宝石奇譚
某日、とある廃遊園地にて――
遊園地の廃墟に、夜の帳が降りる。古びた観覧車は錆びた骨組みを晒し、メリーゴーランドの木馬達は虚ろな瞳で暗闇を見つめていた。まるで時が止まったかの様なこの場所で、レイラは静かに佇んでいた。彼女の長い白銀の髪は夜風に揺れ、左右の色が違うの瞳が冷たい月明かりを反射する。
「此処ね……。」
レイラは呟き、耳元に光る半透明の結晶の耳飾りにそっと触れた。それは彼女の内に宿る闇喰、ヴァリアント/ヘファイストスだ。
『この場所から、強力な負の魔力が放出されています。遊園地の怪異、その原因は間違いなく此処にあるでしょう』
ヘファイストスの声が、レイラの心に直接響く。遊園地で起こる怪異は、夜な夜な子供達の笑い声が響き渡り、人々の心を惑わせるというものだった。そして其の声に誘われた者は、二度と戻らない。噂を聞きつけたレイラは、宝石商としての仕事の傍ら、この謎を解き明かす為にこの地を訪れたのだ。
「フフ、まるで子供の頃に戻った気分だわ……さぁ、やっちゃいましょうか。」
レイラはそう言うと、右手を前に差し出す。掌から淡い光がこぼれ、一粒の宝石が生まれる。それは彼女の幻想「宝石」の力だ。宝石は宙に舞い上がり、光の道筋を描き乍ら奥へと進んでいく。レイラはその後に続いた。
メリーゴーランドの前に差し掛かると、不意に光の道が途切れた。彼女の足元には、無数の小さな足跡が残されている。その足跡は、楽しげに跳ね回っているかの様にも見えた。
「これは……。」
レイラが足跡に視線を落とすと、突然、彼女の周りを何かが駆け抜ける。見えない何かが、彼女の周りをグルグルと回り、まるで遊びに誘っているかの様に見えた。
『レイ、注意してください。これは……』
ヘファイストスの声が警告を発するが、レイラは動じなかった。彼女は静かに目を閉じ、心を研ぎ澄ます。すると彼女の頭上に、ダイヤモンド製の王冠「ケテルの王冠」が浮かび上がり、全身に龍の鱗を模した回路が光り輝き始めた。
「……見つけたわ。」
レイラが目を開けると、その瞳には光の粒子を纏った小さな子供達の姿が映っていた。彼らはメリーゴーランドの木馬に乗り、楽しそうに笑っている。然し其の顔には生気がなく、瞳は空虚だった。
「君達は…この遊園地で亡くなった子供達ね?」
レイラの問いかけに、子供達は一斉に動きを止める。そして、一人の男の子がゆっくりと木馬から降りてきた。彼の身体は半透明で、所々光が透過している。
「僕達、ずっと遊んでるんだ。ママとパパと遊んでるんだよ」
男の子はそう言って、虚ろな笑顔をレイラに向ける。彼の言葉は、レイラの心の奥深くに眠る、癒えない傷を刺激した。
「そう……ずっと、ね。」
レイラは悲しげに微笑む。その瞬間、彼女の瞳に、遠い過去の光景がフラッシュバックした。それは、姉のカミラが自分を庇い、命を落とした日の事を。
『レイラ、大丈夫ですか?』
ヘファイストスが心配そうに声をかける。レイラは小さく首を横に振った。
「ええ、平気よ……君達、ずっとこの場所で遊びたかったのね。でも、それでは前に進めないわ。」
レイラは優しく語りかける。然し子供達は、彼女の言葉を理解できない。彼らは只、永遠に続くかの様な楽しい時間の中に閉じこもっていたいのだ。
「やだ!僕達、ずっと遊んでるんだ!邪魔するなら……邪魔するなら、許さない!」
男の子の声が響くと、子供達の姿が歪み始める。光の粒子が負の魔力に染まり、彼らはレイラを襲おうと飛びかかってきた。
「……ごめんなさいね。でも私は此処で、負ける訳にはいかないわ」
レイラはそう言って、左手から精霊剣を生み出す。刀身に清らかな精霊石が嵌め込まれた大太刀が、静かに輝く。
「精霊よ、彼らの心を癒やせ。」
レイラの声と共に、刀身の精霊石が淡い光を放つ。その光は、子供達の負の魔力を浄化していく。然し子供達の抵抗は強かった。彼らは悲しみの叫びを上げ、レイラに襲いかかり続ける。
レイラは彼らを傷つけない様に、ひたすら攻撃をいなす。そして、その間に彼女は歌い始めた。慈母の様な優しさと王者の風格を兼ね備えた、聴く者を包み込む歌声。
