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龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の怪奇譚-

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12/40

錬成奇譚

某日、日本のとある小さな村にて――


 深い山中にひっそりと佇む、古びた温泉旅館がある。その名は「白鷺亭」。白鷺が翼を休める様に静かで、時間が止まったかの様な趣のある建物だ。セツラは今、その旅館の一室にいた。

 ロインとの久しぶりの旅行だ。月の国を統治する多忙な夫婦にとって、こうして二人でゆっくり過ごす時間は何よりも貴重だ。然しロインは突如として呼び出しを受け、公務の為一時的に旅館を離れることになった。

「すまない、セツラ……折角の旅行なのに……。」

 申し訳なさそうに眉を下げるロインに、セツラはにこやかに微笑んだ。

「大丈夫ですよ。私は此処でゆっくりしていますから、お気になさらず。早く用事を済ませて戻ってきてくださいね」

 そう言ってロインを送り出したセツラは、一人残された静かな部屋で、少しだけ手持ち無沙汰になっていた。

「うーん、今日は何をしましょう……そうだ、お部屋の散策をするのも良いかもしれませんね。」

 旅先の風情ある景色を眺め乍ら、セツラは部屋の中をぐるぐると散策し始める。そして、ふとセツラの視線が部屋の隅にある、古い箪笥に吸い寄せられた。長年開けられていないのか、埃を被っている。

 セツラは好奇心に駆られて、そっとその引き出しを開けてみた。中には古びた書類や、使い古された手ぬぐい等が雑然と入っていた。その一番奥に、一冊の小さな冊子を見つけた。


 ――それは、古びた革表紙の日記だった。


 セツラは不思議そうに、埃を払ってページをめくると、墨で書かれた達筆な文字が目に飛び込んできた。

『明治四十年 七月十三日 晴れ

 この村では最近、奇妙な出来事が続いている。夜になると山から不気味な声が聞こえ、家畜が次々と消えるのだ。村人達は「山の神の怒りだ」と騒いでいる。』

 セツラは興味を引かれ、更に読み進めた。セツラは不覚にもドキドキしているらしい。

『明治四十年 七月二十日 曇り

 とうとう人にも被害が出た。村の若い娘が一人、忽然と姿を消したのだ。その娘は、近々村の外から来た男と結婚する予定だった。』

 読み進めるにつれて、不穏な空気がセツラを包み込んでいく。次第に表情も、段々強張っているのが分かる。

『明治四十年 八月三日 豪雨

村の長老が、娘を山の神への生贄に捧げるべきだと主張した。男は反対したが、村人たちは皆、長老の意見に賛同した。私は、この因習的な風習に嫌悪感を覚える。』

 日記の筆者はこの旅館の主人だろうか。村の不穏な出来事を、冷静な視点で綴っている。

 『明治四十年 八月十五日 晴れ

 男が、娘を取り戻す為に山に入った。彼は賢い男だった。きっと娘を助け出してくれるだろう。』

 そして、その後のページは空白が続いていた。


 セツラは伝令の杖(カドゥケウス)を取り出し、この日記の筆者とその男について、そしてこの村の過去の出来事を調べる事にした。杖を振るうと、金色に輝く光の粒子が部屋に満ち、杖の先端にこの村の歴史が映像として映し出されていく。

 村は「御神酒村」と呼ばれ、山の神を崇める因習が強く残る土地だった。山の神とは、この村に古くから伝わる「贄を捧げなければ、村に災いを齎す」という伝説の存在だった。

 そして日記に登場する「男」は、村の因習を嫌い、村から逃げ出した娘と愛し合っていた青年だ。彼は、娘を助け出す為に一人で山に入り、村人達の目を盗んで娘を連れ出そうとしていた。

 然し村人達は二人の計画に気づき、男を捕らえてしまった。そして男を、山の神への生贄として捧げる事を決めた。日記の筆者は、男を助けようとしたが、村人達の因習に対する狂信的な迄の信仰心に阻まれ、何もできなかった。そして、日記は唐突に終わっていた。

