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龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の怪奇譚-

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14/40

無彩奇譚

某日、とある村にて――


「ねぇユラ、この村、なんか変じゃない?」

キラの声が、秋の午後の、どこか陰鬱な空気に溶けていく。あたし、ユラは、隣を歩く相棒――いや、双子であるキラに頷いた。

「そうだね、キラ。この辺りの雰囲気、どこか因習めいていて、薄気味悪い感じがする」

 二人は村で起きた、集団失踪事件の真相を探る為、この『影見(かげみ)村』にやってきていた。この村は、昔から影絵の芸術が盛んな事で知られていたらしい。とはいえ今は其の面影もなく、村全体が静まり返っている。道端に生えている草木も、村人の表情も、どこか生気を失っている様に見えた。

「ほんと、つまんない。もっと面白そうな事が起こるかと思ってたのに」

 キラは、いつものように軽薄な笑みを浮かべ、ユラの肩に腕を回す。彼女の心の中には、この村の静けさに対する失望と、それでも何か面白い事が起こるんじゃないかという期待が渦巻いているのが、手に取るように分かった。

「キラ。もう、母さんと父さんに、心配かけたくないんでしょ?」

 ユラがそう言うと、キラは少しだけ表情を曇らせた。

「……うん、そうだね。母さんったら、僕がちょっと悪戯しただけで大騒ぎするんだから」

 この言葉は、キラが以前、関係者に悪戯を仕掛けてはサラとステラに窘められていた事に対するものだ。彼女の魂の片割れであるユラは、キラの悪戯が本質的なものではなく、一種の愛情表現である事を知っている。

「ユラと僕、最強の双子だから、さっさと事件を解決しちゃおっか!」

 キラは再び笑顔に戻り、僕の手を握って走り出した。

「待って、キラ。そんなに、急がなくても……」

ユラの声は、彼女の背中を追いかける風の中に消えていった。村の中心にある広場には、『影見の儀』という、村の守り神を祀る祭壇が建てられていた。この儀式は、村の歴史において重要な役割を担っていたらしい。然し今は、埃を被り見る影もない。

「へぇ、これが『影見の儀』の祭壇なんだ」

 キラは興味深そうに祭壇の周りを回る。

「祭壇には、影絵の彫刻が、沢山ある。これって、村の人の姿を、模したもの、かな?」

 キラの言葉に、ユラも祭壇をよく見てみる。其処には、老若男女、様々な姿の彫刻が並んでいた。然し、どの彫刻も表情がなく、まるで魂を抜き取られたかの様だった。

「これ、皆失踪した人達の、姿じゃない、かな?」

 ユラの言葉に、キラはハッとした表情を浮かべる。彼女は祭壇に置かれていた、モノクロの彫刻のひとつを手に取った。

「これは……僕達の祖父様に似てる」

 その彫刻は、ロインによく似た顔つきをしていた。然しロインの様な、柔らかい笑顔ではなく無表情だ。

「キラ。触らないで」

 ユラはキラの手から彫刻を奪い取る。其の瞬間、彫刻から白い光が溢れ出し、ユラの心の中に何かが流れ込んできた。其れは、村の過去の記憶だ。祭壇の前で、村人達が影絵の彫刻を並べている。

「これで、皆の魂は影見様に捧げられた……村は永遠に安泰だ。」

 村長らしき男が、満足そうに頷く。記憶は、其処で途切れた。ユラは、キラに何が起こったのかを伝える。

「キラ。この村の人達は、自分達の魂を、影絵の彫刻に、捧げていたんだ」

「え? どうしてそんな事を?」

 キラは驚きの表情を浮かべる。昔この村は疫病が流行り、村人達が次々と死んでいった。その時、村の誰かが『影見の儀』を発見して、村人達の魂を彫刻に閉じ込める事で、疫病から逃れようとしたらしい。

「え、でも……それじゃあさ、魂を失った村人達はどうなるの?」

「……『影』になるんだよ、キラ。」

「影……。」

 『影見の儀』によって、魂を抜かれた村人達は、まるで影絵の様に生気を失い、只々『影』として、生きる様になる。キラはユラの言葉を聞いて、祭壇の彫刻を見つめる。彼女の瞳の奥に、強い意志が宿っているのが分かった。

「……僕、この村の『影』達を元に戻したい。」

「うん、そうこなくっちゃ。」

 ユラ達は、この村の真実に辿り着く為、再び歩き出した。私達は、村の奥にある『影見の祠』へと向かった。祠は、村の守り神である『影見様』が祀られている場所だ。祠の中には、巨大な影絵の絵画が飾られていた。