「♪〜♪……。」
彼女の歌声は、空間に微細な宝石の粒子を撒き散らし、子供達を優しく包み込む。歌声が響くにつれ、子供達の負の魔力は徐々に薄れていく。そして彼らの瞳には、ほんの僅か乍ら生気が戻ってきた。
「ママ……パパ……。」
男の子が呟く。その瞬間、彼の身体から放たれていた負の魔力が、完全に浄化された。彼らの魂は、未練を捨て、安らかな光となって昇っていく。
「さようなら……来世では、幸せにね……。」
レイラは子供達を見送り、静かに目を閉じた。彼女の心には、子供達の別れの悲しみと、安らかになった魂の喜びが同時に去来する。その感情は、再び彼女の心の奥底にある傷を刺激した。
『レイ……。』
ヘファイストスが彼女の精神的な瘴気を吸収し、彼女の魔力バランスを安定させる。その御陰で、レイラは冷静さを取り戻す事ができた。
「有難う、ヘファイストス。」
彼女は小さく呟き、再び歩き出す。奥へと進むと、彼女は廃墟のジェットコースターの前に辿り着いた。そこには、一人の若い女性が座り込んでいた。彼女の身体も半透明で瞳は虚ろだ。
「……君は、この遊園地の従業員だったのね?」
レイラの問いかけに、女性はゆっくりと顔を上げた。
「……私は、この場所で、彼を待っていたの。彼が、プロポーズしてくれる筈だったの……」
女性はそう言って、切なげに微笑む。然し彼女の左手の薬指には、何も嵌められていなかった。
「彼……来なかったのね?」
レイラの言葉に、女性は首を横に振る。
「私は、もう彼に会えない……ずっと、この場所で待っているの。」
女性の言葉は、レイラの心を強く締め付けた。彼女は、夫グレイとの出会いを思い出す。グレイが献身的に自分を支え、声を取り戻させてくれた事。彼の存在が、どれだけ自分にとって、かけがえのないものか改めて痛感した。
「……会えるわ。必ず」
レイラはそう言って、女性に手を差し伸べる。然し、女性は首を横に振った。
「……もう、遅いの。」
女性はそう言うと、彼女の身体から負の魔力が吹き出す。それは、彼女の絶望と悲しみの結晶だった。
「そう……残念だわ。」
レイラはそう言うと、左手に「精霊剣」を、右手に「龍珠剣」を構えた。彼女の瞳は、悲しみと決意を宿している。
「私には、愛する家族がいる……その愛がある限り……此処で、負ける訳にはいかないわ。」
レイラはそう言って、女性の負の魔力に立ち向かう。彼女は女性を傷つけない様に、魔力の刃で負の魔力を切り裂いていく。そして彼女は、再び歌い始めた。今度は、愛と希望に満ちた歌を。歌声が響き渡るにつれ、女性の負の魔力は浄化されていく。そして、彼女の瞳に光が戻ってきた。
「……彼に、会えるの?」
女性の問いかけに、レイラは優しく微笑む。
「えぇ、安らかに眠れば、きっと……。」
レイラの言葉を聞き、女性は安堵の表情を浮かべる。彼女の身体は光の粒子となり、夜空へと昇っていった。その光は、まるで星屑の様だった。
「ありがとう……。」
女性の声が、夜空に響く。レイラはそれを見送り、静かに涙を流した。彼女の心の奥底に刻まれた、癒えない傷が再び疼き出す。愛する人と別れる事の痛みは、彼女にとって永遠の傷なのだ。
『レイ……。』
ヘファイストスが、彼女の感情の起伏を吸収する。その御陰で、彼女はなんとか平静を保つ事ができた。レイラは大きく深呼吸を行う。
「……さぁ、此れで最後ね」
レイラは廃墟の奥、古びたお城に辿り着いた。そこには、遊園地のオーナーらしき男の姿があった。彼の身体は半透明で、負の魔力を纏っている。
「貴方が、この遊園地の怪異の元凶ね?」
レイラの問いかけに、男はゆっくりと顔を上げた。
「私は、この遊園地を愛していた……なのに、閉鎖されてしまった……私は、この遊園地を、永遠に続けたかったんだ。」
男はそう言って、憎しみに満ちた瞳でレイラを見据える。彼の想いは、この遊園地を永遠に閉じ込め、魂達を囚えていた。
「……君は只、この遊園地を永遠にしたかっただけ……でも、今の君の願いは、皆を不幸にするわ。」
