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龍の神  作者: カズハ
-とある龍神達の怪奇譚-

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魔眼奇譚

某日、某所にて――


 ステラは目を開けると、其処は鏡に囲まれた部屋だった。天井も床も、壁の全てが自分を映し出す鏡で出来ていた。

「……何だ、ここは」

 反射した銀色の瞳が、ステラを幾重にも見つめ返している。無数の自分が、無言で此方を見つめている。鏡像はステラの動きに合わせて動く。手を挙げれば鏡のステラも手を挙げ、頭を傾ければ鏡のステラも同じように傾く。それは当然の事だったが、幾つもの方向から見つめられているという事実は、ステラに奇妙な圧迫感を与えた。

「サラ……?」

 ステラは無意識に、大切な人の名を口にしていた。然し返事はない。鏡の中の自分は只、虚ろな表情でステラを見つめているだけだった。

(一体、どうしてこんな場所に……。)

 最後の記憶は娘のユラとキラと庭で遊んでいた事だ。他愛もない、穏やかな時間だった筈だ。其れが、どうして突然、此の様な場所にいるのか。

 ステラは状況を把握する為、先ずは落ち着こうと深呼吸をした。そして、静かに部屋の隅々まで見渡した。部屋は立方体で、大きさは一辺が10m程だろうか。鏡は一枚一枚が継ぎ目なく繋がっており、どこにも出入り口らしきものは見当たらない。

「……先ずは、出口を見つけなければ。」

 ステラはゆっくりと歩き出した。鏡の床は、自分の足音を反響させる。カツン、カツンと、その音が部屋中に響き渡り、ステラの孤独を際立たせる。壁に手を当ててみると、冷たく滑らかな感触で、叩いてみても硬い。魔力で探知してみるが、鏡の向こうは何も感知できない。まるで此の部屋自体が、一つの巨大な魔道具の様だ。「ふむ……厄介だな。」

 ステラはそう呟き、少し焦りを感じ始めた。家族の元へ、一刻も早く戻らなければならない。魔眼を使ってみるか。ステラはそう思い、銀色の瞳を凝らした。通常、魔眼は視界に入ったものに影響を与えるが、此の鏡の部屋では自分の魔眼の力が鏡に反射し、跳ね返ってきてしまう。

(成る程……鏡は魔眼の力を増幅し、跳ね返す性質を持っている、か。)

 無数の魔眼が、自分自身を攻撃している。石化の魔眼、死の魔眼、幻覚の魔眼等々……様々な魔眼を持つステラにはキツい場所である。ステラは即座に、魔眼の力をオフに切り替えた。

 もし魔眼が暴走すれば、自分自身が危険が及ぶかもしれない。か嘗て、浄化の際に堕ち神になりかけた時の記憶が蘇る。あの時も、制御不能な力に飲み込まれそうになった。

「……落ち着け。此処は、私の力が最も危険になる場所だ」

 ステラは自分に言い聞かせた。感情を揺らしてはならない。怒りや焦りは、更なる危険を招くだけだ。冷静且つ慎重に、ステラは再び歩き出した。今度は、手探りで壁をなぞっていく。何処かに僅かな隙間でもないか。然し何処を触っても、完全に滑らかな鏡の表面しかない。

 ステラは次に、物理的に鏡を壊してみる事を考えた。ステラは掌に魔力を集中させ、雷帝の力を発動させた。蒼白い電磁波が全身を纏い、鏡の壁に手を当てる。バチバチという放電音と共に、鏡が罅割れ始めた。然しその罅割れは直ぐに止まってしまう。まるで鏡が、罅割れを自己修復しているかの様だ。

「修復能力まで備えている、とは……此れは不味いぞ。」

 ステラは頭を抱えた。これでは、物理的な攻撃も意味がない。絶望的な状況になっているがステラは諦めなかった。サラや娘達の顔が、脳裏に浮かぶ。彼女達の笑顔が、ステラに勇気を与える。