「……あれが、影見様」

ユラはその絵画から放たれる、禍々しい闇の魔力に寒気を感じていた。

「……ねぇ、ユラ……これ、僕の闇喰に似てるんだけど……。」

 キラの言葉に、ユラはハッとした。

「そうか……この影見様は、闇喰の、亜種なのかも知れない。」

 闇喰とは本来、龍神族と共生している種族で、汎ゆる負の感情といった非物質的な存在を喰らい、その力を己のものとする、非常に強力な存在だ。もし、この影見様が闇喰の亜種だとしたら、この村の人達が魂を失った理由も納得がいく。

「でも、どうしてこの影見様は、村の人達から魂を奪うんだろう?」

「其れは……。」

 キラの問いに、ユラは答える事ができなかった。その時、祠の奥から、一人の老婆が現れた。

「……お前さん達、この村の者ではないね?」

 老婆の顔は、皺だらけで、まるで影絵の様だった。其れも其の筈、彼女は此の村の『影』だ。

「私達は、この村の集団失踪事件を調べています」

「……この村の人達は、皆、自ら望んで『影』になったんだよ」

 ユラが正直に言うと、老婆は哀しげな表情を浮かべる。老婆は徐ろに、驚くべき事実を語り始めた。

「この村では、疫病が流行り、多くの人が死んでいった。その時、この村の守り神である『影見様』が、夢枕に立ってくれたんだ」

 『影見様』は、老婆にこう告げたのだという。

「お前達の魂を、私の絵画に捧げよ。そうすれば、お前たちは永遠に、この村で生きられる」

 老婆は此の言葉を信じ、村人達に『影見の儀』を行う様に促した。然し彼女が伝えた『影見の儀』は、本当の儀式ではなかった。

「……本当は、魂を捧げた者は影ではなく、永遠に影見様の絵画の中で、安寧の時間を過ごせる筈だったんだ」

老婆の言葉に、あたし達は驚きを隠せない。

「じゃあ、この村の人達が『影』になったのは、貴方が間違った儀式を伝えたから?」

 キラの問いに、老婆は首を横に振った。

「いいや違う……私達は、魂を捧げた瞬間、影見様に騙された事に気が付いた。影見様は村人達の魂を喰らい、その力で自身の存在を保とうとしていたんだ」

 老婆は、自分達の過ちを悔やみ、泣き崩れた。静かに聞いていた二人は暫く沈黙する。

「……キラ、どうする?」

「どうするって、決まってるでしょ? 影見様を倒して、村の人達の魂を元に戻すんだよ!」

 ユラは、キラに尋ねた。キラは何時の軽薄な笑みではなく、真剣な表情を浮かべている。私達は、お互いに頷き、手を握り合った。

「さぁ、行こう。キラ。村の人達を助けに」

「うん!」

私達は、祠の奥にある、『影見様』の絵画の前に立った。絵画からは、禍々しい闇の魔力が放たれ、祠全体を揺るがしている。

「白仙の硝子筆(アルバ・グラス)!」

 ユラとキラは、ガラスペンを模した杖を構えた。杖の先端からは、極彩色と無彩色の光の粒子が渦を巻き、祠全体を覆っていく。

「極彩式の絵具《スプレンディディス・ピンジト》。」

「|無彩式の城《アクロマティクス・カストゥル厶》!」

ユラとキラの号令と共に、祠全体が極彩色と無彩色の城へと変貌していく。城の内部は、まるで美術館の様であり、極彩色と無彩色ののステンドグラスやフレスコ画が飾られている。

「ユラ! 今だよ!」

キラの言葉に、ユラは頷いた。ユラは『白仙の硝子筆(アルバ・グラス)』を構え、『影見様』の絵画へと向かっていく。ユラは、絵画から溢れ出す『影見様』の闇の魔力を、極彩色へと塗り替えていく。

「キラ!」

「分かった!」

 ユラの呼びかけに、キラは応える。キラは、自身の『白仙の硝子筆(アルバ・グラス)』で、ユラが塗り替えた極彩色を無彩色へと変えていく。

「これで、もう『影見様』の力は戻らないよ!」

「うん。でも、まだ終わりじゃない」

 キラの言葉に、ユラは笑みを浮かべる。二人はお互いの瞳を見つめ、頷き合うと融合した。『極彩』と『無彩』が溶け合い、『虹』の光を放つ。二人の身体は、女王の様な姿へと変貌していく。