レイラはそう言うと、全身に「矢車菊」の紋様を模した淡い蒼色の光を浮かび上がらせる。そして、彼女は二振りの刀剣から、赤い銃器「鳩の血色」に持ち帰る。
「さぁ……もう、終わりにしましょう。」
レイラはそう言って、男に向かって引き金を引いた。放たれた弾丸は、物理的な破壊力に加えて、男の魔力を分解し存在其の物を消滅させる。男は悲鳴を上げ、光の粒子となって消滅した。これで遊園地の怪異は解決した。
「……終わったわね。」
レイラはそう言って、静かに目を閉じる。彼女の心には、子供達の悲しみや女性の絶望……そして男の執着が去来する。
『レイ、お疲れ様でした……これで、この場所も安らかになりますね。』
ヘファイストスの言葉に、レイラは静かに頷く。レイラの表情は何処か切ない。彼らの感情を真正面から受け止めたからか、図らずも感傷に浸ってしまっている様だ。
「えぇ……でも、私は……彼らが、何を訴えたかったのか……何となく、わかった気がするわ。」
レイラはそう言って、静かに微笑む。彼女は愛する人との別れ、そして永遠に続く時間の尊さを、彼らから教えられたのだ。
「私も、グレイや子供達と、永遠の時間を過ごしたい……けれど其れが、何時迄続くか分からない……だから今、この瞬間を大切にしたいわ。」
レイラはそう言って、夜空を見上げた。其処には、星になった子供達や女性の魂が、安らかに輝いている様に見えた。彼女は、廃墟の遊園地を後にする。そして夜空に輝く星達に、そっと手を振る。「どうか、安らかに……。」
レイラの言葉は、夜風に乗って遠く迄届いた。そして彼女の心には、愛する家族と過ごす時間が、再び大切な物として刻まれたのだ。
「……さて、私も在るべき場所へ帰りましょうか。」
遊園地の廃墟に朝が来る。朝日が差し込み、観覧車やメリーゴーランドを優しく照らす。まるで此の場所の悲劇が、全て終わったかの様に。レイラは自宅に戻り、グレイの腕の中で安らかな眠りにつく。彼女は夢の中で、愛する家族と永遠に続く楽しい時間を過ごしていたのだった。
某日、アルバエレミア家の屋敷にて――
静けさに満ちた夜の帳が降りる頃、レイラは一通のメールを手に取った。差出人は、レイラの古き友人であるアカネだ。彼女が住まうのは、龍神の国の南方、彼女が長きにわたり統治してきた区域だ。其のメールには、丁寧乍らも何処か慌てた様子で、こう記されていた。
『レイ、部屋の隅に、何かがいるの。見えない、でも確かに其処にいる。お願い、助けて』
アカネからの手紙は、何時も素直になれない彼女にしては珍しく、切羽詰まった様子が窺えた。然し此の文面からすれば、彼女が持つ反転や歪曲の幻想が発動した可能性もある。もしかすると、アカネの言う「見えない存在」とは、彼女が抱えている悩みや不安の隠喩なのかもしれない。
アカネの住む屋敷へと足を運ぶ。其処は静謐な森の奥に、ひっそりと佇む瀟洒な邸宅だ。レイラは扉を開け中へ入ると、アカネは震える声で私を迎えた。
「来たのね、レイ……。」
彼女の声は震え、その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。然しレイラの眼には、其処には何もいない。彼女の姿をよく見ると、頬は痩せこけ、肌は青白く、まるで何日も眠れていないかの様だ。
「ねぇアカネ、本当に何かがいるというの?」
「えぇ……本当にいるのよ。信じてくれないかもしれないけれど」
「君の事を、信じないなんてありえないわ。」
レイラは思わず微笑み、彼女の手を優しく握った。レイラの言葉に、アカネの目から一筋の涙が溢れた。
「有難う……レイ。」
レイラはアカネと共に、件の部屋の隅へと向かう。其処には、ただ埃が積もっているだけだった。然しアカネが言うには、其処には何かがいるらしい。レイラは彼女の言葉を信じ、部屋の隅に意識を集中させた。すると、微かに空間が歪んでいるのを感じた。
「これは……。」
空間の歪みから、微かに負の魔力が漏れ出ている。然し其の歪みは非常に微弱で、常人では感知できないだろう。どうやら、アカネの幻想は此の負の魔力と共鳴し、彼女の精神に影響を与えている葉だ。
「この負の魔力は……調べてみましょう。」