「……はぁ〜。」

 セツラは、日記に書かれていない続きが知りたくなった。

「もしかして、あの男の方と娘さんは……?」

 セツラは部屋を飛び出し、日記に書かれていた「山」へ向かった。山道は鬱蒼とした森に覆われ、昼間だというのに薄暗い。セツラは月の錬金小人(ルーナ・ホムンクルス)を召喚し、道を探索させた。

小人達は荒い道を、器用に森の中を進んでいく。暫くすると、一人の小人が「あっ!」と声を上げた。小人の指さす先には、朽ちた祠があった。セツラは祠に近づき、中を覗き込んだ。

 祠の中には、何もなかった。然し祠の奥に、人の手によって作られたであろう、小さな洞窟があるのを見つけた。

「もしかして、この中に……?」

 セツラは洞窟の中に入っていった。洞窟の中はひんやりと冷たく、奥へ進むほど暗闇が深くなる。セツラは月の光輝龍《ルーナ・ポイマンドレス》を召喚し、洞窟内を照らしてもらった。金色の輝きに照らされた洞窟の奥には、二体の白骨化した遺体が寄り添うように横たわっていた。セツラは、その遺体が日記の男と娘である事に気づいた。

「二人とも、こんな場所で……。」

 セツラは悲しみに暮れた。すると其処で|死魂饗宴《フェストゥム・ディファンクトゥ厶》の力が発動し、二人の魂がセツラの目の前に現れた。

「君達は……」

「……私達は村人達に捕らえられ、この洞窟に閉じ込められたのです。」

「私達は……山の神への生贄として、捧げられる運命にあったのです。」

 然し男は諦めなかった。彼は、娘と共にこの洞窟から脱出する道を探し続けたが、村人達は洞窟の入り口を塞ぎ、二人は逃げ場を失った。そして、二人はこの洞窟の中で、静かに息を引き取ったのだという。

「なんて酷い……其れなら、私に弔いをさせて下さい。」

 セツラは彼らの魂の、苦しみを癒す為に聖歌を歌った。セツラの歌声は、彼らの魂を優しく包み込み、安らかな眠りへと誘う。そして彼らの魂は無事に天へと還っていった。 セツラは彼らの遺体を祠に運び、丁寧に埋葬した。二人の魂が安らかに眠れる様にと祈った。その夜、ロインが戻ってきた。

「セツラ、ただいま。疲れただろう?ゆっくり休んでくれ」

 ロインの優しい言葉に、セツラは胸がいっぱいになった。

 セツラは、この旅館と村の過去の出来事をロインに話した。ロインは、セツラの話を静かに聞いてくれた。

「……そうか……彼らは、辛い思いをしたのだな。」

「うぅ……私が力になれてたら……。」

 ロインの言葉に、セツラは涙を流した。自身の無力感に苛まれているのだ。

「セツラ、君が悲しむことはない。君は、彼らの魂を救ったのだから。彼らは、きっと君に感謝しているだろう」

 ロインは、優しくセツラの頭を撫でてくれた。

 翌日、セツラは村を訪れた。村は、昔ながらの因習が残っているようだった。セツラは、村人たちに語りかけた。

「私はセツラと申します……私は、この村の過去の出来事を知りました……。」

 山の神の怒りというのは、只の因習に過ぎない。この村の悲劇は、村人達の因習によって引き起こされたものだと説明する。然し村人達は、セツラの言葉に耳を傾けようとしなかった。彼らは、山の神を崇める因習を、村の伝統として信じ込んでいた。

