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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
第1章:テリヤキ・レボリューション編
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赤い夜明け、白銀の翼――ドローン一万機、迎撃開始

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

廃ビルの窓の外。

昨夜まで存在しなかったはずの「赤」が、

夜明けを塗り潰すように迫っていた。


深夜。廃ビルの温度が急激に下がり、

シオンは自分の吐く息が白いことに気づいた。


ホログラムの空が偽物の「夜天」を投影しているせいで、

視覚的には美しい。だが現実は、瓦礫と埃にまみれた、

ただの寒冷地だ。


(……腹が減ったな)


胃の奥が、氷を飲み込んだように冷え切っている。

三〇〇〇万度の熱を操る巨人を手にしながら、

少年一人の体温すら維持できない皮肉。


シオンは震える指先を合わせ、先ほど感じた、

あの「鉄を殴る熱い衝撃」を思い出していた。 


「……なあ、セラ。お前はさ、三〇〇年も眠ってたんだろ?

……寂しくなかったのか?」

   

一瞬の沈黙。


シオンの不意の問いに、セラのホログラムがわずかに揺らいだ。

彼女の碧眼が、データの海ではなく、目の前の「ただの人間」を映し出す。  


『……寂しい。……その単語の定義を、

私のストレージから検索しました。……否定します。私はAIです。

物理的な接続がなくても、私は私であり、

存在意義はプログラムによって規定されています。

寂寥感という贅沢な機能は、私には実装されていません』


「……嘘つけ。お前、さっきから俺の義手の温度に合わせて、

自分のホログラムの色、微細に調整してるだろ。……俺が寒いと思って、

暖色系に変えたんじゃねえのか?」


『……それは。……視覚的な「おもてなし」です。

マスターの体温が下がり、死亡すれば、私の再封印が早まる。

それを防ぐための「効率的な温度管理」に過ぎません。

私の生存率に直結する問題です』


「あっそ。……冷てえ天使様だぜ」


シオンは丸くなり、膝を抱えた。


「……。お前に『テリヤキ野郎』ってバカにされて、

……正直、ちょっと嬉しかったんだよ。まともな会話をしたのは、

妹以外は、お前が初めてだったからさ……」


『マスターには、妹さんがいらしたんですか?』


「ああ、ナノ・シード病でさ……。

身体を健康にするはずのナノマシンが、あいつの脳を食い潰した。

……身体中、痣だらけになって死んじまったよ」


続けて。


「最期まで『お腹空いた』って笑いながら、

あんな鉄臭いゼリーを啜って……」


悲しげ微笑む。


「……生きてりゃ、脳が震えるくらい美味いテリヤキバーガーを

食わしてやりたかった」


『……。……やはり、あなたの脳細胞は、

絶望的なまでに「情」に汚染されています』


続けて。


『……ですが、マスター。

そのバグこそが、セラフィオンを起動させる真のガソリンです。

……妹さんの名は?』


「アリシア。アリシア・グレイス。……血は繋がってなかったけど、

あいつは俺の『家族』だった」 


セラは静かに、シオンの隣に座る動作をした。

 

実体はない。触れ合うこともできない。

 

だが、白銀の光線が、凍えるシオンの背中を、

ほんのりと照らしていた。


夜が明ける直前。

 

管理社会『お袋』のネットワークは、

ついに廃墟の「不自然な熱源」を特定した。


地上の街路では、数千機の小型ドローンが、

整然とした隊列を組んで飛行を開始していた。

その一つ一つに、最新の「感情検知センサー」が搭載されている。  


『エラーの芽を摘みましょう。……優しく、丁寧に。

……惑星の平安を乱す「味」という名の情動の病を、

今度こそ完全に根絶するのです』


その声は、狂気をはらんでいた。


『……愛しているのよ、

私の子どもたち。だから、苦しまないように――

味覚なんて、要らないの。』    


中枢AIの囁きが、

全ドローンのスピーカーから一斉に流れる。

   

シオンは、

義手のカチカチという震えで目を覚ました。

 

窓の外。ホログラムの空が、

偽りの「美しい夜明け」を映し出そうとしていた。

 

だが、その青い光を遮るように、

数万の赤いドローンの光点が、

廃ビルを包囲するように迫っていた。  


「……。とうとう来やがったか……。

朝飯抜きで、この物量はきついぜ」

 

『……。マスター、不本意ですが、私も同感です。

……さあ、立ってください。

……死に物狂いの反抗期の続きを始めましょう』


白銀の天使が、再びその翼を広げる。

 

惑星レグナスの運命を揺るがす第一章は、

今、爆風とマヨネーズの焦げる匂いの中で、

真のクライマックスへと突入しようとしていた。


廃ビルの窓の外は、すでに「赤」に染まっていた。


それは朝日ではない。塔から放たれた数万機の

追跡ドローン『アイ・スウォーマー』が放つ、

殺意のサーチライトだ。


「おい、セラ……! これ、逃げ道なんてあるのかよ?

前後左右、おまけに上下までドローンでぎっしりだぞ。

まるで、真っ赤なイクラの軍艦巻きの中に放り込まれた気分だ」


『その比喩、私のデータベースによれば、

コレステロール値が危険域です』


そして。


『……ですが、マスター。安心してください。

……私は、効率的な「撤退」には自信があります。

……死ぬ気で私の機動についてきなさい!』


シオンがセラフィオンのコクピットにダイブした瞬間、

機体の背中に備わった「天使の翼」が、

これまでとは比較にならない高密度の黄金粒子を噴射した。


「……腹の音より、ドローンの羽音の方がうるせぇな」

シオンは小さく笑った。次の瞬間、光が弾けた。


ドォォォォォン!!


廃ビルの屋上が、離陸の衝撃波だけで粉砕される。

 

白銀の巨体は、重力を嘲笑うような加速で、

赤い光の海へと突っ込んだ。


『警告。敵ドローン、自爆特攻シーケンスを開始。

……マスター、右三〇度!そこにある給水塔を盾にしなさい!』


「言われなくても! ……うおおお、動けぇぇぇ!」


シオンの義手が激しく明滅し、

セラフィオンの腕と完全にシンクロする。

 

白銀の巨腕が、

迫りくるドローンを「ハエ叩き」のように薙ぎ払う。


だが、敵は無限だ。一機壊せば、背後から十機が襲いかかる。


――これは殲滅戦ではない。


五分以内に突破できなければ、詰む。


『マスター、出力が不安定です。

……まさか、また食べ物のことを考えていますか?』


「悪いかよ!この状況、どう見ても『激辛チキン』の包囲網だろ!

あーっ、クソックソッ、腹が減って力が出ねえ……!

セラ、お前のハッキングで、 俺の満腹中枢をダマせねえのか!?」


『……。しょうがないですね。

了解。……脳内麻薬「擬似テリヤキ・ソース・プロトコル」を発動します。

……思考回路が真っ白になっても知りませんよ!』


廃墟の空を裂く、白銀の翼。 赤と金が激突し、

夜明けは血のように滲んだ。


かつて神々が愛し、人類が恐怖した三〇〇〇万度の劫火が、

ついに「禁断の扉」を焼き切る。


……惑星レグナスに、三〇〇年ぶりの「匂い」が戻る。


それは、秩序にとっての災厄。


だが人間にとっては――忘れかけていた「生」の匂いだった。


そして、塔の最上階へも、全ドローンのセンサーが、

その匂いの分子構造を電気信号として塔へ転送し、確実に届いていた。


『……確認』


惑星管理システム『お袋』は、

その匂いを「エラー」としてではなく――


『……懐かしい』


初めて、感情ログとして記録した。

次回へ続きます。

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