私は、この負の魔力が何であるかを突き止めるべく、自身の幻想である「神造宝石」を駆使し、身体の一部を宝石へと変え、空間の歪みを解析した。然し其の正体は、私には到底理解の出来ない、何とも奇妙な魔力だった。
「これは、一体……。」
私は、解析を続ける。そして、遂にその正体が判明した。それは、この世界に存在しない、異界の魔力だった。
「異界の魔力という事は……まさか、此処が異世界と繋がっているというの……?」
レイラは驚きを隠せないが、アカネは其れどころではない。彼女の精神は、異界の魔力に侵食され、徐々に不安定になっていた。此の儘では、彼女の精神は崩壊してしまう。レイラは彼女を救うべく、自身の力を解放した。
「さぁ……いらっしゃい。」
レイラの頭上に、透き通る様な輝きを放つダイヤモンド製の王冠が浮かび上がった。それは、生命の樹の最高位である「ケテル」の権能を司る、ダイヤモンド製の王冠。その意匠はシンプル乍らも気高く、無数の光の粒子が周囲を漂う。
レイラは王冠の権能を使い、異界の魔力を浄化する。然し其の魔力はあまりにも強大で、レイラの浄化の力をもってしても、完全に浄化する事はできなかった。
「やはり、一筋縄ではいかない様ね。」
レイラは異界の魔力に侵食された、アカネの精神を一刻も早く癒やすべく、もう一つの結界を創造する。それは、水晶で築かれた「白仙水晶宮」だ。
結界が展開されると、周囲に透明度の高い巨大な水晶の宮殿が出現する。内装も床から壁、天井や調度品に至る迄、全てが水晶で出来ており、光が乱反射して幻想的な輝きを放つ。
宮殿内部にいる者は、魔力の流れが安定し疲労や傷が急速に回復する。アカネはレイラの結界の中で、徐々に精神を取り戻していく。
「レイ……有難う。」
彼女の瞳から恐怖の色が消え、いつものツンデレな表情に戻っていく。私は、その姿を見て、安堵のため息を漏らした。然し異界の魔力は、未だに部屋の隅に留まっている。レイラは此の魔力を完全に浄化する為、自身の奥底に眠る力を解放した。
「神祖の名を、受け継ぐ者として――此処で、負ける訳には行かないわ。」
レイラはそう言い、「龍珠剣」を手に持つ。その神秘的な力を象徴する柄のない太刀が、私の掌に吸い付く様にフィットする。刀身には複雑な模様が刻まれた龍珠石が美しく埋め込まれており、その光沢は見る角度によって虹色に輝く。
レイラは「龍珠剣」に魔力を通し、異界の魔力へと斬りかかる。刀身から放たれた虹色の斬撃は、異界の魔力を切り裂き、空間の歪みを修復していく。
「これで、もう大丈夫よ。」
異界の魔力は完全に消滅し、部屋の隅は元の静けさを取り戻した。アカネは、私に感謝の言葉を述べる。
「ねぇ、レイ……。」
「うん?どうしたの、アカネ?」
「有難う……本当に。」
彼女は顔を赤らめ乍ら、素直に感謝の言葉を口にした。レイラは其の姿を見て、心から嬉しく思った。
「うふふふ、どういたしまして。」
そしてレイラ達は、夜が明ける迄、昔話に花を咲かせた。朝日が差し込む部屋で、私はアカネに別れを告げた。
「また、何時でも会いに来てね。」
「ええ、勿論よ。でも、今度はもっと楽しい理由でね」
レイラは微笑み乍ら、アカネの屋敷を後にした。その帰り道、私は夫であるグレイから一通のメールを受け取った。
『レイ、お疲れ様、君の好きなチョコレートケーキを焼いておいたよ。気をつけて帰ってきておくれ』
メールに書かれたグレイの言葉は、私の心を温かくした。レイラは故郷へと急ぎ、愛する家族の待つ家へと帰っていく。部屋の隅にいた見えない存在は、私とアカネの友情によって、完全に消え去った。
家路を急ぐレイラは、頭の中にグレイの優しい笑顔を思い浮かべていた。アカネの件で疲弊した心と身体を、愛する家族の温かさが癒やしてくれるだろう。
屋敷の門をくぐると、甘く香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。リビングに入ると、暖炉の前でグレイがティーカップを傾けていた。その隣には、彼が焼いたであろう、美しいデコレーションが施されたチョコレートケーキが置かれている。
