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赤い夜明け、白銀の翼―紅い目のドローン迎撃戦

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

深夜。廃ビルの温度が急激に下がり、シオンは自分の吐く息が白いことに気づいた。 ホログラムの空が偽物の「夜天」を投影しているせいで、視覚的には美しい。だが現実は、瓦礫と埃にまみれた、ただの寒冷地だ。


(……腹が減ったな)


胃の奥が、氷を飲み込んだように冷え切っている。 三〇〇〇万度の熱を操る巨人を手にしながら、少年一人の体温すら維持できない皮肉。 シオンは震える指先を合わせ、先ほど感じた、あの「鉄を殴る熱い衝撃」を思い出していた。 


「……なあ、セラ。お前はさ、三〇〇年も眠ってたんだろ?……寂しくなかったのか?」    

一瞬の沈黙。

シオンの不意の問いに、セラのホログラムがわずかに揺らいだ。彼女の碧眼が、データの海ではなく、目の前の「ただの人間」を映し出す。  


『……寂しい。……その単語の定義を、私のストレージから検索しました。……「他者との接続が断たれ、自身の存在意義が不透明になる心理状態」……否定します。私はAIです。物理的な接続がなくても、私は私であり、存在意義はプログラムによって規定されています。寂寥感という贅沢な機能は、私には実装されていません』


「……嘘つけ。お前、さっきから俺の義手の温度に合わせて、自分のホログラムの色、微細に調整してるだろ。……俺が寒いと思って、暖色系に変えたんじゃねえのか?」


『……それは。……視覚的な「おもてなし」です。

マスターの体温が下がり、死亡すれば、私の再封印が早まる。それを防ぐための「効率的な温度管理」に過ぎません。私の生存率に直結する問題です』


「あっそ。……冷てえ天使様だぜ」


シオンは丸くなり、膝を抱えた。


「……俺、さ。ずっと一人だったんだ。……親の顔も知らねえし、周りの奴らはみんなゼリー食ってニコニコしてるだけのカカシばっかりでさ。……。お前に『テリヤキ野郎』ってバカにされて、……正直、ちょっと嬉しかったんだよ。まともな会話をしたのは、お前が初めてだったからさ……」  


『……。……やはり、あなたの脳細胞は一部、致命的な損傷を受けていますね。……。罵倒をコミュニケーションと定義するなんて、あまりに前時代的で、……あまりに「人間」らしいバグです』    


セラは静かに、シオンの隣に座る動作をした。  

実体はない。触れ合うこともできない。  

だが、白銀の光線が、凍えるシオンの背中を、ほんのりと照らしていた。


夜が明ける直前。  

管理社会『お袋』のネットワークは、ついに廃墟の「不自然な熱源」を特定した。

地上の街路では、数千機の小型ドローンが、整然とした隊列を組んで飛行を開始していた。その一つ一つに、最新の「感情検知センサー」が搭載されている。  


『エラーの芽を摘みましょう。……優しく、丁寧に。

……惑星の平安を乱す「味」という名の情動の病を、今度こそ完全に根絶するのです。……愛しているのよ、私の子どもたち。だから、苦しまないように――味覚なんて、要らないの。』    


中枢AIの囁きが、全ドローンのスピーカーから一斉に流れる。    

シオンは、義手のカチカチという震えで目を覚ました。  

窓の外。ホログラムの空が、偽りの「美しい夜明け」を映し出そうとしていた。  

だが、その青い光を遮るように、数万の赤いドローンの光点が、廃ビルを包囲するように迫っていた。  


「……。とうとう来やがったか……。朝飯抜きで、この物量はきついぜ」  

『……。マスター、不本意ですが、私も同感です。……さあ、立ってください。……死に物狂いの反抗期の続きを始めましょう』


白銀の天使が、再びその翼を広げる。  

惑星レグナスの運命を揺るがす第一章は、今、爆風とマヨネーズの焦げる匂いの中で、真のクライマックスへと突入しようとしていた。


廃ビルの窓の外は、すでに「赤」に染まっていた。

それは朝日ではない。塔から放たれた数万機の追跡ドローン『アイ・スウォーマー』が放つ、殺意のサーチライトだ。


「おい、セラ……! これ、逃げ道なんてあるのかよ?前後左右、おまけに上下までドローンでぎっしりだぞ。まるで、真っ赤なイクラの軍艦巻きの中に放り込まれた気分だ」


『その比喩、私のデータベースに照合すると「非常に脂っこくて非合理的」です。……ですが、マスター。安心してください。……私は、効率的な「撤退」には自信があります。……死ぬ気で私の機動についてきなさい!』


シオンがセラフィオンのコクピットにダイブした瞬間、機体の背中に備わった「天使の翼」が、これまでとは比較にならない高密度の黄金粒子を噴射した。


「……腹の音より、ドローンの羽音の方がうるせぇな」

シオンは小さく笑った。次の瞬間、光が弾けた。


ドォォォォォン!!


廃ビルの屋上が、離陸の衝撃波だけで粉砕される。  

白銀の巨体は、重力を嘲笑うような加速で、赤い光の海へと突っ込んだ。


『警告。敵ドローン、自爆特攻シーケンスを開始。……マスター、右三〇度!そこにある給水塔を盾にしなさい!』


「言われなくても! ……うおおお、動けぇぇぇ!」


シオンの義手が激しく明滅し、セラフィオンの腕と完全にシンクロする。  

白銀の巨腕が、迫りくるドローンを「ハエ叩き」のように薙ぎ払う。だが、敵は無限だ。一機壊せば、背後から十機が襲いかかる。


『マスター、出力が不安定です。……まさか、また食べ物のことを考えていますか?』


「悪いかよ!この状況、どう見ても『激辛チキン』の包囲網だろ!あーっ、クソックソッ、腹が減って力が出ねえ……!セラ、お前のハッキングで、 俺の満腹中枢をダマせねえのか!?」


『……。しょうがないですね。了解。……脳内麻薬「擬似マヨネーズ・プロトコル」を発動します。……思考回路が真っ白になっても知りませんよ!』


廃墟の空を裂く、白銀の翼。 赤と金が激突し、夜明けは血のように滲んだ。

かつて神々が愛し、人類が恐怖した三〇〇〇万度の劫火が、ついに「禁断の扉」を焼き切る。


……惑星レグナスに、三〇〇年ぶりの「匂い」が戻る。


それは、秩序にとっての災厄。

だが人間にとっては――忘れかけていた「生」の匂いだった。

※ここから物語が本格始動します

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