(そうだ……物理的な力だけでは駄目なら、別の方法を試すしかない)

 ステラは部屋の中央に戻り、瞑想を始めた。外界との繋がりを断ち、自身の内なる力に意識を集中させる。ステラの心の状態によって変化する、神秘的な領域。そこは、無数の魔眼が浮かぶ空間だ。普段は穏やかな光を放っているが、ステラの焦燥を反映してか魔眼の輝きが不安定に揺らいでいる。

「うぅむ……此れは、いけない。」

 ステラは再び、心の平静を取り戻そうと努めた。そして其の領域の中心にある、匣に意識を向けた。銀色の雷光を纏った匣の中には、ステラの素体と彼の過去、そサラへの愛情と魔眼の所有者としての覚悟が記録されている。ステラは、其の匣に問いかける。

『どうすれば、この部屋から出られる?』

 匣は、静かに光を放つ。その光は、ステラの心の奥深くに語りかける。それは言葉ではなく、感覚だった。鏡は真実を映す。嘘偽りのない、ありのままの自分を。

(真実……?)

ステラは瞑想を解き、再び鏡の壁を見つめた。今度は、自分の姿を映す鏡ではなく、鏡其の物を見つめる。この部屋は、ステラ自身を映し出す鏡。そして、ステラの持つ力を跳ね返す。

(もし、私が……この部屋の『中心』になれば……?)

 ステラは閃いた。この部屋は、ステラを閉じ込める為の檻ではない。ステラの力を試すための、あるいは、力を制御するための試練の場ではないか、と。

 ならば、この部屋のルールに従ってやる。ステラは、再び瞑想を始めた。今度は、心を空っぽにする。無になる。感情を捨て、只々此の部屋に存在する。


 その時――ステラの頭上に、雷の形状を模した銀色の王冠、『銀龍の王冠《アルジェント・クラウン》』が現れた。ぼんやりと光を放ち、微かに放電音が鳴る。銀龍神の力を自身に憑依させ、雷電に関する汎ゆる能力を飛躍的に強化させる。

 そして、ステラは歌い始めた。それは静かで、力強い歌声だ。堕ち神になりかけた過去、サラに救われた記憶。娘達を守るという、強い覚悟。その全てが歌声に乗せられて、部屋中に響き渡る。歌声は純粋な銀色の雷光となり、鏡の表面を伝っていく。

 鏡に映るステラの姿は、雷光を纏い、神々しい姿へと変化していく。魔眼の力も、歌声に乗って増幅されていく。『銀龍の魔眼(アルジェント・アイ)』の力が、鏡の部屋全体を包み込んだ。

無数の魔眼の効果が、部屋全体に満ちていく。


 魔眼の力は、ステラ自身には跳ね返ってこない。何故ならステラの歌声が、その力を制御しているからだ。鏡は最早、ステラの力を跳ね返す道具ではなくなった。ステラの力を増幅させる、聖なる触媒へと変わった。

「よし……♪〜♪……。」

 ステラは歌い続ける。歌声は鏡の部屋の構造を解析し、その原理を解き明かしていく。この部屋は、ステラの心の投影だった。ステラが過去の恐怖を乗り越え、愛する家族を守るという覚悟を決めた時、この部屋はステラに道を差し出すだろう。

 歌声が最高潮に達した時、鏡の部屋の中心、ステラの足元に光の渦が現れた。それは、出口だった。ステラは歌うのを止め、光の渦に足を踏み入れた。鏡に映るステラの姿は、最後に柔らかな微笑みを浮かべ、光の中に消えていった。


