声に抗う様に、更に強く響き渡った。

「駄目か……私の聖歌では、この悲しみを癒す事はできない。」

 グレイは、自分の力の限界を悟る。インファンス・ペルディトゥスの悲しみは、彼の愛をもってしても癒す事が出来ない程に深く、広大だった。グレイはとても歯痒い思いをしている。

「なら、どうすれば……。」

 グレイは考え込む。その時、彼の胸元にある一対の小さな扇子の形の紋様――闇喰が濃い紺青色に変化し、微かなリズムを刻み始めた。グレイは、彼らの存在を感じる。

「此れは……そうか、舞踊だ。」

 グレイは、元素剣(エルメンテラ)を杖の様に持つ。舞踊の王冠(サルタレ・クラウン)を頭上に、舞踊の御劔《サルタレ・グラディウス》を光の束で形成し、空間に円状の光る鍵盤の幻影を浮かび上がらせた。彼の周囲に、壮麗な舞台空間が具現化する。星空の下のオペラハウスの様な、幻想的な空間。彼の領域だ。

「君の悲しみは、この舞踊で受け止めよう」

 グレイは、舞台の中心で舞い始めた。彼の舞は、見る者の心を惹きつけ魅了する。インファンス・ペルディトゥスの悲しみのメロディは、グレイの舞踊に合わせる様に、徐々に音色を変えていく。それは、悲しいメロディから、希望に満ちた、穏やかな子守唄へと変わっていった。

 グレイの舞に魅了されたインファンス・ペルディトゥスは、光の塊を縮小させ、軈て彼の掌に収まる程の、小さな光の珠となった。その光の珠は温かく、そして優しく輝いていた。

「お帰り。もう、独りじゃないよ」

 グレイは、そっと光の珠を胸元にしまう。インファンス・ペルディトゥスは、彼の胸元の闇喰と共存し、彼の魅了の力の一部となるだろう。グレイは周りの安全を確認して、我が家である屋敷へと帰っていく。


 翌朝、グレイは書斎のベッドで目覚めた。隣には、心配そうな顔をしたレイラが座っている。

「グレイ……大丈夫ですか?顔色が悪いですよ」

「大丈夫だよ、レイ。少し、徹夜をしてしまっただけさ」

 レイラは、彼の額にそっと手を当てる。グレイは優しく微笑むが、其の顔は正直な話、青ざめていた。昨夜の激闘は、彼の精神と肉体に大きな負担をかけていた。

「もう、無理はしないで下さい。君の心配をするのは、私だけで十分です」

「有難う、レイ。私は、君がいるから頑張れるんだ」

 レイラは、そう言って彼の胸に顔を埋める。グレイは、レイラの頭を優しく撫でた。レイラの温もりを感じたグレイは、愛おしさで蕩けそうになっている。

「朝ご飯、出来ていますわ。子供達も、グレイが起きてくるのを待っていますよ」

「そうなのかい?分かった、すぐに行くよ」

 グレイは、ベッドから起き上がった。リビングに行くと、リオンとエイラが元気いっぱいに駆け寄ってくる。

「父様!起きたの!?」

「父様、お早う!」

 グレイは、駆け寄る二人を優しく抱きしめる。リオンとエイラは嬉しそうにグレイに身を委ねる。そんな二人の様子が可愛いくて、二人の頭を撫で更に深く抱き締める。

「お早う。二人とも、良い子にしてたかい?」

「うん!父様、早くご飯食べよ!」

 リオンとエイラに促され、グレイはテーブルに着いた。食卓には、温かいパンとスープ、そしてカヌレが並んでいた。グレイはレイラとカヌレを交互に見る。

「……レイ、カヌレを焼いてくれたのかい?」

「ええ、君が疲れてると思ったから。さ、沢山食べて下さいね」

 レイラは、優しい笑顔でそう言った。グレイは、カヌレを一口頬張る。カヌレの風味が彼の口の中に広がる。

「うん……美味しいよ。有難う、レイ」

 レイラは「どういたしまして。」と言ってニコニコしている。グレイは、家族の笑顔を見つめながら、心の中で誓った。

「私は君を、そして君達を愛している。」

 誰にも聞こえない声量で呟いた彼の言葉は、言霊蟲(コトノキリコ)に喰われ、家族の幸せを約束する虹色の粒子となって、家中に広がっていった。彼らの未来は、温かい光に包まれている。

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