「虹彩幻想歌《イリディセント・ファンタジア》!」

私達の歌声が、『影見様』を覆う。歌声は、虹色の光を放ち、『影見様』の闇の魔力を浄化する。『影見様』の絵画は、虹色の光を放ち軈て消滅した。その瞬間――村人達の魂が、元の身体へと戻っていく。

「……あぁ、目が覚めた。」

「私は、一体何を……。」

 村人達は、自分達が『影』になっていたことに気付き、驚きと安堵の表情を浮かべた。

「みんな、大丈夫?」

「はい、お二人の御陰で……。」

「もう、大丈夫だよ。」

 キラは、村人達に駆け寄っていく。老婆は涙を流しながら、二人に深々と頭を下げた。キラは、優しく老婆の頭を撫でる。二人は事件を解決し、村を元通りにする事ができた。

「ねぇユラ、疲れたね。お腹減っちゃった」

「そうだね。母さんに、ティラミスでも、作ってもらおうか」

キラは、何時もの様にの肩に腕を回す。ユラの言葉に、キラは目を輝かせた。二人の大好物であるティラミスで、心の気分が急上昇である。

「いいね!僕も手伝う!」

 ユラ達は故郷である、月の国へと帰る為村を後にした。村人達は、私達の背中を見送り笑顔で手を振ってくれた。

 月の国へ帰る道中、ユラとキラは久しぶりに静かな時間を過ごしていた。夕陽が二人を濃紅色に染め、その影が長く伸びていく。

「それにしても、あの影見様は特殊だったね。」

 キラがぽつりと呟くとユラも頷く。『影見村』の『影見様』という、闇喰の亜種が出てくるとは予想外だった。

「うん、他者の魂、を、喰らうだなんて……普通の闇喰とは、明らかに違う。」

「やっぱり……龍神族(僕達)の闇喰は、特別なんだね。」

 キラは、自身の右目の縁に瞬くモノクロの紋様をそっと指でなぞる。ユラもまた、左目の縁に輝く虹色の紋様を見た。その時、ふと、ユラは空を見上げた。

「キラ。見て」

「え?何?」

 キラが空を見上げると、其処には美しい虹が架かっていた。雨が降った訳でもないのに、七色の光が空に弧を描いている。

「あれ、僕達の幻想みたいだね。」

「うん。きっと、母さん達が、見ていてくれたんだよ」

 他愛もない事を言い乍ら月の国に着くと、サラとステラが二人の帰りを待っていた。

「ユラちゃん!キラちゃん!おかえりなさい!」

サラが二人をぎゅっと抱きしめる。ステラも優しい眼差しで二人を見つめていた。

「母さん、ただいま」

「ただいま、母さん!」

 二人は元気よく返事をする。その日の夕食はサラとステラが、腕によりをかけた御馳走が並んだ。食後には、ユラが楽しみにしていたティラミスが運ばれてくる。

「キラ、一緒に、食べよう。」

「勿論!」

 二人は仲良くティラミスを分け合い、美味しそうに頬張る。その日の夜、二人は其々の部屋で眠りにつく。ユラの夢の中では、村人達が幸せそうに暮らしている光景が流れている。キラもまた、ユラと同じ夢を見ていたのだった。






某日、とある浄化町にて――


 白亜の城下町に、今日もまた眩しい光が降り注ぐ。石畳の道を駆ける人々の軽快な足音と、市場から漂う香ばしい匂いが混ざり合い、この世界が持つ生命力を雄弁に語っていた。

 ユラは、そんな街の一角にあるカフェのテラス席で、窓の外をぼんやりと眺めていた。純白のフリルがあしらわれたブラウスに、深い濃紅色のスカートを合わせた姿は、まるで街の喧騒から切り取られた一枚の絵画の様だ。

 目の前には、一口も手をつけていないティラミスと、湯気の立つカフェラテが置かれている。彼女の左目の縁に浮かぶ極彩の蝶の紋様が、微かに光を放っていた。

「ねぇキラ、この街って、本当に素敵だね。」

ユラは心の中で、もう一人の自分に語りかける。彼女の肉体はユラの魂と共生しており、肉体を持たないキラは、常にユラと共に世界を見ている。キラの返事はすぐに返ってきた。

「うん、そうだね。でも、そろそろ行かないと。お母さんが心配しちゃうよ。」

「えー、まだ大丈夫だって。」

 キラは不満げに口を尖らせた。ユラは仕方ないなと呆れた様に笑う。二人が今日、この街に来た目的は、母のサラから聞いた、昔から伝わる奇妙な民話の舞台となった場所を訪れる事だ。