 次に目を開けた時、ステラは庭の芝生の上にいた。上には、青い空が広がっている。ユラとキラが、心配そうな顔でステラを覗き込んでいた。

「父さん、大丈夫?急に倒れちゃったから、吃驚したよ?」

「とーさん、だいじょーぶ?」

 ステラは、二人の頭を優しく撫でた。そして其の奥で、心配そうに此方を見つめるサラの姿を見つけた。

「……サラ」

「ステラさん!良かった……本当に、何があったんです?」

 ステラが名を呼ぶと、サラは安堵した表情で駆け寄ってきた。ステラは、鏡の部屋での出来事を話した。全てを話し終えると、サラは静かにステラを抱きしめた。

「其れは怖いですね……でも君が無事で良かった。」

ステラは、サラの温かい言葉に、心が解けていくのを感じた。

あの部屋で、一人だと思っていた。しかし、心の奥底では、ずっと家族が支えになってくれていたのだ。

「……ああ。」

ステラは、サラの背中に腕を回し、優しく抱きしめ返した。ステラの心は安堵と、確かな幸福感で満たされていた。鏡の部屋はステラに「愛」という、何よりも強い力を再認識させてくれた。




 それから数日後。ステラは、書斎で魔道具の設計図を広げていた。鏡の部屋での経験が、新たな魔道具のアイデアを彼にもたらしていたのだ。鏡の性質を利用した、魔力増幅装置。あるいは、幻覚を見せる鏡。

「……ステラさん。」

 静かな声が聞こえ、顔を上げると、サラが盆にお茶とお菓子を乗せて立っていた。

「少し休んだらどうですか?ずっと難しい顔していますよ。」

 ステラは無言で設計図を片付け、サラが差し出した日本茶を一口飲んだ。口の中に広がる優しい苦味と香りが、張り詰めていた彼の心をほぐしていく。

「有難う、サラ」

「どういたしまして……鏡の部屋で何があったのか、まだ少し怖がってるみたいですね?」

 サラは、ステラの隣に腰を下ろし、彼の手にそっと触れた。

「……ああ」

 ステラは正直に頷いた。あの部屋で感じた孤独と恐怖は、今も心の片隅に残っている。自分の力が自分自身を脅かすという状況は、彼にとって未だに拭いきれない不安として存在していた。

「でも、怖がる必要はないですよ。だって……君はもう一人じゃないんですから」

「……どういう事だ?」

 サラの言葉に、ステラは目を丸くした。サラは微笑み乍ら、ステラの瞳を見つめていた。

「あの部屋は、君の心の鏡だった……そして君は其処で、私達家族の存在を再確認した……それが君の力を制御し、出口を見つける鍵になったんでしょう?」

 ステラは、言葉を失った。サラの言う通りだった。あの部屋は、彼の内面を映し出す鏡。孤独と向き合い、自らの力と向き合う為の試練。そして其れを乗り越えられたのは、彼が一人ではなかったからだ。

「……ははっ……君には、敵わないな。」

 ステラは苦笑し、サラの頬に手を伸ばした。

「私は、君達を守る為に、もっと強くなければならない。」

「君は十分強いですよ、ステラさん……私達が誇りに思う、最高の夫であり、お父様ですよ。」

 サラの言葉は、ステラの心に深く響いた。その夜ステラは、愛する娘達の寝顔を見つめていた。ユラはすやすやと眠り、キラは光の粒となって、ユラの周りをふわふわと漂っている。

(この子達の達にも、私は強くならなくては。)

 ステラは静かに誓った。物理的な力だけではない。心を強く保ち、どんな困難にも立ち向かう覚悟を。それが鏡の部屋が彼に与えた最大の教訓だった。






某日、月の国にて――


 ステラは、その日もまた奇妙な依頼を受けていた。依頼主は、此の世界では珍しい「ビデオテープ」という物を手に入れたという。そのテープは、再生すると恐ろしい幻覚を見せ、精神を蝕む呪いがかかっているらしい。

「……呪われたビデオテープ、か……時代錯誤も甚だしいな。」

 ステラは無表情に呟き、手袋を嵌めた指先でビデオテープを摘まみ上げた。真っ黒なカセットには、不気味な赤い文字で『決して再生するな』と記されている。触れただけでビリビリと不快な霊的エネルギーが伝わってきた。

