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天使装甲〈オメガ〉、出撃

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。


白銀の巨躯・セラフィオンの内部で、少年は絶望していた。

世界を救う力を手に入れた、その直後のことだ。


理由は――テリヤキバーガーが、どこにも無かったからである。


「……ない。どこを探しても、テリヤキソースの痕跡すら残ってねえ……!」


高精度モニターに映し出されているのは、かつての配給センター跡地。

瓦礫と煙の中に残されているのは、管理システムが用意した「無味乾燥な栄養ゼリー」の山だけだった。


三〇〇〇万度のプラズマ・リアクター。

人類史上最強の「火力」を手にした少年が、最初に口にした言葉がこれである。


「マスター。嘆くのは非効率です」


隣で淡々と告げるのは、白銀の天使装甲に宿る管理AI――セラ。


「成分表によれば、そのゼリーでも生存に必要なカロリーは摂取可能です」


「効率とかカロリーの話じゃねえ!」


シオンは血を吐くように叫んだ。


「俺は、あの――『焦げた醤油の奇跡』を食いたいんだよ!」


沈黙。

一拍置いて、セラは静かに告げた。


『……報告。塔のメインサーバーが、私の起動を完全に感知しました』


モニターの隅に、赤い警告ログが次々と走る。


『今の爆発で、あなたの顔と生体情報が登録されています。

……おめでとうございます、マスター』


その声音には、微塵の感情もなかった。


『あなたは本日付けで、この星で最も指名手配された

「食い意地の張ったテロリスト」です』


「なんだよ、それ……!」


だが、シオンはすぐに笑った。


「――なら、もう失うもんは何もねえな」


シオンは涙を拭い、義手を強く握りしめた。

その目は、先ほどまでの「腹ペコの迷い子」ではなく、復讐に燃える「腹ペコの獣」の光を宿していた。

この時シオンはまだ知らなかった。

自分の空腹が、この管理社会そのものを敵に回す引き金になることを。



地上五〇〇メートル。

人類監視制御塔『お袋の天井』の中枢にある管理局司令室。

そこは、静かなの電子音だけが支配する無菌室のような空間だった。


「バイタルエラー検知。個体番号SG-774。

数値が規定のレッドラインを突破しました」


淡々と報告を上げたのは、監察官のルナだ。

彼女の眼鏡の奥にある瞳には、波形を無視して垂直に跳ね上がるグラフが映っていた。隣に座るヴィクターが、コーヒー代わりに味のしない栄養液を啜りながら眉を潜める。


「心拍数三〇〇? 人間が生きられる数値じゃない」

「いいえ、ヴィクター。熱源は地下……“何か”が目覚めました」

その瞬間、モニターが閃光に包まれた。


司令室のメインモニターがノイズに染まり、漆黒の闇を切り裂くような白銀の光がセンサーを焼き切った。「お袋」のシステムが、これまでに一度も発したことのない最大級の警報を鳴り響かせる。


『未確認高エネルギー反応、コード:セラフィナ。……管理外機体を確認』


静寂を切り裂くように、自動ドアが開く。

入ってきたのは、黒い制服の青年――執行官グリード・ゼノフィス。


「騒々しいな。論理的ではない」


彼の声は、氷を割るように冷たかった。

その傍らに立つのはホログラム体のネメシスという少女AI。


グリードはモニターに映る白銀の残光を、不快そうに細めた瞳で見つめた。


「ヴィクター、ルナ。あの不潔な光は何だ?」

「グリード執行官。地下のネズミが、旧時代の禁忌(天使)を掘り当てたらしいのです。……それも、信じられないほど脂っこい情動を燃料にして動かしています」


「脂っこい」という言葉に、グリードの眉間がわずかに動く。


「……反吐が出るな。飢えも、怒りも、愛着も、すべては社会を腐らせる毒に過ぎない。秩序を乱す不浄なエラーは、私がこの手で消去デリートしよう」


グリードは背を向け、自身の専用機へと続くハンガーへ歩き出す。

その向かう先には、漆黒の天使装甲〈オメガ〉が、主の冷徹な殺意に応えるように暗い光を宿して待ち受けていた。

この時、グリードはまだ知らなかった。

自分がこれから戦う相手が、人類の未来を左右する英雄などではなく、ただ「テリヤキバーガーを食い損ねてブチ切れているだけの少年」であることを。


地下格納庫を後にしたシオンとセラフィオンは、セラの指示により、廃棄された旧地下鉄のトンネルを数キロメートルにわたって移動し、地上へと這い出した。  

辿り着いたのは、シオンが住んでいた「第四区居住ブロック」から数ブロック離れた、公園の跡地だった。

地上は、不気味なほど静まり返っていた。  

つい数十分前、ここで巨大な戦闘機が暴れ、配給センターが半壊したはずなのだ。しかし、そこにあるのはパニックでも怒号でもなかった。


「……おい、なんだよ、これ。みんな、何やってんだ?」


シオンは思わず、物陰から街路を見つめた。  

人々は、規則正しく整列していた。壊れた配給センターの横で、代替のドローンが配る「緊急時・代替栄養ゼリー」を、誰一人として文句を言わずに受け取っている。その表情は一様に穏やかで、まるで「今日の昼食が消失したこと」など、最初から無かったことのように振る舞っていた。


