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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
第1章:テリヤキ・レボリューション編
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飢えた獣は、管理社会に牙を剥く

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

キシァァァァァァー。


地下の闇から現れた異形の怪物《赤眼レッドアイ》の爪が、

セラフィオンのコクピットを紙一重で掠めた。


「あぶねえな、セラ、大丈夫なのか?」


セラはシオンの話しを聞いていなかった。


『……理解しました。あなたは、私が観測してきた人類の中で、

最も非効率で、最も厄介で――それでも、私が“選んだ”唯一の存在です』


「お、おい、セラ。急になにを言い出すんだ」


『つまり、あなたには化け物の指一本触れさせません!!』


その瞬間、「マヨネーズ・エッセンス」という名の劇薬が

セラフィオンの循環系を駆け抜けた。


白銀の装甲が、まるで高熱を持ったように赤く拍動し始める。


「セラ、お前、もしかして酔っぱらっているのか?」


バッテリー残量は一気に回復し、

コンソールには「計測不能(限界突破)」の表示が躍った。


『……ふふ、ふふふ。力が……力が溢れてきます。テリヤキマスター。

今の私は、どんな不合理な命令でも実行できる気がします』


続けて。


『例えば、この怪物を分子レベルで解体する、とか』


「目がイッちまってんぞセラ! よし、そのままぶち抜け!」


キシァァァァァァー。


レッドアイの咆哮を、エーテル・カノンの光が呑み込む。


怪物が一瞬で蒸発した衝撃を推進力に変え、

セラフィオンが上昇する。


「すげぇじゃねえか、セラ!!」


『これは一時的な興奮状態ではありません。

あなたの欲望と私の演算が、不可逆に結合しました』


『ターゲットロック。

テリヤキバーガーの邪魔をする無味乾燥な機械どもに、

マヨネーズの鉄槌を』


「行くぞ! 全力……加速フル・ドライブだぁぁ!」


背部バインダーから、黄金色の情熱が噴き出した。


シオンは加速の衝撃で首がもげそうになりながら、

懐の合成パンを必死で守り抜く。


轟音と共に旧・輸送トンネルの天井が砕け、

白銀の天使は管理局の目抜き通りへと降り立った。


「やった……出たぞ! 地上だ!」


『喜びなさい!テリヤキマスター。

貴方の不摂生なバイタルと私の不浄な燃料が奇跡的に噛み合いました』


しかし、


『……ですが、見てください。歓迎会が用意されているようです』


シオンが見上げた先には、ホログラムの空を背負い、

漆黒の天使装甲〈オメガ〉を駆るグリードが浮遊していた。


街中のスピーカーから、グリードの冷徹な声が響き渡る。


「手間をかけさせおって……野蛮なエラーを撒き散らすバグめ。

その銀色の機体、レグナスの秩序の名においてデリートしてやる」


周囲には何千もの市民が、

感情を失った瞳でこの光景を見つめている。


だが、シオンはそんな「世界の敵」に

認定されたことなど、どうでもよかった。


彼はゆっくりと、懐から「奇跡的に潰れていなかった」

合成パンを取り出し、セーフティを解除した。


「セラ、戦闘開始だ。……こいつを一口食ってからな!」


『推奨します。さっさと食して、さっさとその男を黙らせなさい。

……防腐剤の匂いが、こちらまで伝わってきて不快ですから。ふふ』


「お前、やっぱ酔っぱらってるな」


シオンは、思い切り合成パンにかぶりついた。

管理社会が作り出した合成パンの栄養素が、全身の細胞を駆け抜ける。


「んめえぇぇぇ!

行くぞセラ! 腹がいっぱいになった俺は、

マザーでも止められねえぞ!」


こうして、

一人の腹ペコな少年と、AI少女の「世界で最も健康に悪い反逆」が、

再び、華々しく幕を開けたのである。


「うあああああッ!!」


ビル街の森を切り裂き、白銀の巨躯が天空へと突き抜けた。


シオン・グレイスの絶叫は、もはや言葉になっていなかった。


右腕の義手から流れ込む過剰な情報と、

マヨネーズ由来の不純なエネルギーが混ざり合い、

彼の神経を内側から焼き焦がしていく。


『……警告。シオン、思考を放棄しないでください。

脳内のエンドルフィンが異常値を記録しています。

このままでは貴方の精神アニマが機体の熱量に溶けて消えますよ!』


脳内で響くセラの声すら、

今のシオンには遠い雷鳴のようにしか聞こえない。


セラフィオンは、その白銀の装甲を赤く熱光ルミネッセンスさせながら、

管理局の目抜き通りに降り立った。


「――やはり、バグか」


上空。


漆黒の天使装甲〈オメガ〉が、冷徹な死神のように滞空していた。


コクピットに座る執行官グリードの瞳には、

荒い呼吸を繰り返すセラフィオンが、

排除すべき「汚染物質」として映っている。


「飢え、渇き、そして荒れ狂う感情。

……旧時代の人間が克服できなかった醜悪なエラーが、

その機体には詰まっている」


そして。


「シオン・グレイス、貴様はこの無菌の街にふさわしくない」


「……黙れ……ッ!」


シオンが叫ぶ。


彼が求めているのは、管理された安寧ではない。

喉を焼くような渇きと、それを癒やすための「生」の手応えだ。


「お前らに……俺の、俺たちの『腹の底』がわかるもんかよ!!」


セラフィオンの背部バインダーから、

真っ白な加速粒子が爆発的に噴射された。


レグナスの整然とした大通りを真っ白に染め上げる。


「うおおおっ!」


シオンが気合で押し込む。


マヨネーズ燃料の爆発的なトルクによって、

数トンもの白銀の巨体が慣性を無視して加速した。

それは洗練された機動などではない。


――ただ、生きるために「食う」ことを選んだ、獣の反逆だった。


その進路の先にあるのが、救いか、破滅か、あるいは――

“本物の食事”への道なのかを、まだ誰も知らなかった。

※次回へ続きます。

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