刻限
ガレスの居所は、すぐには割れなかった。
時間だけが過ぎていく中、手の感覚は他人のものみたいになっていく。魔石を握っても、握っている実感がない。それでも、夜は石を治した。
やめろ、という頭の声は、もう聞こえなかった。
やっと見つかった居場所は、川沿いの安宿の二階にあった。
鑑定屋を辞めた男が、金回りだけは急に良くなっている。新しい外套、新しい靴、酒場での払いの良さ。話だけ手に入ったのに実際の本人になぜかたどりつくことができなかったけど、やっと見つけた。
おれはポケットの中の魔石に魔力を注ぎこみながら、ただ待っていた。思ったよりも、核の傷はなおってくれない。
おれの魔力の回復が遅くなっているのかもしれないけど、なかなか最後の亀裂が埋まらなかった。
出てくるのを、向かいの軒下で待つ。
「よう……ガレス」
男は、見ない間に随分肥えていた。
声をかけると、ガレスは一瞬で青ざめる。太った体で逃げようとした足がもつれて、階段の最後の一歩を踏みはずして無様にこける。
「……お前、追放されたんじゃ」
「されたよ。おかげで暇なんだ」
おれは、ポケットからほとんど治った魔石を出して見せた。ガレスの目が、それに吸い寄せられる。
傷はおれの目を通してもほとんど治っている。おそらくこいつがフラクタルから騙して奪った石と同じものに見えるのだろう。
「これ、見覚えあるだろ?」
ガレスはへっへと言いながら、肉が崩れ落ちそうな笑顔で言った。
「……なんのことか分からねえ」
「お前が売った相手はな。おれの、顧客なんだよ」
もちろん、ガレスが売った相手なんか知らなかった。
ただ――最近の隣国では魔石が高く取引されていた。国同士でやり取りするような高額取引も、行われていたはず。
ガレスの頬の肉が落ちて笑顔が恐怖の表情に変わる。ビンゴだ。
ガレスは、開き直ったように喋りはじめた。
金に困っていた。建国祭の献上品をわざわざ持ってきた無知なパーティ。
国宝級の魔石が手に入る二度とない機会だった。傷物を本物と伝えても、あの二人は気づかなかった。騙される方が悪い、とまで言った。
処刑されるとは思わなかったとも言ったけど、実際にフラクタルは牢に捕らえられて明日にも処刑されようとしている。クロの顔は見れたけど、ララに関してはどこに囚われているかも分からなかった。
話の中でガレスが言う。
”お前がいなけりゃ、あの二人は本物と偽物の見分けもつかないんだから”
「……そう、だな」
おれはガレスに言った。ガレスも笑顔を取り戻して、そうだろう、と言ってくる。金を分けると言われた。
……そうだよ。おれがいなけりゃ、あの二人は石の真贋も分からない。
だから、抜けろと言われたとき、笑ってやろうと思った。困ればいい、と。
なのに、おれはこうして、あいつらの石を治してる。手の感覚を失くしながら。
「なあ……ガレス」
ガレスは、答えなかった。へらへらと笑ったまま、おれを見る。
おれにも、分からない。助けるためじゃないのだけは確かだ。理由を聞きたいだけだ。
それなのに、おれの手は、一晩も休まず石を治している。言葉と、手は合わないもんだ。
「隣国さんは、いくらで買い取った?」
ガレスの目が、一瞬だけ泳いだ。
「……知らねえよ。仲介がいただけだ。国境の方から来た、って話の」
国境。それ以上は、ガレスも知らないようだった。こいつは、もっと大きな何かの、末端の指でしかない。今は、どうでもいい。おれが要るのは、この、太った男の口だけだ。
でも、仲介という言葉を聞いて、おれの唇の端が上がる。
——こいつがもらったのは、一生遊んで暮らせるぐらいの大金なんかじゃない。
新しい外套のくせに、こいつは半年、ここを動いていなかった。安宿に泊まって、ここを離れずに暮らしていることが、それを明白に告げていた。
「祝祭は、明日だな」
おれはガレスの襟を掴んだ。手の感覚はなくても、掴む力自体は残っていた。
「お前は明日、証言するんだ。真贋を鑑定したのは自分だ、と」
「言うわけねえだろうが! 言ったらおれが! あ?」
「言わなきゃ、おれが今、ここでお前がした所業を、ギルド中に触れて回ってやる。お前は確実に王国法に裁かれる」
ガレスの顔が歪む。おれは畳みかけた。
「でも……間違えてよく似た別の石を渡した、と証言してくれたら……今回だけは、見逃す」
そんなに簡単じゃないかもしれない。
ただ、明日までに傷入りの魔石が直せたら、こいつを処刑場まで連れていけたら。
逃げるかもしれない。隣国が、口封じに来るかもしれない。
会場には、献上品に近づける鑑定士しか入れない。おれのライセンスで、どこまで潜り込める?
考えることが多すぎる。
ただ、本物さえあれば。本物の魔石を、衆人の前で鑑定してみせれば。
建国祭は……明日。