「ほう……中々強力な呪いだ。だが、私を相手にするには些か力不足だな」

 ステラはそう言うと、テープを掌に乗せた。途端、テープから黒い靄が噴き出し、ステラを包み込もうとする。それは呪いの意思。自分を触れた者に幻覚を見せ、恐怖で心を破壊しようと企んでいた。

 だが、ステラの瞳は動じない。銀色の瞳の奥で、無数の幾何学模様が複雑に回転し始める。それは、ステラの幻想である銀龍の魔眼が発動した証だった。

「……幻覚か……残念だが、私に通用するとは思わないでくれ給え。」

 ステラが呪いの靄をじっと見つめる。靄は一瞬にして硬直し、動きを止めた。呪いはステラの瞳から放たれる、圧倒的な情報量と、見る者を石化させるメデューサの魔眼の力に恐怖したのだ。

『ぐ、うああああああああああああああ!』

 呪いの悲鳴がステラの脳内に直接響く。

『なぜだ!?なぜ効かぬ!?この呪いは誰にも解けぬはず……!』

 ステラの魔眼は呪いの核心、つまりビデオテープに刻まれた呪いの情報を解析し始めた。それは此の呪いが過去に多くの人間を苦しめてきた歴史、そして呪い其の物の意思を読み解く作業だ。

「……ふむ、過去の被害者の、感情を糧に増幅してきたのか……随分と不快なやり方だ。」

 ステラはそう言うと、ビデオテープを地面に置いた。そして其の周囲に、複雑な魔法陣を描き始める。魔法陣は銀色と黒の光を放ち、テープを取り囲んだ。

「さて、大人しく消えてくれると助かるのだが……。」

 ステラは呪いにそう語りかける。然し呪いは、抵抗を止めなかった。テープから放たれる黒い靄は更に濃くなり、周囲の空気を重くしていく。

『この私が、こんな小僧に屈するものか!』

 呪いはそう叫び、テープから無数の幻覚を具現化し始めた。それは、ステラの過去のトラウマ、堕ち神になりかけた時の記憶、サラとの辛い別れ……ステラの心を揺さぶる出来事が、次々と彼の目の前に現れる。

 だがステラは無表情の儘、それらの幻覚を冷徹な視線で見つめ続けた。銀色の瞳の奥の幾何学模様は、更に複雑に、そして高速で回転する。

「……くだらん、そんなもので私の心は揺るがない。」

 ステラはそう言うと、魔法陣の中心に立ち静かに歌い始めた。その歌声は、静かで力強い。聴く者の心を深く揺さぶり、時には感情を刺激するかの様なステラの聖歌だ。歌声が響くにつれて、ステラの瞳から放たれる光が強くなる。幻覚は歌声に触れた途端に、霧散し徐々に消滅していく。

『な、なんだ此の歌は!?私の力が……消えていく!?』

 呪いは驚愕し、恐怖に震え始めた。ステラの歌声には、銀龍の魔眼の力が宿っている。聴く者の精神に直接作用し、幻覚を打ち消すだけでなく、呪いのエネルギー其の物を分解していく力がある。

「……さあ、どうする?まだ抵抗するか?」

 ステラは歌い乍ら、ゆっくりと呪いに近づいていく。呪いはステラの圧倒的な力に恐れをなし、ビデオテープの中に逃げ込もうとした。然し魔法陣がそれを許さない。銀と黒の光の壁が、呪いの逃げ道を完全に塞いでいた。

『く、くそ!覚えていろ!何時か必ず……!』

 呪いはそう叫び、再び抵抗を試みる。ビデオテープから黒い靄が、まるで槍の様にステラに向かって突き出された。それは、呪いの最後の攻撃だ。だが、ステラは動じない。彼は呪いの攻撃を冷静に見据えると、右手を軽く掲げる。