 セツラは彼らに真実を知らせる為、月の寓意画(ルーナ・タロット)を取り出した。セツラは新月のカードを使い、村人たちの目の前に幻覚を作り出す。

 幻覚の中では山の神が怒り狂い、村に災いを齎す様子が映し出された。村人達は恐怖に怯え泣き叫んだ。セツラは満月のカードを使い、村人達の幻覚を消した。

「皆さんが、此の儘因習を信じ続ければ、いつか本当に山の神の怒りを買う事になるでしょう。その時は、もう手遅れです」

 セツラの言葉に、村人達は静まり返った。彼らは自分の信じていたものが、只の因習に過ぎなかった事を悟った。セツラは村の因習を根絶する為、ある計画を立てた。セツラはロインと共に、村の長老達に掛け合った。

「長老様、此の儘ではこの村は滅びてしまいます。どうか、因習を捨ててください」

 然し長老達は、二人の言葉に耳を傾けようとしなかった。セツラは仕方がないとばかりに、大いなる業(マグヌム・オプス)を発動させた。セツラの周囲には、黒、白、黄、赤の光が段階的に現れ、最後に純粋な光に包まれる。セツラは賢者の石《ラピス・フィロソフォルム》を生成し、それを長老達の目の前に差し出した。

「この石は生命の超越や、物質の変換を可能にするものです。この石があれば、山の神に生贄を捧げる必要はありません。この石で、この村を豊かにする事ができます」

 長老達は、賢者の石の輝きに目を奪われた。彼らは賢者の石の力に、山の神を上回る程の力を感じ、長老達は因習を捨てる事を決意した。村人達は積極的に、村の再建を始めた。

 村の資源を増やし、村人達の生活を豊かにした。村の因習を捨てる為の、新しい法律を作り正しい知識を教わった。そして数年後、御神酒村は、嘗ての因習が嘘の様に、活気に満ちた村へと変貌した。セツラは、ロインと共に、再び白鷺亭を訪れた。

