↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の事件簿-

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/40

無彩の龍神の事件簿

某日、月の国にて――


月の国の最上層、クレセントシティの天頂に浮かぶ、アウラム・ソリス。其処は純白の反重力宮殿が並び、高度な管理AIと未来予測システムが帝国の光を紡ぎ出す、最も輝かしい一等地である。然し建国記念祭を間近に控えたその日、宮殿の最も深い奥の院――龍神会議の極秘保管庫は、光を失っていた。

「……酷いものだな……まるで世界其の物が、此処で呼吸を止めた様だ。」

気怠げに、然し鋭い眼光を放ち乍ら呟いたのは、街の片隅で探偵兼便利屋を営むムシキだ。彼の左眼――悪意を焼き尽くす灼眼が、怪しく金色の火花を散らしている。だが、彼がどれほどその魔眼を凝らそうとも、目の前の光景に色は見出せなかった。

本来なら、其処には数多の異邦人達が死の間際に遺した、主観的な記憶の結晶たる本が、星屑の様なエーテルの輝きを放って並んでいる筈だった。システムからは零れ落ちてしまう、個人的な思い出、証明不可能な感情の揺らぎ。それを繋ぎ止める為の超法規的記録が、一晩にして根こそぎ消失していた。

残されたのは、ただ一面のモノクローム。床や壁も、嘗て書物が並んでいた棚も、全てがモノクロに塗り潰されている。物質が持つべき熱量さえも剥奪され、室内の空気は氷点下まで冷え切っていた。

「これは……境界観測評議会(フリンジ・ボード)の査問班が黙っちゃいませんよ、ムシキさん。」

物理的障壁は無傷にもかかわらず、中身だけが概念ごと盗まれている。

「おまけに此の、見覚えのありすぎる魔力の残滓は……。」

同行していた学園法政科の青年が、ガタガタと震えながらデータを端末に打ち込んでいる。そこへ、静寂を破る足音が響いた。コツ、コツ、と、氷の床を叩く、どこかリズミカルで冷徹な響き。

現れたのは、一人の少女――ユラだ。右眼は深い闇を湛え、左眼には空間の座標を固定する蒼天の魔眼が静かに明滅している。

その手には、天体の運行と同調して輝きを変える大杖、白仙の硝子筆(アルバ・グラス)が握られていた。彼女は常に無表情で、極めて無口だ。強大すぎる神性を受け継いだ代償として、彼女の表面から感情という波風は消失している。

ユラは無言の儘、白磁の様な指先で虚空をなぞった。色彩を失った空間に、彼女の指先から極彩色の魔力が滲み、油彩画の様な厚みを持って一瞬だけ元の壁の色を模写する。だが其の極彩は、まるで拒絶される様に一瞬で弾け、再びモノクロームへと還元された。

「……消えてる。」

ユラが小さく唇を動かす。短すぎる言葉。然し彼女の精神の内側からは、其の静寂を補って余りある、軽薄で飄々とした声が響き渡った。ユラの魂に共生する双子の姉――肉体を持たぬ無彩の龍神、キラだ。

「いやー、驚いたね!僕の幻想と、全っ然区別がつかないや。魔力回路の指紋回路迄、綺麗に僕を指し示してるじゃない!此れじゃあ、私達を容疑者扱いするのも無理ないね」

ユラの周りを浮遊するキラの声には、焦りよりも、何処か楽しげな悪戯心が混ざっていた。だが事態は笑い事ではない。事実、宮殿の外には既に、査問の為の魔導兵器を引き連れた評議会の影が蠢いている。ユラが静かに、断言する様に言った。

「私達は、やっていない。」

「分かってるさ、お嬢ちゃん達。」

ムシキが煙草の煙代わりに、小さな金の火花を口から吐き出す。「だが、此の現場はあまりにも……お前さんの姉貴の幻想其の物だ。」

熱量を奪い、存在確率の色を剥ぎ取る。おまけに異邦人の本を正確に狙うあたり、龍神会議の内部事情か、異邦人の性質を完璧に理解している奴の仕業だ

「……なぁ、ライカ。お前の見立てはどうだ?」

影から這い出る様にして姿を現したのは、銀髪を弄り乍ら携帯型ゲーム機を弄ぶ少年――ユラ達の親戚であり、無類のゲーム愛好家である銀龍神、ライカだ。ライカはゲームの画面から目を離さないまま、不敵に笑う。