 すると彼の頭上に、雷の形状を模した銀龍の王冠が浮かび上がる。王冠はぼんやりと光を放ち、ステラの体から蒼白い電磁波が放出される。

「止めておけ……もう終わりだ。」

 ステラがそう呟いた瞬間、王冠から強烈な銀色の雷光が迸り、呪いの槍に直撃した。

『ぐああああああああああああああああああああ!』

 呪いの絶叫が響き渡り、槍は粉々に砕け散った。ステラの怒りが頂点に達した時に発動する神鳴(トニトルゥム)が、呪いの存在を根源から焼き尽くそうとしていた。ステラは呪いに一切の容赦を見せない。彼の怒りは、サラや家族を守るという強い決意と結びついていた。

「さぁ、此の世界の安寧の為に……消えろ。」

 ステラがもう一度呟くと、魔法陣の光が更に強くなる。光はビデオテープを包み込み、呪いの本体を強制的に引きずり出した。それは無数の怨念が渦巻く、禍々しい黒い塊だった。

「……此れで、最後だ。」

 ステラはそう言うと、静かに歌い始めた。それは、先程の聖歌とは比べ物にならない程、力強く悲壮感に満ちた歌声だ。彼の堕ち神になりかけた過去、サラや娘達を守るという強い覚悟が込められた絶唱。歌声は純粋な銀色の雷光となり、呪いの塊に降り注いだ。その光は、呪いの塊を構成する怨念の一つ一つを焼き尽くし浄化していく。

『止めろ……止めてくれ……!消えたくない……!』

 呪いは悲鳴を上げるが、ステラの歌声は止まらない。彼の瞳の奥では、銀龍の魔眼がフル稼働し、呪いの力を完全に掌握していた。絶唱の力は、呪いの存在其の物を消滅させる。抗う事の出来ない「裁きの雷」が、呪いを構成する最後の欠片まで焼き尽くし浄化していった。

 そして、呪いの塊は、光の粒子となって空中に舞い上がり、静かに消えていった。呪いが完全に消滅すると、ビデオテープはただのプラスチックの塊に戻り、魔法陣の光も消えた。ステラは静かに息を吐き、魔法陣を片付ける。

「……全く、大した手間をかけさせてくれた。」

 ステラはそう呟き、ビデオテープを手に取ると、依頼主に届けに行く事にした。当の依頼者は、プラスチックの塊になっている、ビデオテープの残骸を見て只々吃驚していた。


 その夜――ステラが家に帰ると、サラと娘達のユラとキラが温かく出迎えてくれた。ステラは其の光景に、無表情だが心がポワポワしている。

「お帰りなさいステラさん、今日も大変だったですか?」

サラが優しく微笑み、ステラの上着を脱がせる。ステラは無言で首を振ると、サラの頭をそっと撫でた。ユラとキラがステラに抱きついてくる。

「父さん、お帰りなさい。」

「父さん、今日はお仕事だったの?」

「……あぁ、ただの雑務だ。もう終わった」

 ステラは娘達の頭を優しく撫で、その温かさに心の中で微笑んだ。家族の温もりに包まれ、ステラの心は満たされていく。呪われたビデオテープの騒動も、今となっては遠い過去の出来事の様だった。


 ステラが娘達を寝かしつけ、自室に戻るとサラがテーブルに温かい日本茶を用意して待っていた。

「お疲れ様、ステラさん。大変だったでしょう?」

 ステラは無言で頷き、湯気の立つ湯呑を両手で包み込む。じんわりと掌に広がる温かさが心地よかった。

「……大した事ではない。ただ、少しばかり厄介な呪いだっただけだ」

「そうなんですか? でも、ステラさんが解決したなら、もう大丈夫ですね。」

 サラはにこやかに笑い、ステラの横に座った。その笑顔は、ステラがどんな困難に直面しても、心を落ち着かせる力を持っていた。ステラは、サラの頭をそっと撫でる。

「……ああ、お前がいるからな。」

「もう、急にどうしたんですか?」

 サラは頬を染めて照れ乍らも、嬉しそうにステラの手に自分の手を重ねた。その時、二人の間に微かな電流が走った。それはステラの雷帝(プロヴィデンス)の能力によるものだったが、サラは全く気にしていない様子だ。