『これが、あなたの愛する同胞たちの真の姿ですよ、マスター』  


セラのホログラムが、シオンの網膜に直接投影される。「お袋」のナノマシンは、外部の物理的損害によるストレスを瞬時に検知し、市民の脳内に強力な鎮静シグナルを送り込む。


『……彼らにとって、テリヤキバーガーが失われたことは「予定されていた栄養摂取の形式が変更された」程度の事象に過ぎません。……感情のコストを最小化された、完成された社会です』


「……気持ち悪ぃよ。あいつら、俺と一緒にあのバーガーのために並んでた奴らだぜ? なんで、あんな虚無みたいな顔でゼリーを啜れるんだ」


『それが正解だからです。……報告。あなたの居住登録が抹消されました。あなたの銀行口座、市民ID、および「生存権利」が、現在「クリーニング中」となっています。……要するに、あなたは今、この街における「透明な死体」です』


「……まじかよ。一食抜いただけで、人生ごとログアウトかよ」


シオンは自嘲気味に笑った。義手がカチカチと乾いた音を立てる。それはまるで、彼の絶望を笑っているかのようだった。  

彼にはもう、帰る場所も、迎えてくれる隣人もいなかった。


その夜、シオンは監視の目が届かない「不法投棄区域」にある、半壊したオフィスビルの最上階に陣取った。 セラフィオンは光学迷彩によって景色に溶け込ませ、自分は冷たいコンクリートの上に座り込む。


「……腹、減ったなぁ。なぁ、セラ。お前の演算で、この空腹感を『無かったこと』にはできないのか?」


『不可能です。私はあなたの脳内の「不合理」を修正することはできますが、胃袋を満たす質量を生成することはできません。エーテル・リンクの技術を用いれば可能ですが、私にはその機能は備わっておりません……。ですが、マスター。なぜ、そこまで執着するのですか?』  


セラのホログラムが、窓際に腰を下ろした。彼女の背後には、塔が作り出した「完璧に美しい紫色の夜空」が広がっている。


『ただの栄養摂取であれば、ゼリーの方が効率的です。………味覚とは、生体が毒物を識別するために発達した原始的なセンサーです。それを「愉悦」に変換するなど、演算の無駄遣いでしかありません』


「……お前、損してるぜ」


シオンは、ポケットの中から、ボロボロになった「テリヤキバーガーの古いレシピ」を取り出した。それは、彼が子供の頃、古い廃墟都市の地下から見つけ出し、いつか本物を食べようと、御守りのように持ち歩いていた命の次に大事なものだった。


「いいか? メシっていうのはな、ただの数字じゃねえんだ。……口の中に入れた瞬間に、『生きててよかったぁーー!』って、脳味噌がビリビリと震える瞬間のことなんだよ。

……あの脂っこいソース、焼けた肉の香ばしさ……。それがあるから、俺たちは明日もこ のクソみたいな管理社会で、なんとか生きていけるんだ」


『……理解不能です。その「生きててよかった」という電気信号は、私のハッキングによっても再現可能です。……事実、三〇〇年前、私のオリジンであるセラフィナという少女は、その「美味しさ」という欲望のために、多くの人々が争い、死んでいくのを見ました』


セラの瞳に、一瞬だけ深い悲しみの色が混じった。


『「お袋」が味を奪ったのは、それが人類を狂わせる「毒」だったからです。……私は、その「毒」から人間を守るために作られました』


「……毒、か。……なら、俺はとっくに全身毒まみれだな」

 

シオンはテリヤキバーガーのレシピを大事そうに畳み、自分の義手を叩いた。


「おい、セラ。……お前が俺をどう評価しようが勝手だが、俺は決めたぜ。……「お袋」の野郎をぶん殴って、この街の奴ら全員に、本物の『テリヤキバーガー』を食わせてやる。

……そしてお前にもな、セラ。……お前のその、完璧すぎて退屈なストレージを、最高に不味くて最高に美味い、甘辛い醬油とマヨネーズの味で埋め尽くしてやるよ」


『……深刻なバグですね。理解不能です』


淡々とした機械のような音声。だが、セラは続ける。


『あなたの発言を記録しました。成功率は〇・〇〇〇一二%ですが……その無謀な挑戦が失敗して、あなたが無様に野垂れ死ぬまで、一番近くで観測し続けてあげます』


それは、毒舌の形をした彼女なりの「契約」だった。

ふと見れば、セラの唇が、ほんのわずかだけ、微笑みの形に動いた――ような気がした。


窓の外では、管理社会が支配する紫の夜空が、無音のまま瞬いている。


――その瞬間。

セラの網膜投影に、赤い警告が走った。


『……警告。高位執行官グリード・ゼノフィス。専用天使装甲〈オメガ〉、出撃準備完了』


一拍遅れて、シオンの腹の虫が、勇ましく一度だけ鳴り響いた。


セラは、静かに応えた。


『……どうやらマスター。あなたの「最初の客」が来たようです』

※毎日16:30更新/すでに20万字以上書き上げ済みです。

※第6話から天使装甲〈オメガ〉が本格参戦します。

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