「状況は最悪、つまりゲームとしては最高って事さ。この事件現場、完全にシチュエーションが固定されたクローズド・サークルだよ。」

犯人はキラの幻想特性を完全に模倣している。予めサンプリングしていた事が証拠である。曰く、犯人の目的は二つある。一つはキラ……ひいてはユラの拘束。もう一つは、盗み出した本の内部データの解析。異邦人の記憶には、月の国の全環境バリアを制御する、古代の固有システム、システム・ルナのバックドア・コードが隠されている噂がある。

ライカはゲーム機をポケットに放り込み、空中に指で四角い境界線を描いた。彼の幻想の片鱗が、チェス盤の様な光の格子を床に走らせる。

「フリンジ・ボードが此処に踏み込んでくる迄、ゲームの猶予時間はあと数時間。ユラ、キラ、ロトス……これは何者かが仕掛けた、僕達……次世代の龍神への挑戦状(シナリオ)だ。乗るしかないよね?」

宮殿の窓の外から、無数の白い蝶が舞い込んできた。冷気を含んだモノクロームの部屋に、場違いな程甘い、そしてどこか哀愁を帯びた花の香りが満ちていく。蝶達が一箇所に集束し、一人の青年の姿を形作った。菫色の瞳に、内気で繊細な光を宿した青年――ロトスだ。

「ユラさん、キラさん……。」

ロトスは静かにユラの隣に立ち、その華奢な肩を包み込む様に守った。彼の背中には、闇喰が静かに脈動している。

「君達の清廉さは、私が誰よりも知っている。世界が君達を疑うのなら、私はその世界(システム)の方を疑おう……行こう、ユラ。手がかりは、私達の始まりの場所にある」

ユラは無表情の儘、ロトスの大きな手に自分の手を重ねた。彼女の内に宿るキラが、嬉しそうに口笛を鳴らす。事件の幕は上がった。月の国を揺るがす、奇妙で芸術的な謎解きの始まりだ。


「キラちゃんの無彩のデータを、事前にサンプリングできた場所、及び異邦人の詳細な生態データが保管されている場所……そんなの、一つしかないじゃん?」

サイバーパンクのネオンがギラギラと輝く月の裏側、ノヴァ・ゲート・テラス。其の一角に位置するパラチウム・エクス・キャンパスの解析室で、ヒオンが通常の数千倍に加速された思考速度の儘、猛烈な勢いでホログラムディスプレイを操作していた。

彼女の幻想で、事件現場の魔力の波形と、過去に学園内で記録されたデータを秒単位で照合していく。

「あった、見つけた!半年前の合同演習の際、学園の共有サーバーから、キラちゃんの魔力波形データが僅かにリンクしてる。」

アクセス元は、禁忌知識科(パンドラ)の隔離サーバーだ。

「禁忌知識科、か。またあの偏屈な天才達の巣窟だね」

アキヒが自身が作成した小さな球体ゴーレム、ポチの頭を撫でながら溜息をついた。ユラ、ロトス、そして同行する幼馴染達は、学園の最深部――地上と月面を繋ぐ転送門の傍らにある禁忌知識科の隔離区画へと向かった。歩行中――気弱そうなキリウが、緊張で震える手で特製のハーブティーをユラとロトスに差し出す。

「ゆ、ユラちゃん、ロトスくん……これ、僕が育てたメディカルハーブのブレンド。緊張を和らげて、魔力回路のノイズを消す効果があるから……飲んで」

「……有難う、キリウ。」

ユラは温かいカップを受け取り、一口含んだ。喉を通り抜ける爽やかな香りが、彼女の希薄な感情の奥底にある心地よさを僅かに刺激する。

「だけど、おかしいですね。」

ロトスが眉をひそめた。

「パンドラの隔離区画は、神祖の直系でなければ侵入すら不可能な筈だもの。なぜデータが盗み出せたのでしょう?」

其の疑問に答える様に、彼らが隔離通路の扉を開けた瞬間、空間が不自然に歪んだ。

「おっと、其処から先は僕達のゲーム盤じゃないんだよねぇ。」

通路の奥から現れたのは、黒い靄の様な姿をした存在――魔性(サヴァト)の上級個体だ。然し其の姿は、学園の教授の一人に完璧に擬態している。

「気をつけて、ロト!そいつ、単なる影じゃないの。人間の脳に直接悪意を書き込む、言語汚染タイプ!」

キラが鋭く警告する。

「……お前が、犯人、か。」

ユラが白仙の鉛筆(アルバ・ペンシル)を構え、描線速度に特化したストロークを空中に刻む。赤の芯で描かれた線が、急速な熱膨張を起こして火線となり、魔性へと炸裂した。然し魔性は不気味に笑い、ユラの火線を黒い影でなぞる様にして消去した。