 民話の題は「影の国の姫君と、三色の龍」である。その昔、この地に住んでいた人々は、三色の龍に守られ豊かで平和な暮らしを送っていた。然し或る日、影の国からやってきた邪悪な姫君が、三色の龍を封じ込め、人々から色を奪ってしまったという。絶望に打ちひしがれた人々は、軈てその姫君の影になり此の街は白と黒の世界になった。そんな悲しい話だ。

 然しキラには違和感があった。この街は色に溢れている。キラが「無彩」の幻想を持つ者だからこそ、この街の色が鮮やかに映るのかもしれない。然し、其れだけではない気がした。

「本当に、この街が民話の舞台なの?」

「私もよくわからない……でも、母さんが言ってたのは、此の街だった筈。」

 キラの問いに、ユラは戸惑う。ユラはカフェラテを一口飲むと、立ち上がった。

「よし、行こう! 私はこの目で真実を確かめたいんだ」

 ユラの胸の高鳴りが伝わってくる。彼女たち双子は、何時だって好奇心に正直だった。二人は、民話に語られる影の国の姫君が住んでいたとされる、町の外れの廃墟へと向かった。其処は嘗て壮麗な宮殿だったらしいが、今は蔦に覆われ、静かに佇む遺跡となっていた。

「此処が……。」

 内部は風雨に晒され崩れかけた壁と、苔むした石像が並ぶ。まさに廃墟だ。然し其処に漂う空気は、民話で語られる様な暗く邪悪なものではない。寧ろ何処か懐かしい、優しい匂いがした。

「ねぇ、ユラ。見て」

 キラは、崩れかけた壁画を指差した。其処には、三色の龍が描かれていた。然し其の龍は威厳に満ちた姿ではなく、まるで子供が玩具で遊んでいる様な、楽しげな表情をしていた。

「……変だね。民話では、龍は封じ込められた筈、なのに。」

 ユラの疑問に、キラも頷く。更に奥へと進むと、光の差し込む広間に出た。其処には、一人の女性の石像が安置されていた。

「此れって……影の国の姫君?」

「違う。これは……」

 ユラの言葉に、キラは首を横に振る。キラは石像の顔をじっと見つめた。その顔は、二人の母である、サラに何処か似ている気がした。石像の左手には筆を持ち、右手には三色の龍のミニチュアを抱えていた。その表情は邪悪さとは掛け離れた、穏やかな笑みを浮かべている。

 すると石像から、微かな光が溢れ出し、二人の耳に優しい歌声が聞こえてきた。それは、まるで子守唄の様な、温かく懐かしい声だった。

『……三色の龍は、何時だって私の大切な遊び相手だった。色を奪ったなんて、そんな酷い事、しないよ……』

 其の声は、ゆっくりと鮮明に、嘗ての出来事を語り始めた。この街に、本当に影の国からやってきた姫君がいたのは事実だった。しかし、彼女は邪悪な存在ではなく、只の寂しがり屋の少女だ。彼女はキラとおな「無彩」の能力を持つ者で、この街の鮮やかな色が眩しく、時に苦痛に感じていた。

 三色の龍は、そんな彼女の心を癒す為、共に遊んでくれる様になった。然し彼女が故郷に帰る事になり、龍達と別れなければならなくなった。其の時に彼女は悲しみのあまり、自分の幻想を使ってこの街の色を奪おうとしてしまった。然し龍達が、彼女を優しく抱きしめて語りかけた。

『大丈夫だよ……君の心の中には、沢山の色がある。その色で、いつでも僕たちを思い出して』

 姫君は龍達の言葉に救われた。彼女は此の街の人々に感謝を伝える為、龍達との思い出を石像に刻み、再び色彩に満ちたこの街を後にしたという。

 歌声が途切れると、石像は元の静かな姿に戻った。キラとユラは顔を見合わせ、安堵と驚きが入り混じった表情で笑い合った。

「民話って……伝わる内に、全然違う話になるんだ。」

「うん……母さん達にも教えてあげなきゃね。」

 二人は、躍る様な足取りで遺跡を後にした。この街の民話は、少し奇妙で少し悲しい、然し……とても温かい物語だった。キラとユラは、夕暮れの街を歩き乍ら、ロトスに買って帰るお土産の話をしていた。

「ロト、喜んでくれるかな?」

「あ、良いんじゃない?ユラがくれる物なら、彼は何だって喜ぶよ。」

 キラの軽快な声が、夕日に染まる街に響き渡る。二人の心には、新しい物語が、鮮やかに彩られていた。

「もうすぐ、御祖父様や御祖母様が、迎えに来てくれるよ。」

「早くティラミス食べたいなぁ!」

 二人の賑やかな声が、どこまでも続く幸せな時間の中へと溶けていった。ふと、キラは足を止めた。目の前には、民話では「影の国への道」と呼ばれていた、苔むした古い石段があった。

