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クロ

 


 ゴラルトの牢は、王城の北、陽の差さない石の底にある。


 面会の口実は、鑑定士のライセンスが作ってくれた。


「献上品の真贋について、確認したいことがあるんだ」


 面倒そうに、あくまで王国から確認を依頼された、そういう体で看守に伝えた。半分は嘘で、半分は本当だ。


 看守は気の毒そうな顔をして鍵を回した。


 おれは看守に言われた牢まで歩く。歩きながらひどい匂いに鼻をつまみたくなった。それに……ひどく寒かった。


 勇者と呼ばれた男が、牢の中で丸まっている。おれの足音に顔を上げて、にやりと笑った。笑おうとして、失敗したような顔だった。


 半年前までは綺麗に後ろでまとめられていた黒髪。それが、少し乱れている。そして、おれはこんなに痩せたクロの顔を見たことがなくて、声を出せなかった。


「……久しぶりだな」


「そんなことが――言えた口かよ」


 言ってから、馬鹿みたいだと思った。案の定、クロは鼻で笑う。笑った声が変わらなくてなぜだか目がしみる。


「……だよな。おれが、追い出したんだからな」


 おれのことをまっすぐ見る。その目だけが真実変わっていなかった。暗い青。海の色の目がおれを見て言った。言葉を選んで、気遣うように言われている気がした。


 この期に及んでも、やっぱりおれはいらないらしい。おれは、クロに言おうとしていた言葉が頭から抜けてしまった。だから聞きたいことから聞くことにする。


「お前らが献上した魔石、傷入りだった……」


 クロの目が、一瞬だけ揺れた。それから、乾いた声で笑ってゆっくり首を振った。


「わざわざ、そんなことを言いに来たのか?」


「違う!」


 大きな声に看守が、何か、とおれを見た。おれはまた小声にもどしてクロに言った。


「魔石は二つ渡しただろ。ほとんど見た目には変わりないが、一つは国宝級、一つは傷入りだった」


「……証拠もない話を、誰が信じる」


「証拠ならある。傷物は――おれが、持ってる」


 クロは目を大きく見開いてさらに声を落とした。


「……お前も……処刑されたいのか!?」


 クロは格子に近づいて言った。格子を握る白い指に力が入って、関節がさらに白くなる。


「お前が傷物を持ってる、なんて知られてみろ。すり替えの片棒を担いだのは追放された鑑定士だ、って話に、すぐすり替わる。本物はないんだろ……お前も処刑台に立つことになる。ロイド、もう関係ないんだ、帰れ」


「は?」


「帰れって言ってんだよ!」


 牢の中に、クロの声が反響した。看守がこちらを睨む。クロは格子から手を離し、背を向けた。


 痩せた背中は、もう何も言うなと言っていた。






 おれは近づいてきた看守から逃げるように宿に帰った。


 そして……手の平にある、傷入りの魔石を眺める。核に走った細い傷を全ての方向から確認する。


 魔石の修復は、法律上禁止されている。


 そもそも成功した話を聞いたことがないし、仮に直せたとしても、この世の原理に反する。


 ただ、どこが欠けたかが正確に見えるおれには、どこを埋めたら治るのか何となく分かるような気がずっとしていた。


 本物に、もどしてやる。


 傷の縁に、自分の魔力を一筋ずつ流し込む。


 お前を追放したやつらのために法を侵すのか、という声が聞こえる。


 石の内側で、断たれた魔力の線が、焼け付くような熱を持って繋がっていく。


 馬鹿なことはやめろ。できるはずない。


 声に邪魔されながら魔力を注ぎ続けた。一晩で傷は、塩の粒ほども埋まらなかった。


 しかも、おれの右手の感覚が、指先から鈍くなった。


 魔石に魔力を注ぐというのは、自分の中の何かを、石に移すということのようだった。


 減った魔力は眠れば戻る。だが、戻りきらない何かが、毎晩少しずつ手から抜けていく。朝、椀を持つと、熱いのか冷たいのか、分からない時があった。


 それでも、夜ごと石は治っていった。傷が一分埋まるたび、おれの手は一分、感覚が遠くなった。






 昼は、すり替えた鑑定士を探すことにした。


 とにかく足を使うしかない。自分自身が同業だから心当たりを絞れる


 フラクタルに出入りした鑑定屋、ギルドでおれの検品を覗いていた連中。一人ずつ、潰していく。有名な鑑定屋で、最近辞めたやつはいないか、大きな魔石を得意とするやつはいないか。


 そしてやっと、フラクタルから持ち込まれた魔石の鑑定後に仕事をやめた男を見つけた。鑑定屋の受付嬢が丁寧にもお茶を出してくれた。


「ガレスさんなら、少し前に辞めましたよ」


 ガレス。それは三年前、おれと同じ親方に鑑定を習った男だった。


 筋は悪くなかった。ただ、真贋を告げるたびに「これがもっと高く売れたらな」とよく笑う男だった。不遇職だけど一緒に頑張ろう、そう言っていたのに。


「……お前なのか?」


 辞めた、と言った店員を前にして、つぶやく。店員は、なにか?、と言ってくる。


 おれはその言葉にあいまいな返事を返して、ポケットの中に手を入れる。手のひらの中で、半分治った魔石が、音を立てた気がした。


 あと数日で、これは本物になる。それまでにガレスを探しだす。そして――


 おれはクロを……あいつらを助けるんじゃない。なんで追放したか、それを、聞きたかった。


 既に魔石を持つ右手は、左手で支えないと細かい作業ができなくなっていた。



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