ウインク
ゴラルトの祝祭、その日の朝は、よく晴れていた。
中央広場に組まれた処刑台を、人の波が遠巻きに囲んでいる。建国の祝いの日に、献上品を偽った罪人を裁く。王国にとって、これ以上ない見世物だった。
その台の上に、クロがいる。その顔は正面を向いていて、誰の顔も目に入っていないみたいだった。
隣には、女がいた。半年ぶりに見るララは、髪を肩の位置に切られていた。それでも二人は、背筋だけは伸ばして抵抗もせずに立っている。
おれは、鑑定士のローブのフードを目深にかぶって、献上品の検分席の最前列に紛れ込んでいた。
ライセンスは、ここまでは通してくれた。胸の内ポケットで大きな魔石が、ぬるく熱を持っていた。結局、今日の朝までかかって核の全てを修復し終えた。
右手は、もう指の一本一本が、どこにあるかも分からない。
台上では、派手な音楽と共に、進行役が宣告を読み上げていく。
「フラクタルの両名、建国祭の神聖を汚し、偽石を献上せし罪により――」
「待ってくれ!」
声を上げたのは、おれじゃない。
ガレスだ。おれが会場の隅まで引きずってきた男が、衛兵に挟まれて前に出された。
脅しが、やっと効いた。
なんと……この太った男は昨夜逃げようとした。
そう、おれは、安宿の外で昨夜から明け方までかかって魔石を修復していた。そしたら、荷物を持ってにげようとしたガレスが出てくるところに行き当たり、捕らえてそのままここまで引っ張ってきた。
そして、処刑場に引きずりだされたやつの口から出たのは、半分だけの真実だった。
「すり替えたのは、おれだ! だがよう、おれ一人じゃねえ! その剣士の女が、おれに持ちかけてきたんだ! 本物を抜いて売り払おう、傷物を献上すりゃ誰も気づかねえって!」
広場がどよめいた。台上のララの顔が、初めて歪んだ。嘘つき、という高い声が飛んできて、ついでどこかから石が投げられた。ララの頭から細く血が流れる。おれはギリと唇を噛んだ。
クロを見ると、縛られているため、動けないのがもどかしいように体をひねった。
処刑人が、石を投げるのはやめろ、と言って、広場のどよめきはさらに大きくなる。
ガレスはそれを横目に見ながらも、必死に嘘を重ねていく。
すり替えを認めることで自分の処刑を軽くしようとし、同時に、主犯をフラクタルに被せることで、罪を分け合おうとしていた。
弱い男の、計算だった。自分が助かるためなら、追い詰めた相手にすら、もう一度泥を塗る。
ここにこいつを連れて来たのはおれだ。
感覚のない拳を握りしめて手のひらに爪が食い込んでいくのにも気が付かなかった。
あの二人には、石の真贋も分からない。本物を抜いて売る、なんて芸当が、できるわけないだろうが。
それができるのは、おれと、お前だけだった。お前は今、自分にしかできなかったことを、できない人間になすりつけた。
おれは、立ち上がっていた。フードが落ちた。
「嘘だ」
おれの声が、広場の石にぶつかって返ってくる。
検分席の鑑定士たちが、一斉にこちらを見る。何人かが、おれの顔に気づいた。フラクタルの鑑定士。当時のおれを知っている何人かの声が聞こえた気がした。
ざわめきが、波になって広がる。
台上のクロが身動きする。おれと一瞬目が合った。
進行役が苛立った声を上げる。
「貴様は何者だ? 罪人の関係者か? ならば証言は――」
「おれの言葉は信じなくていい」
被せて言う。
「おれはしばらく前まであいつらの仲間だった。いや……だと思ってた、かな。だからおれが何を言おうと、身内の擁護だと言われると困る。だから、おれの言葉は言わない」
胸から、魔石を取り出した。
陽に翳すと、それは自ら強烈な光を放つ。凄まじい魔力が核に込められている証拠だ。今、傷一つない掲げたそれに、検分席の鑑定士たちの目が吸い寄せられる。
本物の前では、嘘がつけない目が。
「これが、フラクタルが本来献上するはずだった本物だ。——そこの検分席の、王国お抱えの鑑定士殿に鑑定を頼みたい。この石と、実際に献上された傷入りの魔石。二つを、あんたたちの手で鑑定してくれ」
進行役が止めようとした。
だが、もう遅い。鑑定士という生き物は、本物を前にすると、確かめずにいられない。職の業だ。
おれの心臓がまた、早鐘を打つ。
今回の修復に気が付かれないように。
検分席の最年長らしい白髪の鑑定士が、まずはおれの掲げた石を、手に取った。しばらく眺めておれの方をちらと見る。
そして、実際に献上された傷物が運ばれてくる。
おれがすり替えたきずもの。
呪いに保証された、嘘のつけない鑑定がはじまった。
長い、長い鑑定だった。
あらかたの鑑定を終え、白髪の鑑定士が、ゆっくり口を開く。
「魔石は……間違いなく、国宝級」
広場が、爆ぜた。それから、献上台のきずものに目をやって、付け足す。
「ガレス……残念だよ。……鑑定士協会の正会員が一人減ってしまうな」
それだけ言って。
ただその時、老鑑定士は、おれに小さくウインクをした。そう思った。
ガレスは衛兵に押さえつけられて喚いている。進行役が顔色を変えて指示を飛ばす。
「フラクタル両名、嫌疑につき再審――」
その声が、人の波に呑まれていく。おれは、ずっと握りしめていたこぶしをようやく緩めた。右手はもうそこにあるかすら分からなかった。
――間に合った。
台の上の、クロと、また目が合った。
救われたはずだった。無実が、証明されたはずだった。なのに、二人はおれを見て、困ったような泣きそうな顔をしていた。
「……なんで、そんな顔すんだよ」
声に出して、聞いた。歓声に呑まれて、二人には届かなかった。




