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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
第1章:テリヤキ・レボリューション編
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胃袋を鎮圧せよ!―1200機のドローンVSステーキの幻影

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

「――非効率な。感情に任せた機動など、演算の敵ではありません」


ネメシスが冷たく言い放つ。

その声には、勝利への確信ではなく、

「失敗という概念を知らない者」の退屈だけがあった。


上空のグリードが静かに指を動かす。漆黒の天使装甲〈オメガ〉の肩部から、

六基の誘導レーザービットが射出された。


幾何学的な軌道を描き、死の光線がセラフィオンの死角へ殺到する。

本来なら、装甲を紙のように切り裂くはずの閃光。だが。


『マスター、左足の出力をカット!そのまま機体をスライドさせて!』


セラの鋭い指示。シオンが反射的に左足の力を抜く、

セラフィオンは転倒する間際のような不格好な姿勢で地面を滑った。

レーザーが、わずか数センチ横のコンクリートを蒸発させる。


「避け……た?今のタイミングを?」


グリードの眉が不快げに動く。

彼の計算では、シオンは「死んでいるはず」だった。


しかし、セラフィオンの動きは理詰めの予測を裏切る。

空腹ゆえの極限状態が、シオンの五感を研ぎ澄ませ、

セラの毒舌混じりの超演算と奇跡的な同調シンクロを見せていた。


「ハァ、ハァ……! 演算だか何だか知らねえがな……! 

俺の腹の虫は、お前の理屈よりずっとうるせえんだよ!」


シオンは右腕の義手を突き出す。

セラフィオンの腕部がそれに応じ、高出力の熱線を形成した。


『さぁマスター!その男の気取った「正義」ごと、

 この不潔なエネルギーを叩きつけなさい!』


「不潔って言うなぁぁぁぁ!!!」


真っ白な熱線と、漆黒のレーザーが空中で衝突し、

レグナスの「完璧なホログラムの空」を激しく明滅させた。


「お袋」が本気を出した。空を覆っていたホログラムの青空が、

パトランプのような禍々しい赤に染まり、

街中のスピーカーから鼓膜を刺すアラートが鳴り響く。


『緊急戒厳令。個体番号SG-774の「空腹レベル」が社会許容値を超過しました。

直ちに機動ドローン一,二〇〇機を投入し、当該個体の胃袋を鎮圧します』


「……は?」


一拍遅れて、シオンは叫んだ。


「胃袋を鎮圧ってなんだよ!俺が悪いんじゃねえ、

栄養ゼリーしかよこさないお前らが悪いんだよ!」


シオンが叫ぶ間にも、空から無数のドローンが、ハエの群れのように殺到する。

放たれるのは殺傷兵器ではなく、粘着性の高い「強制鎮静ネット」と「超速乾性コンクリート弾」だ。


『マスター、このままでは不潔なコンクリートで固められて、前衛的なオブジェとして

広場に飾られることになります。名案があります』


「どうせろくなもんじゃねえんだろ!言ってみろ!」


『マヨネーズ燃料の排気を、機体の冷却ダクトから一気に逆噴射します。

その際、私が貴方の脳内に「最高に美味そうなステーキの匂い」を疑似信号として送ります。

その時に出る「よだれ」と「鼻息」を情動エネルギーに変換して、無理やり地面をぶち抜きます』


「汚ねえよ!天使のすることじゃねえだろ!……でも、やるしかねえか!」


シオンが覚悟を決めると、セラが脳内に「じゅわっと焼ける霜降り肉」の映像を送り込んできた。


「……っ、うおおおお!肉だ!肉を食わせろぉぉぉ!」


セラフィオンから、もはや兵器とは思えない「食欲の蒸気」が噴き出し、

ドローンの包囲網を熱気だけで弾き飛ばした。


「どけぇぇ!俺は今、世界で一番不機嫌なんだよ!」


白い蒸気に包まれたセラフィオンは、追撃するグリードの〈オメガ〉を足蹴にし、

地面にあった巨大な廃排気口へと身を投げた。


垂直落下。

 

視界を埋め尽くすのは、高速で後方へと流れていく旧時代の排気ダクトの壁面だ。

セラフィオンの巨躯が、狭い通路を削りながら落ちていく。


火花がコクピットの全天周囲モニターを白く焼き、

耳を劈く金属摩擦の音がシオンの脳を直接揺さぶる。


「……っ、セラ! ブレーキ! ブレーキ踏めって!

 このままじゃ、俺たちが今日一番のデカい『粗大ゴミ』になっちまうぞ!」


『黙りなさい。

 私の計算では、落下の衝撃はあなたの内臓が三センチほど位置を変える程度で済みます。

 ……生命維持に支障はありません。むしろ、その余分な腹脂肪がクッションになって、

 あなたの生存確率は〇・〇二%上昇しました。感謝しなさい』


「脂肪じゃねえ、これは『テリヤキを食うための予備エネルギー』だ!」


『さあ、逃げますよ!「旧・大深度地下物流ターミナル」へ!』


直後、強烈な逆噴射がセラフィオンの翼から放たれた。


黄金の粒子が闇を払い、機体は地下数百メートルに位置する

「旧・大深度地下物流ターミナル」の巨大な空間へと、不器用に着地した。


胃の中身が、上下逆さまに掻き回される感覚に、

シオンは本気で吐きそうになった。


ズゥゥゥゥゥン……。


着地の衝撃で、数世紀分の埃が舞い上がる。


シオンはコクピットのハッチを蹴開け、転がり出るように地面へ降りた。


そこにあったのは、地上の「清潔な白」とは対極にある、

錆と油と、濃密な「死」の気配が混ざり合った世界だった。


――なのに。


その地獄の底で、シオンの胃袋だけが、はっきりと「空腹」を訴えていた。

――ここは、管理されなかった空腹と、

三〇〇年前に捨てられた「人間の欲」が眠る場所だった。

次回へ続きます。

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