 民話ではこの階段を上った者は、二度と戻らないとされていたが、この街に住む人々は、日々の生活で何気なく此の階段を上り下りしていた。キラの右目の縁に浮かぶモノクロームの蝶の紋様が、微かに光を放っている。

「ねぇ、ユラ。あそこ、行ってみない?」

「え?でも、もうすぐ御祖父様達が、迎えに来る時間、だよ?」

「大丈夫だって!ほんの少しだけ、真実を知った今なら、この階段の向こうに何があるのか、はっきり分かる気がする。」

 ユラの魂に、好奇心の火が灯る。キラの言葉に、ユラは抗う事ができず、二人は階段を上り始める。階段の先には、小さな丘があった。丘の上には一本の大きな木が立っており、その幹には無数の花が咲いていた。その花は、この街には見慣れない、不思議な色を放っていた。

「あれって……何だろう、あの花……すごく綺麗。」

 キラは、思わず声を漏らした。キラは木に近づき、そっと花に触れた。すると、花びらから微かな光が放たれ、キラの右目の紋様が強く輝き始めた。

 その時――キラの頭の中に、新たな声が聞こえてきた。それは、先程の姫君の声とは違い、どこか寂しげで力強い、別の女性の歌声だ。

『……私は、この木に永遠の命を宿し、この場所で、あの娘を待っている……。』

 其の声は断片的な言葉を紡ぎ、軈て消えていった。二人の心の中には、新たな疑問が生まれた。

「……今の声……誰なんだろう?」

「……あの声の主、もしかして、この民話の続き、なんじゃないかな?」

 キラの問いに、ユラは暫く考えていた。然しユラの仮説に。キラは、静かに頷いた。其の仮説が、納得出来るものだからだ。

「うん。この民話には、まだ続きがある。私たちが知らない、本当の結末が……」

キラは、持っていた白仙の絵筆(アルバ・ブラッシュ)を取り出すと、その花を模写し始めた。

「この花の色、きっと何か意味があるんだ。この色を、私たちの絵に足してみよう」

 ユラもまた筆を取り、キラと共に絵を描き始めた。二人の心が一つになり、描かれた絵は其の花の色を静かに宿した。すると、絵から優しい光が溢れ出し、周囲の空間が、キラの領域である影絵の世界へと変わっていく。

その時、二人の背後から、優しい声が聞こえてきた。

「見つけたよ、二人とも。こんな所で何をしているんだい?」

 二人は振り返ると、そこには母のサラと、父のステラが立っていた。二人の表情には、心配と安堵が混じっていた。

「母さん! 父さん!」

 キラは駆け寄り、二人に抱きついた。サラとステラは二人が無事だった事を確認し、二人を優しく抱き締める。

「この丘の上の木、知ってる? 不思議な花が咲いてるんだよ!」

 キラは興奮気味に、其の木と先程の出来事を語った。サラは、キラの言葉に耳を傾け乍ら微笑んでいる。

「ふふ、そうかい……その木は、昔から此の街にある、特別な木だそうだ」

 ステラが、その木に纏わる本当の話を語り始めた。この木は、嘗て極彩の絵筆を持つ、一人の画家が植えたものだ。彼女は、影の国の姫君がこの地を去った後、再びこの街に色彩を戻す為、自分の生命を此の木に託した。そして其の木が、何時か姫君が戻ってくる時の道標になる様にと願ったのだ。

 二人の話は、民話の最後の部分を補完するものだった。姫君は故郷に帰った後、自分の故郷と、この街を繋ぐ、新たな道を作ろうと決意した。そして其の道標として、この特別な木を植え、もう一人の画家に、その後の物語を託したという。キラは、再びその木を見つめた。

「……あの御姫様、きっと寂しくなかったんだよ。彼女を想って、こうして色を繋いでくれた人がいたんだから。」

「うん。そして、その想いは、今、私達に繋がれたんだ」

「よし! じゃあ此の続きは、僕達が描いてあげよう!」

 キラは、にっこりと笑い、自分の右目の縁に浮かぶ紋様を、嬉しそうに指さした。ユラも同様で、自分の左目の縁に浮かぶ、紋様を触れる。

「ユラの極彩と、僕の無彩があれば、きっと最強の物語が描けるもんね!」

「ふふふ、そうだね。」

 二人の心は、希望に満ちていた。昔から伝わる奇妙な民話は、ユラとキラという新たな描き手を得て彩られたのだった。

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