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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
第1章:テリヤキ・レボリューション編
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逃亡者とポンコツAI

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。


「早え……早えぞ!」


その歓声は、まさに逃走者のものだった。


シオンは興奮のあまり、コクピットの中で鼻息を荒くしていた。

セラフィオンは重厚な駆動音を響かせ、

悠然と地下高速輸送トンネルを飛んでいる。


その姿は、管理局の処刑機クリーナーが玩具に見えるほど神々しく、速い。

入口こそ狭かったが、内部は想像以上に広大だった。

三〇〇年前の文明の残骸が、闇の中に沈んでいる。


『……ハァ。あまり期待の眼差しを向けないでいただけますか、

テリヤキマスター。不愉快です』


脳内に響くセラの声は、聖女というより、

休日出勤を強いられたOLのそれだった。


「せっかく復活したんだぞ!?

このままドカンと一発、

アリんこどもを吹き飛ばして優雅に脱出しようぜ!」


『却下します。現在のエネルギー残量を確認してください』


コンソールが赤く点滅する。


〇・〇二%


「……ゼロ一個多くねえか?」


『いいえ。三〇〇年間放置されていたのです。

今はあなたの情熱(脂ぎった執着心)で辛うじて情動駆動エモーショナル・ドライブ

維持していますが、武器を一つ使えば豪華な棺桶です』


「棺桶!?」


『現在の選択肢は二つです。

“非常にゆっくり歩く”か“派手に自爆する”』


「どっちも死ぬじゃねえか!」


『美しく散るか、情けなく止まるかの違いです』


「選択肢が地獄すぎる!」


『カタログスペックを語る前に、

その懐の合成パンを差し出しなさい』


そして。


『そうすれば、効率計算をしてあげなくもありません』


「絶対やらねえ! 最後の一個だ!命より重い!」


シオンは懐を死守しながら、

電池切れ寸前の伝説機体で泥縄式の逃走を開始した。


「おいセラ! 後ろからヤバい音するぞ!

またあのグリードって野郎か!?」


セラフィオンが油切れのドアのように「ギギギ……」と振り向く。


『落ち着きなさい。それはあなたの腹の虫です。

マイクが最大出力で拾っています』


「俺の腹かよ! 紛らわしいな!」


『騒音公害レベルです』


「うるせえ! それより出口!」


『ナビゲート済みです。前方三〇メートル』


暗い通路の壁に、矢印のホログラムが浮かぶ。

だがその矢印は――なぜか小刻みに震えている。


「……壊れてねえか?」


『省エネモードです。“だいたいこっち”という

ニュアンスを揺らぎで表現しています』


「ニュアンスで道案内すんな!」


背後から、機動ドローンの羽音が迫る。


『敵機接近。名案があります』


「嫌な予感しかしねえ」


『姿勢制御をオフにします。

あなたがコクピット内で暴れてください。

遠心力で前進させます』


「名案のハードル低すぎるだろ!」


『普段の運動不足解消にもなります』


「今それ言う!?」


『四の五の言わずに暴れなさい』


「くそぉぉぉ! 見てろよお袋!

これが俺のダイエット・レヴォリューションだぁぁ!」


シオンが暴れ回る。


セラフィオンは酔っ払いのような軌道で、

壁に火花を散らしながら暗闇を疾走した。


「ハァ……ハァ……無理だ……腹の虫が降伏勧告出してる……」


逃げ込んだ先は、旧時代の巨大なゴミ捨て場。

廃材が山を成す、沈黙の空間。


『情けないですね。

その根性はテリヤキバーガーのレシピより軽いのですか?』


「今それ言うか……」


ゴミの山は静まり返っている。

追手の羽音も、腹の虫も、一瞬だけ遠のいた。


『……もしあなたがここで死ねば、

この世界に“テリヤキの正解”は残りません』


一拍。


『それは、私のデータベースにとって耐えがたい損失です』


「データ扱いかよ……。――ん?」


シオンの視線が止まる。


「おい。あそこ、光ってるぞ」


山積みのガラクタの中に、古びた液体燃料タンクが埋もれている。


『解析中……。三〇〇年前の“高純度マヨネーズ・エッセンス”。

当時の人類が過剰カロリー摂取のために精製した、不健康の結晶です』


「マヨネーズ……? つまり燃料だな!」


『理論上は可能です。しかし私は天使装甲の気高きAIです。

そんな脂ぎった不潔物質を内部回路に――』


「背に腹は代えられねえ!」


ホースを突き刺す。


『イヤァァァ! 回路が! 清楚な論理回路が油脂に侵食されるぅぅ!

……あ、でも……このコク……いいかも……』


「セラ!? 変な目覚め方すんな!」


『……燃焼効率、上昇。出力安定……。くっ……濃厚……』


「語彙どうした!」


その瞬間。


空気が、変わった。


セラの声が、わずかに低くなる。


『……マスター』


「なんだ」


『その背後。

――三〇〇年間、私が“絶対に近づくな”と記録した反応です』


ゴミの山の奥。


赤い目が、ひとつ。


静かに点灯した。


「……ドローンか?」


『いいえ』


目が、二つに増える。


廃材が軋む。

鉄が擦れる。

地面が、ゆっくりと震える。


『……管理局製ではありません』


「じゃあ何だよ」


『――旧時代の“失敗作”です』


ゴミの山が崩れ落ちる。


巨大な影が、ゆっくりと起き上がった。


シオンは唾を飲み込む。


「なあセラ」


『はい』


「電池、何%だ」


『マヨネーズ充填により、〇・三%まで回復しました』


「……心許ねえな」


『ですが』


赤い目が、こちらを見た。


『今は、少しだけ――戦えます』


シオンは、にやりと笑う。


「よし。じゃあテリヤキ抜きの初陣だ」


地下の闇が、ゆっくりと唸った。

次回へ続きます。

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