「セツラ、また二人でゆっくり旅行できるな」

「そうですねぇ、ロインさん。」

 二人は白鷺亭の入り口を潜る。女将は二人を一目見るなり、満面の笑みで出迎えた。

「セツラ様、ロイン様、ようこそお越しくださいました!お待ちしておりました!」

 女将は以前よりも若返った様に見えた。それは、村の活気が彼女にまで伝播したからだろうか。

「お久しぶりです、女将さん。以前とは、随分と雰囲気が変わりましたね」

「はい!村の皆が、セツラ様とロイン様の御陰で、新しい一歩を踏み出す事ができました。本当に感謝しております」

女将は深々と頭を下げた。二人は以前と同じ部屋へと案内された。部屋は以前と変わらず、静かで落ち着いた雰囲気を保っていた。

「さて、ロインさん。今度こそ、ゆっくりと温泉に浸かりましょうか」

「あぁ、そうしよう。」

二人は浴衣に着替えて、白鷺亭の露天風呂へと向かう。露天風呂からは、満点の星空と月が煌々と輝いている。

「……以前、この村で起きた悲劇を、この月も見ていたのでしょうか?」

「恐らくな……然し悲劇だけではない……君が彼らの魂を救い、村に新しい希望を齎した事も、この月は知っている。」

 セツラが呟くと、ロインは静かに頷く。セツラの胸に、温かいものが込み上げてきた。ロインの言葉は、何時もセツラの心を温かくしてくれる。

「セツラ、此れからも二人で、沢山旅をしよう。」

「はい!」

 セツラはロインに寄り添う。二人の影は、月の光に照らされて一つになったのだった。






某日、月の国にて――


 ひらり、ひらりと桜が舞う。夜風に乗ってふわりと舞う桜の花弁は、まるで薄紅の雪の様だ。セツラはふと立ち止まり、その幻想的な光景に目を細めた。

「うーん、見事ですね。流石、月の国の桜です」

 そう言って、セツラは手に持った籠の中を覗き込む。中には様々な種類の果物が山盛りに入っており、今夜のデザートにしようと街の市場で買ってきたものだ。

「今日は何を作ろうかなぁ……そうだ、桜の餡を使ったタルトも面白そうですね。」

 新たなレシピの考案に、セツラは目を輝かせた。彼女にとって、料理も錬金術の研究と同じくらい、創造性を刺激する楽しい遊びだった。

 桜並木を歩き乍ら、セツラは鼻歌を歌う。その歌声は何処か実験的で、それでも聴く者の心を惹きつけ、新たな発見へと誘う様な不思議な響きを持つ。

 彼女の錬金術と結びついた歌声は、周囲の空気に微かな魔力を帯びさせ、道端に咲く花々が、まるで彼女の歌声に耳を傾ける様に、より一層鮮やかに色付いていく。

 其の日は満月の夜だった。空に浮かぶ疑似的な月は月の国の王妃である、セツラの瞳と同じ銀色に輝いている。

「……そろそろロインさんの所へ戻らないと、流石に心配されてしまいますね。」

 セツラはにこりと微笑んだ。夫であるロインは、彼女が少しでも家を空けるとすぐに探しに来る。その溺愛ぶりは、今や月の国中の誰もが知るところだった。セツラが自宅へと続く、小道を曲がろうとした其の時だ。

「……ん?」

 ふと、足元に何かが転がっているのに気付いた。それは、一体の人形だった。汚れてはいるものの、元は相当に高価なものだったのだろう。精巧な作りで、豪華なドレスを着ている。只其の人形にはどこか不気味な雰囲気があり、普通の人形とは一線を画していた。人形は地面に伏せられており、まるで誰かに捨てられたかの様だった。

「まあ、可哀想に……」

 セツラはしゃがみ込み、その人形をそっと拾い上げる。その人形を手に取った瞬間、セツラの右腕に刻まれたウロボロスの紋様が、淡く金色に輝いた。

 セツラの心に直接、聞こえぬ声が響く。それは、彼女の闇喰であるトリスメギストスの声だった。曰くこの人形は呪われている。それも、相当に強い邪悪な呪詛だ。

「ふむ、やはりそうでしたか。道理で、妙な気配を感じると思いました」

 セツラは人形をまじまじと見つめた。人形の瞳は何処か虚ろで、見る者の魂を吸い取るかの様な深い闇を宿している。

「こんなものを、誰が道端に捨てたのでしょうね。呪詛を帯びた人形を、無造作に放置するなんて……危険な事この上ありません」

 セツラはそう呟き、人形を籠の中にそっと入れた。家に帰ると、ロインが案の定、玄関で待ち構えていた。

「セツラ!遅かったじゃないか!どこへ行っていたんだい?またどこかで面白いものを見つけて、研究に没頭していたのかい?僕は心配で心配で……」

 ロインはセツラに駆け寄り、彼女を抱きしめる。その大きな体から伝わる温かさに、セツラはほっと息を吐いた。

「ええ、少しだけ寄り道をしてしまいました。でも、ちゃんと帰ってきましたよ、ロインさん」

「ほら、見てください。今日の夕食に、とっておきの果物を買ってきました」

 セツラは優しくロインの背中を撫で籠の中身を見せる。

「ほぅ、美味しそうだ。有難う、セツラ」

 ロインは安堵したように微笑み、セツラの隣を歩く。その時、籠の中にいる人形の存在に、ロインが気付いた。

「ん? セツラ、その人形は?」

「ああ、此れは……」

 ロインが件の人形を指差す。セツラは人形を籠から取り出し、ロインに見せた。

「道端に落ちていたので、拾ってきたのです。少し訳ありの様ですが」

「訳あり?」

 ロインが人形に触れようとしたら、人形の瞳から一筋の黒い煙が立ち上り、ロインの指先へと向かう。それは、人形にかけられた呪詛の力が、彼に害をなそうとした証だ。然しその黒い煙は、彼に触れる直前で霧散した。再びセツラの右腕の、紋様が輝く。その輝きは、人形から放たれた呪詛を完全に無効化した。

