再結成
「ちょっと聞いて!? また断られたんだけど!」
ララが長い脚を卓の上に載せて悔しそうに言った。そのまま怒りの原因である、ギルドへの持ち込み依頼の断り状を卓に放る。もう誰も何枚目か数えていない。
「フラクタルには頼めないだって! 詐欺パーティに任せられるかって……こっちが詐欺を働かれた身だっての!」
「ララ。お行儀悪い、食卓に足をのせない」
その言葉に、ララはそっぽを向いて腕を組んだ。当然、足は下ろされない。クロはため息をついてララの足を丁寧に持ち上げて床におろした。そこに焼いた黒パンを置く。
眉目秀麗な勇者様が焼いた黒パン。
最近のおれたちフラクタルの主食だった。金に困っているわけではない。ただ、再結成したあと、クロが言い出したのだ。
”自分たちの金には手をつけない。これからのフラクタルで稼いだ分だけで、やりくりしよう”と。その時のおれは、頷いてしまった。
でも……今は猛烈に後悔している。何度も撤回を頼んだのに、クロは頑として翻さない。
クロは台所に戻ってほとんど具なしのスープを煮込んでいる。
具がほとんど入ってないんだから、いくら煮込んだって出汁なんて出ないだろ! とは真剣な顔を前にしてはとても言えなかった。
おれはララに小声で聞く。
「また……黒パンかよ……これで何日目だ?」
「47日連続記録更新中。ちなみに明日の朝用のパンもさっき作ってたからね」
二人でため息をついて、スープ鍋を混ぜる勇者様を見つめた。ララが黒パンを少しだけちぎって、口にいれようとしてやめた。
「そもそも……詐欺を働かれたのはこっちだってのになんっであたしたちがこんな目に合わないとイケないわけ?」
「おれに言うなよ! あの時おれを追放しなかったらこんなことにはならなかったんだからな? 自業自得だろ」
「また言うんだ。それ。わたしたちがあんたの、ロイドのためを思って、追放、いいえ、自由にしてあげたのに戻ってきたのはどっちよ!」
ララがおれの足を食卓の下でガンガン蹴りながら言った。ここまで言い合えるようになったのは、良いこと……なのか? おれはララとやり合いながら、左手で断り状を裏返した。表に書いてあった言葉を見ていたくなかった。
”鑑定士負傷のため”
ギルドからの断り状には必ず、理由付きで返される。さっきララは、詐欺パーティと言われたと言ったが、原因はそれだけじゃない。ララの詰めの甘さに苦笑しながら、おれは自分の右手に力を入れてみる。
右手はもう半年まともに動かない。指はある。あるのに、そこにある気がしない。なんとなく動くけど、ご飯を食べてれば椀を落とす。ものを書くために紙を押えようとするとなぜかずれる。鑑定士としての目だけが無事だった。だが世間は、手の動かない鑑定士を、鑑定士とは認めてくれないみたいだった。
「金を稼がないと」
おれは、当たり前のことを言った。正確にはパーティで使える金を稼がないと、だ。
「このままだと、来月の宿代も払えない」
「分かってる」
クロが、具なしのスープを食卓に運びながら言う。
「……おれが、なんとかする」
おれは呆れながら、見上げるほど背の高いこの男を睨んだ。クロは、仲間のためなら、自分がどうなろうと構わないのがかっこいい、と思ってるみたいだった。それにすごく苛ついた。
「お前が剣を振って稼ぐのか?」
「それでもいいなら」
本気で言うから、たちが悪い。パーティで稼いだ金をパーティで使おうって言っているのに、なんでお前だけが動こうとする。
「ちょっと! やめてよ二人とも」
ララが、スープと黒パンを嫌そうに遠ざけて、食卓に一枚の紙を滑らせてきた。
「これを見て」
紙には、派手な字が躍っていた。
——第七回・ゴラルト闘魔祭。豪華賞品を賭けた、種目自由の勝ち抜きトーナメント。優勝賞金、金貨五枚とラルシュナ産1級魔石。その他豪華賞品あり。
「五枚……って宿代の、何年分だ」
おれは思わず紙をぐしゃりとやりながら自然と笑みがこぼれた。ララがおれから紙を奪い取って食卓の上で紙のしわを伸ばしながら言った。
「でっしょう!? チームは一人から五人。あたしたち、ちょうどいいじゃない」
ララは得意げにおれを見る。でもクロが鼻から息を吐いて言った。
「待て……ロイドは、手が」
「あたしと、あんたが戦う。ロイドは、見る」
おれだけ何もしないみたいで、思わず声を上げかけたら、ララがおれを指さした。
「いい? この街で、魔石を見る目だけなら、こいつが一番でしょ。どんな競技だろうと、魔石が絡むなら、ロイドの目は必要でしょ」
ララがおれを見てほくそ笑む。……悪くないかもしれない。
何となくララの言葉は認めたくないが、悪くない案だった。事実、手は動かないけど、目は生きている。おれの目は、まだ、この街の誰よりも、石の中が見える、と思う。
ラルシュナ産1級魔石も、鑑定士にとっては一生のうちに1度お目にかかれるかというくらいの石だから興味がわいた。
競技の種目を見ると、魔石の鑑定、なんてのもあったから俄然やる気がわいてきた。だからおれは言った。
「やろう」
おれが言うと、クロはしばらくおれの顔を見ていた。クロが、おれの手じゃなく顔を見たのは、久しぶりの気がする。
「……お前が、それでいいなら」
「おれたちが、だろ。金が要るだろ? 肉もデザートも食いたいしな。それにトーナメント中はゴラルトが食事の面倒を見てくれるなら、その間の食事代も浮くし」
「決まりだね」
ララが紙を丁寧にたたんでクロに渡す。クロは受け取って腰に下げた革の小さなポシェットにしまった。おれはララが遠ざけたスープと、黒パンを食べながらどんなトーナメントになるか少しワクワクした気持ちになっていた。




