テリヤキバーガーと美味しい取引――リナとの出会い
これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。
「……死ぬかと思った。……というか、ここどこだよ」
『旧・大深度地下物流ターミナル。
三〇〇年前に放棄された施設です』
「逃げ切ったのか?」
『当面は。しかし発見は時間の問題でしょう』
コンテナの山に半ば埋もれるセラフィオン。
その巨体は沈黙している。
「……動け」
念じる。だが指一本、反応しない。
「動けって言ってんだろ……!」
沈黙。
代わりに、腹が鳴る。
ぐう、とやけに生々しい音。
「セラ、なんで動かない」
『朗報と地獄があります。どちらから?』
「地獄」
『了解。先ほどの衝撃でセントラルコアが破損しました。
私はこのまま停止します』
「は?」
『三〇〇年未整備のツケです。笑ってください』
「笑えるか!」
『なお朗報。敵は一時退却。再包囲まで約三日』
「三日で直るのか?」
『無理です。専門技術者が必要です』
「こんな廃墟にいるわけねぇだろ!」
『いる可能性が一箇所』
「どこだ」
『失敗作の楽園――エラータウン』
数時間後。
セラフィオンを捨て、シオンは地下都市を歩いていた。
懐にはセラのセントラルコア。小さく、重い。
エラータウン。情動が強すぎた者たちの街。
地下数百メートル、作り物の空が青を映す。
「……空まで嘘くせぇ」
腹が鳴る。
「くそ、腹減った」
ゴミ箱を蹴る。
「おい、お前!何してる!」
開発局員。
「やべっ」
走る。曲がる。滑る。
ドローンが待ち伏せ。捕獲ネット発射。
「うわっ!」
転がり込み、工房裏へ。
ガシャン。
「痛てて……」
足音が遠ざかる。
ほっとした瞬間、襟首を掴まれた。
「ちょっと。人の店の裏で何してんの」
振り向く。ゴーグルを額にずらした茶髪の少女。
「……悪りぃ」
「ゴミ箱蹴ったでしょ。修理代高いわよ」
「それよりさ……この辺で、いい匂いのする店、ねぇ?」
腹が盛大に鳴る。
少女は呆れた。
「名前」
「シオン。……テリヤキバーガーの幻覚が見えるくらい腹減ってる」
「は?」
少女は家に戻り、缶詰を持ってきた。
「テリヤキは知らないけど。これ食べな。死なない程度の栄養」
「神かよ……!」
「神は忙しいの」
部屋の中。工具だらけの工房兼住居。
「あたしはリナ。リナ・アスカール。
で、何やらかしたの?」
シオンは全部話した。巨人、AI、追われていること。
そしてコアを差し出す。
リナの目が変わる。
「……ちょっと待って。これ旧時代コアじゃない」
「分かるのか?」
「当たり前。あたしを誰だと思ってんの」
「ジャンク屋?」
「エラータウン随一のジャンク屋よ」
コアを光にかざす。
「これ、設計思想が今のと違う。
ナノ制御が手作業前提……変態設計」
「直せる?」
「一日あれば」
「マジで!?」
「腕を舐めないで」
シオンは息を吐く。
「助かった……」
「で、修理代」
「……金はない」
リナはにやりと笑う。
「じゃあさっき言ってたそれ」
「どれ」
「テリヤキバーガー」
シオンの目が光る。
「食ったことないのか?」
「名前だけでうまそう」
「甘辛い醤油にマヨたっぷりでな、肉汁がじゅわって――」
「よだれ出てる」
「約束する。絶対食わせる」
「本物?」
「ああ。本物だ」
一瞬の沈黙。
「じゃあ取引成立」
リナは手を差し出す。
「コア、預かる。一日で直す」
「頼む」
「その代わり、あたしにも見せなさいよ」
「何を」
「世界を焼くやつ」
シオンは笑う。
「完成したらな」
リナは工具を構える。
「いいわ。まずはこのポンコツAIから蘇生してやる」
懐からコアを渡す瞬間、少しだけ寂しさが走る。
「……セラ、聞こえてるか」
微かなノイズ。
『音声、断続的受信……』
「直してもらうからな。待ってろ」
『……マスター、空腹値が危険域です』
「分かってる」
腹が鳴る。
リナが吹き出す。
「何その音」
「警報より嫌な音だろ」
「ほんとね」
工具の火花が散る。
「テリヤキ、楽しみにしてるから」
「ああ。特大だ」
空腹は消えない。
敵も迫っている。
だが。
「……一日あれば、間に合う」
人工の空の下、ジャンク屋の工房に小さな希望が灯る。
そしてまた、腹が鳴った。
それは戦闘警報よりも切実で、
ずっと人間らしい音だった。
次回へ続きます。