「ん? 何かしたかい、セツラ?」

ロインは何も気付いていない様子だった。

「いいえ、何も。ただ、少し触れない方が良いかもしれませんね、ロインさん」

 セツラはそう言い、人形を抱きしめ直す。その夜、セツラは自室で人形を観察していた。精巧な人形にかけられた呪詛は、通常の呪いとは異なる、非常に古い強力なものだ。

「……ふむ、これは何の類でしょうか?」

 セツラは人形の前に座り込み、複雑な魔法陣を描き始めた。然し此れは危険である。この呪いは、セツラが考えているよりも遥かに深い。セツラはこうして、きちんと向き合わなければならない。安易な方法で解決すれば、この人形にかけられた呪いは、また新たな被害者を生む。セツラは真剣な表情で答える。

「大丈夫ですよ。私は、決して無謀な事はしません……其れに此の人形は、誰かに助けを求めている様に見えます」

 セツラは人形を優しく撫でる。セツラの言葉に、闇喰は沈黙した。翌朝、セツラは何時もの様に庭で研究をしていた。その日の研究は、庭に咲く花々を、より美しく咲かせる為の魔薬の研究だ。

「ふむ、この草の根を三つ、この花の蜜を二滴……あぁ、もう少し甘くした方が、花々も喜んでくれるかしら」

セツラは楽しそうに、様々な液体をフラスコの中で混ぜ合わせる。

その時、庭の隅にある植木鉢が突然、不自然な音を立てて倒れた。

「……あら、またですね。」

 セツラは顔色一つ変えずに答える。植木鉢が倒れたのは、呪詛の影響だ。人形の呪いはセツラを直接襲うのではなく、彼女の周囲に怪現象を引き起こす事で、彼女の精神を蝕もうとしていたのだ。

 然し其の怪現象は、セツラの前では全て無効化された。植木鉢が倒れようとした瞬間、セツラの領域で一瞬だけ現実世界に具現化し、植木鉢を無傷で受け止めたのだ。

「ふふ、ごめんなさい。でも、私はまだまだ実験の途中なのですよ」

 セツラはそう言って、倒れた植木鉢を元の場所に戻した。その日一日、セツラの周囲では様々な怪現象が起きた。本棚の本が突然落ちてきたり、部屋の明かりが点滅したり、食事の皿が割れたり……然し其の全ては、セツラの幻想や闇喰の力によって、彼女に害が及ぶ前に無効化された。

「よし……そろそろ本腰を入れて、この子の供養を考えましょうか」

セツラは人形を抱きしめ、優しく微笑んだ。セツラは先ず、人形にかけられた呪詛を解析する事にした。彼女は錬金術器を取り出し、複雑な魔法陣の中心に人形を置く。

 セツラが深遠な呪文を唱えると、彼女の周囲に純粋な光の柱が立ち上り、天上へと伸びていく。その光の柱の中には、神々しい紋様が浮かび上がり、空間そのものが聖なる輝きに満たされた。

 これは神々の御業への祈願、または神々の来臨を勧請する儀式だった。セツラは此の呪詛が何処から来たのか、そしてこの人形が何故、この様な状態になってしまったのかを知る為に神々の力を借りる。

 儀式を通じて、セツラの意識は、人形にかけられた呪いの根源へと深く潜り込む。そこには、悲しみと絶望に満ちた、一人の少女の姿があった。

その少女は大切にしていた人形を、理不尽な理由で奪われ、捨てられてしまった。そして其の悲しみと憎しみが、人形に強力な呪いをかけてしまったのだ。

「可哀想に……。」

セツラは少女の魂の、慟哭を感じ取り静かに涙を流す。儀式を終えたセツラは、人形を抱きしめ静かに呟いた。

「この子は、呪いを解いて欲しい訳ではない……ただ、自分を捨てた者への復讐を望んでいる……。」

では、どうするか? 復讐に手を貸すか?然しそれは、セツラの役割ではない……セツラの心を揺れる。

「いいえ、違います。私は、この子の魂を救いたいのです」

セツラはそう言って、立ち上がった。彼女は此の人形の魂を救う為に、ある一つの決意をした。それは人形の魂に代わり、彼女が復讐を遂行し、その上で人形をきちんと供養してあげる事だ。