「無駄だよ、フォルティアの娘。私は既に、此の世界の色彩の仕組みを理解した。」

キラの無彩の力を使えば、汎ゆる魔術の熱量をゼロに戻せると、魔性はそう踏んだ。

「この世界を統治する龍神共の傲慢なシステムを、全て白と黒の原初の混沌へ還してあげよう。」

魔性が独自の言語――聞くだけで精神を蝕むノイズを放った。キリウやアキヒが頭を押さえて蹲る。だが、その精神汚染の波動がユラとロトスに届く直前、空間から泡が弾けた。ドォン!! と、猛烈な大爆発が魔性の側面に直撃する。

「あらあら、うちの可愛い子供達になんて言葉を浴びせてくれるのかしら?」

優雅で絶対的な余裕を醸し出す、微笑みを浮かべて現れたのは、ロトスの母だ。彼女の周囲には、標的の心音を感知して自動追尾する起爆性の爆泡が、美しくも恐ろしく浮遊している。

「母さん!?」

ロトスが目を見張る。さらに、ミセラの隣には、いつの間にかもう一人、全く同じ姿をしたミセラが立っていた。いや、その姿が霧の様に溶け、物静かな天体観測家――ロトスの父、ネオンの姿へと戻る。彼の幻想は、指紋や声紋、立ち振る舞いまで完璧に再現する。

「ネオンさん、ミセラさん……なぜ……此処に?」

「星の流れが、此処に巨大な偽物が集うと告げていたのでね。」

ネオンは静かに古代の文献を開いた儘、魔性を見据える。

「そいつの本質は、此処にある文献を盗んだ黒夢の心臓(ニグル・ハーツ)の裏切り者と、魔性が融合した個体だ。」

魔性はキラのデータを使い、月の国の心臓部、テルース・コーアの防衛システムを完全にモノクロームで上書きし、無効化しようとしている。

「……行きなさい。親の役割は、子供の行く手を阻む泥を払う事だ」

「君達の愛の力、あの泥人形に見せておやりなさいな。」

ミセラが微笑みながら、空間を埋め尽くす程の爆泡を展開する。

「……有難う、父さん、母さん。」

ロトスはユラの手を引き、転送門へと走った。背後で、魔性の絶叫と、其れを遥かに凌駕するミセラの苛烈な爆発音が響き渡る。

二人は、月の国の生命線――人工大気と地下湖が眠るテルース・コーアへと向かう。犯人の目的がバリアの完全停止であるならば、決戦の舞台は其処にしかない。


月の国の中枢、巨大動力炉が鎮座するテルース・コーア。そこは本来、人工の地下湖に古代遺跡の神秘が映り込む、神聖な場所である程だ。然しユラとロトスが到着した時、その光景は最悪の変貌を遂げていた。

「遅かったな、ユラ!そしてロトス!」

地下湖の中央、動力炉のコントロールパネルの前に立っていたのは、ユラの親友であり、最大の好敵手である筈の黒龍神――ミカゲの姿をした魔性だった。いや、ミカゲ本人は、その背後で影の楔によって拘束され、悔しげに歯噛みしている。

「ユラ……!ごめん、不覚を取ったわ!そいつ、私の幻想を盗み出して、空間に巨大な虚構の黒龍を描きやがったのよ……!私の美学を汚すような真似を……っ!」

ミカゲの能力によって具現化された、色彩を持たず圧倒的な物理質量を持つ巨大な墨絵の龍が、動力炉の防衛障壁をガリガリと噛み砕いている。バリアの出力低下を示すアラートが、赤ではなく、剥奪された灰色のノイズとなって空間に響いていた。此の思い出の書に刻まれた異邦人の揺らぎのコードを入力すれば、月の国のバリアは完全に反転し、外宇宙の真空へと霧散する。