「おかえり、レイラ。アカネの所は大丈夫だったかい?」
グレイは、いつもの穏やかな声で私を迎えた。私は彼の隣に座り、疲労を隠さずに肩を落とす。
「ええ、なんとかね。部屋の隅に、異界から漏れ出した魔力が溜まっていたみたいで……。」
レイラはアカネの部屋で、起こった出来事をグレイに話した。彼は静かに耳を傾け、時折、心配そうな表情を見せる。
「異界の魔力か……それは厄介だったね。君の身体は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫よ。でも、少し疲れてしまったわ」
レイラはそう言って、グレイにもたれかかる。彼は何も言わずに、レイラの頭を優しく撫でてくれる。その温かい手に、レイラは安堵の息を漏らした。
「疲れたろう?今日はゆっくり休んでおくれ……夜は私が全部やるから。」
「有難う、グレイ。」
私は彼の優しさに甘え、そのまま眠りについた。
目が覚めると、私はベッドの中にいた。窓の外は既に朝日で明るく、鳥たちのさえずりが聞こえる。グレイが私をベッドまで運んでくれたのだろう。
私はベッドから起き上がり、リビングへと向かった。グレイは既に朝食の準備を終え、テーブルには焼きたてのパンや色とりどりのフルーツが並んでいた。
「お早う、レイ。よく眠れたかい?」
「ええ、御陰様で……有難う、グレイ。」
私達は、静かに朝食を摂る。その間、グレイは仕事の話や子供たちの近況などを話してくれた。
「そういえば、アカネから連絡があってね……。」
食後、グレイは一通のメールを私に差し出した。それは、アカネからのメールだった。
『レイ、此の間は本当に有難う。君の御陰で、部屋の隅にいた見えない存在はもういなくなったわ。今度は、私のお気に入りのカフェでお茶でもどう?勿論、グレイも一緒にね』
メールには、アカネの感謝の気持ちが綴られていた。そして、その文面には、「真意の反転」や「感情の歪曲」の幻想が発動した様子はない。レイラは其のメールを読んで、心から安堵した。
「よかった……アカネも元気になったみたいだ。」
グレイも、心から喜んでいるようだ。私達は、アカネからの誘いに応じる事にした。
数日後、私達はアカネの屋敷を訪れた。然し彼女は屋敷にはいなかった。メールに書かれていたカフェへと向かうと、そこには元気そうなアカネが私達を待っていた。
「レイラ、グレイ。待ってたわ」
彼女は、以前の様な青白い顔ではなく、血色の良い顔で私達を迎えた。
「アカネ、元気そうね。」
「ええ、レイの御陰よ。有難う」
レイラ達は窓際の席に座り、お気に入りの紅茶を注文した。
「それで、アカネ。部屋の隅にいた見えない存在って、結局なんだったんだい?」
グレイの問いかけに、アカネは少し照れた様に頬を赤らめた。
「実は……あれ、私自身の悩みだったみたい」
「悩み?」
「……私、ずっと自分の性格が嫌だったの。本当はもっと素直になりたいのに、どうしても素直になれなくて……」
アカネは、自分の悩みを打ち明けてくれた。彼女の幻想は、彼女自身のコンプレックスが生み出したものだ。そして其のコンプレックスが、異界の魔力と共鳴し、「見えない存在」として具現化したらしい。
「でも、レイが助けてくれた御陰で、自分と向き合う事が出来たわ。有難う、レイ」
「うふふふ、どういたしまして。君の悩みが解決して、私も嬉しいわ」
アカネは、心から感謝の言葉を口にした。彼女の様子に、レイラは嬉しそうに笑う。アカネはもう、以前の様な態度ではなく、素直な言葉で私達と話してくれた。夕暮れ時、私達はカフェを後にした。
「レイ、グレイ。またいつでも遊びに来てね」
「ええ、勿論よ。」
「ああ、また来るよ。」
私達は、笑顔でアカネに別れを告げた。帰り道、グレイは私の手を握り、優しい眼差しで私を見つめた。
「よかったね、レイ。」
「ええ、本当に……私にとって、アカネは大切な友達だから。」
私は、グレイに微笑みかけた。彼の温かい手が、レイラと家族の絆を、これからもずっと守ってくれるだろう。そう思えて、仕方が無いのだった。