「そういえば、ステラさん……依頼主さんから、御礼が届いていました。日本茶と和菓子の詰め合わせですって……きっと、ステラさんが喜ぶと思って」

 サラはそう言うと、可愛らしい風呂敷包みをステラに差し出した。中には、色とりどりの和菓子が丁寧に並べられている。ステラは無表情乍らも、その瞳に喜びの色を浮かべた。

「……有難う、サラ。」

 ステラは和菓子を一つ手に取ると、ゆっくりと口に運んだ。上品な甘さが口いっぱいに広がり、疲れた心身に染み渡る。

「美味しいですか?」

「……ああ。美味い」

 ステラがそう答えると、サラは更に嬉しそうに微笑んだ。其の笑顔に、ステラの心は満たされていく。窓の外では、満月が静かに輝いている。

「ねぇ、ステラさん。そのビデオテープの呪いって、一体どんなものだったんですか?」

 サラが興味深そうに尋ねる。ステラは茶を一口すすり、静かに話し始めた。

「過去の被害者の、負の感情を糧に増幅する厄介な代物だ……幻覚を見せ、精神を蝕む……だが、私には通じなかった。」

 ステラはなんともないと言う様に淡々と語る。サラは彼の言葉に、少しだけ眉をひそめた。ステラの隠している事は、サラにとってお見通しである。

「ステラさん……何か、嫌な幻覚でも見せられたんじゃないですか?」

「……過去の、くだらない記憶だ……堕ち神になりかけた時や、君と離れていた時の幻覚を見せられた。」

 サラの核心をついた言葉に、ステラは一瞬だけ目を伏せた。サラはステラの手をそっと握りしめた。

「ステラさん、恐ろしかったでしょう?一人で、そんな恐ろしいものと向き合って……。」

「否、怖く等ない……そんな物で、私の心は揺るがない。」

 ステラは無表情の儘そう言ったが、サラは彼の声に微かな震えを感じ取っていた。彼女は何も言わず、只しっかりと手を握る力を強めた。

「……私は、お前がいてくれるから平気だ。」

 ステラはそう呟くと、サラを自分の膝に乗せ、背後から抱きしめた。サラは少し驚いたが、その温かい抱擁に身を委ねた。ステラはサラの耳元に唇を寄せ囁く。

「お前と離れていた日々は、二度と御免だ。あの時、お前がいなければ……私はきっと、闇に囚われた儘だった……だから、もう二度とお前を離さない」

 ステラの独占欲が露わになった瞬間だった。サラは頬を紅潮させ、心臓がバクバクと音を立てる。

「もう、ステラさん……不意打ちですよ。」

「それが、私の趣味だ。」

 ステラは意地の悪い笑みを浮かべ、サラの首筋に顔を埋めた。サラは擽ったそうに身を攀じる。

「私はお前を愛している……お前にどれだけの愛を、注げるというのか……お前は其れを全て、受け止める覚悟があるか?」

「はい、ステラさん……私、全部受け止めます。」

 ステラの問いかけに、サラはゆっくりと頷く。彼女の表情は、幸せそうな笑みが溢れていた。彼女の言葉に、ステラの抱きしめる力が強くなる。二人の間に、静かで温かい時間が流れていった。窓の外では満月が優しく二人を照らしている。

 この温かい日常が、ステラが何よりも守りたいものだ。呪われたビデオテープの呪い等、この温もりと比べれば、取るに足らない出来事だ。ステラは愛する家族に守られ、満ち足りた日々を過ごしていくのだった。

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