「此れで終わりだ……そして、その罪は全て、そこにいるキラ・カリタス・フォルティアの無彩の暴走として歴史に記録されるのだ!」

魔性が、盗み出した記録の束を動力炉に叩き込もうとする。周囲の重力が消失し、システムが崩壊を始める。

「……させない」

ユラの瞳の奥に、名画の世界が広がり、微かに画材の香りが漂った。左目の縁に瞬く虹色の光の粒子が、彼女の内なる殺戮衝動と完璧主義を、純粋な創造への情熱へと変換する。

「ロト。」

ユラが、短く婚約者の名を呼ぶ。

「あぁ、分かっていますよ、ユラさん。」

ロトスが胡蝶の杖(パプリオ・カネ)を振るうと、鈴の音に似た美しい羽音が響き渡り、空間に満天の月夜と、四季折々の花が咲き乱れる日本庭園――胡蝶庵《パプリオ・ヘルミタージュ》が展開された。

外部からの干渉を完全に断絶する究極のシェルター。その内部で、ロトスは自身の魔力を蛹の状態へと籠らせ、肉体と精神の限界を突破する自己強化を行う。

「僕の領域で、私のルールを上書きさせてもらいますよ。」

ロトスの背中から、無数の氷蝶(グラシアス)と紅き蝶(アルデンス)が舞い立ち、熱力学の摂理を無視した熱量操作で、魔性が操る墨絵の龍の分子運動を凍結させ、爆砕していく。そして安全圏を確保されたユラは、遂に其の神性を完全に解放した。無表情な彼女の唇からノイズのない、純粋で何処迄も静謐な旋律が漏れ出す。

「──♪───ッ!」

感情の揺らぎを排した、芸術の本質を魂へ直接届ける歌声――聖歌。その歌声に呼応し、空間の定義が瞬時に書き換えられていく。深淵なる色彩の絶対領域、極彩式の城《マキシマラエトス・カストゥルム》が顕現した。城壁や回廊の全てがユラの神経系と直結し、魔性は其の体内に踏み込んだも同然の状態となる。

「な、何だこれは……!?私の領域が、色彩で……上書きされる……!?」

「此処では、炎は冷たい液体となり、重力は散乱する。君の悪意は、ただの濁った絵具に過ぎない」

ユラは白仙の硝子筆を大きく振るった。[極彩式洋墨・虹]。夜空の投影(プラネタリウム)が展開され、彼女が描いた星座が、其の儘巨大な光の構造物として魔性を包囲する。

「さぁて、お待たせユラ!僕の本気、見せてあげようじゃない!」

ユラの魂の奥から、キラの意志が最高潮に達する。二人の魔力回路が共鳴し、出力が数倍へと跳ね上がる。ユラとキラの融合――無双の女王への変化だ。ユラの姿が、白銀の鱗に濃紅と紺色が踊る、優雅にして絶対的な龍神の片鱗を纏う。

キラの無彩が持つ汎ゆる攻撃を透過する影の性質と、ユラの極彩が持つ想像した事象を現実に固定する性質が完全に混ざり合う。魔性が放つ絶望の言語も、物質を消滅させる影の刃も、融合した彼女たちの身体をただ空しく透過していく。

「これで、描き終わり。」

ユラとキラ、二人の声が重なり、多重音響の衝撃波を伴う絶唱が轟いた。魂の至高演算器、極彩式の王冠《マキシマラエトス・クラウン》が輝き、魔性が書き換え様としたバリアの崩壊という未来の情報其の物を、筆跡を修正する様に上書きし消去する。

「馬鹿な……私は世界の悪意、概念其の物だぞ……!」

「美しくないものは、私のキャンバスには要らない。」

ユラの硝子筆の先端から放たれた虹色の光の奔流が、魔性の存在理由(アイデンティティ)ごと、其の身体を完全に塗り潰した。悪性情報は塵一つ残さず、純粋なエーテルへと還元され、地下湖の底へと消えていった。拘束から解き放たれたミカゲが、呆然とした後、不敵に笑う。