 セツラは、人形を捨てた人物の情報を、伝令の杖(カドゥケウス)を使って特定した。其の人物、月の国の貴族の娘だ。セツラは、その娘が住む屋敷へと向かう。夜の帳が下りた頃、セツラは屋敷の庭に忍び込む。

「……さて、どうしたものか。」

 セツラは庭の隅に立ち、思案する。復讐といっても、相手の命を奪うつもりはない。彼女が望むのは、ただ一つ。この娘に、人形を捨てた事への後悔の念を抱かせる事だ。

 セツラは静かに歌い始めた。それは彼女の狂気的な一面と、究極の錬金術を追求する情熱が込められた、聖なる響きを帯びた歌声だ。彼女の闇喰の力と融合した其の歌声は極限まで高め、周囲の環境を錬金術の実験場へと変貌させていく。

 庭の草木が淡い光を放ち始め、空気が微かに震える。その歌声は、屋敷の中にいる娘の耳にも届いた。娘は其の不思議な歌声に導かれるように、窓を開け庭を見下ろす。

 そこに立っていたのは、純白のドレスを身につけた、神秘的な女性だ。セツラの歌声は、娘の精神に直接作用し、彼女の心を揺さぶっていく。娘の脳裏に、かつて自分が大切にしていた人形を、無造作に捨てた光景がフラッシュバックする。

「どうして、あんな事をしてしまったのだろう……」

娘は胸の奥から、湧き上がってくる後悔の念に涙を流した。その涙は、セツラが持つ人形の瞳に、吸い込まれていく。人形の瞳に宿っていた深い闇が、娘の涙によって少しずつ薄れていく。

「…もう、大丈夫です。」

 セツラはそう呟き、歌うのを止めた。そして娘が窓から見ている前で、人形に語りかけた。

「君の気持ちは、ちゃんと届きました。もう、苦しまなくても良いのですよ」

 セツラは、人形に優しくキスをした。すると、人形は淡い光に包まれ、その姿を消した。娘の目の前で起きた、信じられない光景。娘は、そ其の場に立ち尽くし只々涙を流すばかりだった。


 後日――セツラは人形が消えた場所に、小さな祭壇を作り、花を手向けた。

「これで、この子の魂も、安らかに眠れるでしょう。」

 セツラは祭壇に手を合わせ、静かに祈りを捧げる。その傍らには、彼女を心配してついてきたロインが立っていた。

「セツラ……君は、本当に優しいな。」

「そんな事はありません。只、私は……」

 ロインはセツラに優しく微笑み、彼女の肩を抱き寄せた。セツラはロインの胸に顔を埋め、静かに答えた。

「私は研究者として、この人形にかけられた呪いの根源に触れてしまった責任がありますから」

 ロインは何も言わず、セツラを強く抱きしめる。夜風に乗って、再び桜の花弁が舞い散る。セツラとロインは、その光景を二人で見つめ、静かな時間を過ごす。人形の呪いは完全に解け、セツラの心の中には、新たな研究への好奇心が芽生えていた。

「うーん、神働術と呪詛の関連性……もう少し深く研究してみるのも面白いかもしれませんね」

 セツラの呟きに、ロインは苦笑いする。

「お手柔らかに頼む、セツラ……私を置いていかないでくれよ?」

「ふふ、勿論です。私の隣には、何時もロインさんがいてくれないと」

 セツラはそう言って、ロインの手を握りしめた。満月の夜、二人の間には、温かく幸せな時間が流れていたのだった。

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