「全く……ユラったら……本当に最高の白(キャンバス)ね。やっぱりあんたには、一生勝てそうにないわ」

空間に、元の美しい神秘的な光が戻っていく。盗み出された思い出の書の束は、ロトスの純白の糸によって完璧に保護され、元の場所へと縫い止められていた。


数日後。月の国は、何事もなかったかの様に建国記念祭の当日を迎えていた。最高統括機関――龍神会議からも、今回の事件におけるキラの容疑は完全に白紙撤回され、寧ろ世界の危機を未然に防いだとして、若き龍神達への賞賛の声が上がっていた。

境界観測評議会の頭の固い役人達も、流石に今回のユラとロトスの手際、そして何より彼らの背後に控えるアルバエレミア家とアルバサンクト家の圧倒的な武力と影響力を前にしては、二度と不当な疑いをかける事はできないだろう。クレセントシティの中央広場。お祭り騒ぎの喧騒から少し離れた、美しい空中庭園、華香植物園の一角に彼らは集まっていた。

「いやー、一時はどうなるかと思ったけど、ライカの作戦勝ちって所もあるよね!」

ライカが、相変わらずゲーム機を叩きながらドヤ顔を決めている。

「僕の計算通りさ。ルールという制約があるからこそ、僕達の知性は輝くんだから」

「ふん、手柄を独り占めにするんじゃないわよ。最後にあの魔性を追い詰めたのは、私を模倣された怒りの芸術(アート)なんだからね」

ミカゲが腕を組んで、ふいっと顔を背ける。

「皆、お疲れ様……はい、これ、お祝いの特製ハーブティーと、アキヒくんが作ってくれたポチ型のクッキーだよ」

キリウが、今度は嬉しそうに笑顔でみんなにハーブティーを配っている。

「……うん、美味しい。アキヒ、このクッキー、面白い形をしてるけど味は最高よ。」

ヒオンがサバサバとした調子でクッキーを口に放り込み、チームの司令塔としての安堵の表情を見せていた。そんな幼馴染たちの賑やかなやり取りを、少し離れたベンチから、ユラとロトスは静かに眺めていた。ユラの膝の上には、ロトスが手作りした特製のティラミスと、温かいカフェラテが置かれている。ユラは無表情の儘、小さなスプーンでティラミスを一口掬い、口へと運んだ。その瞬間、彼女の瞳が、ほんの僅かだけ、本当に微かに嬉しそうに丸くなる。

「……美味しい、ロト。」

「気に入ってくれて良かったです。君の其の顔を見る度に、何時間もオーブンと格闘した甲斐がありましたよ」

ロトスは誠実な、心温まる微笑みを浮かべ、ユラの白銀の髪を優しく撫でた。

「あーあ、ご馳走様だねぇ!実体を持たない私としては、ティラミスの味は、ユラの感覚を通してしか味わえないのが残念だけど、ロトスの甘い空気の御陰で、もうお腹いっぱいだよ」

キラの二人を誂う様な声に、ユラは「静かにして、キラ。」と少しだけ照れくさそうに応じる。不意に、ユラの懐の端末が震えた。画面を見ると、祖父のロインからの、文字通り画面を埋め尽くす程の過保護な心配メールと、セツラからの「ロインさんが煩くてごめんなさいね。」という苦言のメッセージが届いていた。其れを見たキラが大笑いする。

「ひゃはは!御祖父様、相変わらずだね!僕達が世界を救ってる間、留守番で寂しかったのかな?」

ユラはフッと、本当に一瞬だけ、年相応の可愛らしい少女の微笑みを浮かべた。その表情は、普段の無表情を知る者が見れば、誰もが息を呑むほどに美しい。夕暮れが訪れ、クレセントシティの上空に、記念祭を祝う夜空の投影(プラネタリウム)が展開される。人工の星々が、まるでユラ達の未来を祝福する様に、色とりどりの輝きを放って回り始めた。

「さぁユラさん、お手をどうぞ。」

ロトスが、彼女の左手を取った。その薬指には、学園卒業後の結納を約束した、星屑の魔力を帯びた菫色の指輪が静かに輝いている。

「此れから先、どんな奇妙な事件が起きても、どんな世界の悪意が僕達を阻んでも……僕は君の隣にいます。君の描く世界を、私が守り続けますよ。」

ユラは無言の儘、確りとロトスの手を握り返した。言葉はなくとも、彼女達の魂は完全に響き合っている。世界を彩る極彩と、本質を創る無彩、そして運命を繋ぐ胡蝶。若き龍神達の物語は、これからも此の美しい月の国で、何処迄も幸せに続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。