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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
第1章:テリヤキ・レボリューション編
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腹ペコの救世主、天使の反抗

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

「……。修正できないなら捨てる、か。……。効率的すぎて吐き気がするぜ」


ニナの体は驚くほど軽かった。かつて、骨と皮だけになりながら自分の腕の中で冷たくなっていったアリシアと同じ、絶望的な軽さだ。シオンの義手が、その重みを記憶から引き摺り出すように、カチリと小さく鳴った。


テントの中に漂うのは、鉄と消毒液の混じった臭い。

ベッド代わりの古いパレットの上には、もう一人、少年が静かに眠っていた――タク。

彼の胸に走る黒い紋様は、ニナよりも濃く、まるで血管そのものが焦げているようだった。


姉・妹・弟とも3人がエラー・コードということだった。

姉であるリナはナノ・シード病が発症せず、比較的上層のエラータウンに住んでいる。

しかし、妹のニナと弟のタクはナノ・シード病を発症。隔離されているのだ。

両親はこの下層ロウアーの中で、ナノ・シード病ですでに亡くなったらしい。


「あたしら姉弟は、このエラータウンでジャンク屋をやっててね。地下に放棄された機械の部品を売って金を稼いでいたんだよ。でも、半年前に妹と弟がナノ・シード病になっちまって、ここに隔離されたんだ。ナノ・シード病は伝染するってね」


エラー・コードは配給はまともに受けられない。食っていくためには働かなければならないのだ。リナは幼い妹と弟を治すために東奔西走した。だが、ナノ・シード病はまともな病ではない。「お袋」直轄のナノテクノロジー技術で脳内のナノ・シードを除去するしか方法はないが、「お袋」はそれを許さなかった。


「『お袋』にとっては、あたしたちは壊れた歯車と同じさ。修理するコストをかけるより、地下に投げ捨てて腐るのを待つ方が効率的。……地上の連中が笑うたびに、この子たちの脳みそが焼かれる。そんなの、あんまりじゃないか……」


「セラ、何とかならないのか?」

『ナノ・シード病は伝染病ではありませんが、セラフィオンの機能では、何とも……。ニナさんの病状を止めるのが精一杯です』


「どうしたんじゃリナ!……。それに、あんたは……」

 

近くのテントの中から、一人の老人が現れた。最下層ロウアーの長と思われる、その男、バルトは、シオンの右腕――その義手を見た瞬間、目を見開いて膝をついた。


「……。……。その腕。……。……ああ、伝説は真実だったのか。……。……『反抗期の天使を連れた、腹ペコの救世主』が現れるという……」


「救世主?……。悪いが爺さん、俺はただのテリヤキ好きの逃亡者だ。……。それより、このガキたちを助けてやってくれ。セラが一時的に凌いだが、長くはもたねえ」


二ナとタクの症状を安定させるには、体内のナノマシンを鎮静化させるための「強力な抗酸化物質」と、何より「生きる意志を呼び覚ますための強烈な刺激」が必要だった。


「生きる意志? 強烈な刺激? それは何だよ」


『グダグダと説明している時間はありません。論理的な結論を申し上げます』


セラの声が、電子的な鋭さを増した。


『マスター、今すぐあなたの持つレシピ通りに「テリヤキバーガー」を作りなさい!』


セラが、不意に、しかし断固とした口調で命じた。


「はあ!?……。今からかよ!……。しかも、こんなゴミ捨て場みたいな場所で、材料なんてあるわけねえだろ!」


『……。材料なら、物流ターミナルの中から、私の演算で特定済みです。……。コンテナ三〇二番に、未開封の合成小麦粉の残骸があります。……。五〇八番には、保存状態のいい植物性油が。……。そして、あなたが拾ったあの「醤油煮込みの缶詰」をベースに、化学的にテリヤキソースを再構成します。……。

あとは、あなたの持つ古いレシピが、今こそ役に立つのです!

いいですか、シオン。……。これは「料理」ではありません。……。ただ食べるだけでは足りません。お袋の管理信号を上書きするほどのドーパミンを強制分泌させるのです。……糖分、塩分、脂質! 管理社会が最も忌み嫌う「快楽の暴力」で、彼らの神経系を再起動させます!』


「か、化学兵器だと?何だそれ」


シオンは間抜けな顔をする。セラの言葉に理解が追いつかない。


『間抜け顔をさらさないでください。これは実行あるのみです。』


『いいですか、シオン。……これは「料理」ではありません。……死にかけた彼らの脳に直接叩き込む、管理システムへの「カウンター・ウイルス」の製造です!』


そこから、前代未聞の調理が始まった。

シオンはアリシアを死なせた時の、あの無力感を思い出しながら、汚れたコンクリートを力一杯踏みしめた。


「……。アリシア。俺、あの時は何もできなかったけど。……。今は、この『不衛生な情熱』が右腕にある。……見てろよ」


『火力、0.5度高い! タンパク質が変性、即やり直し!』


『そのレシピによれば、小麦粉に混ぜる水の量は一四・二ミリリットル。一滴でも過ぎれば、それはパンではなく「不快な粘土」になります! 脳への衝撃が足りません!』


「うおぉぉ!厳しすぎだ!義手の指がもう限界だ!」


『……。文句を言う暇があるなら、その「不衛生な情動」を生地に叩き込みなさい!』


セラの激しい叱咤が飛ぶ。


『三〇〇年前の記録によれば、最高の調味料は「飢え」であり、隠し味は「愛情」だそうです。……マスター、今のあなたに愛情があるかは不明ですが、アリシアさんを救えなかったその「悔恨」を、パン生地に叩き込みなさい!』


一時間後。

地下の淀んだ空気の中に、奇跡のような香りが漂い始めた。

醤油の焼ける、暴力的なまでに芳醇な匂い。


『……不思議ですね。私のシステム温度がわずかに上昇を続けています。……三〇〇年前の記録によれば、料理の隠し味は「愛情」だそうですが、今のあなたに必要なのは、運命への「意地」です。……。さあ、完成しました。毒(管理)を制する、毒(快楽)を振る舞いなさい!』


香ばしいパン。煮詰まった醤油と砂糖。パチパチと膨らむ音。地下に奇跡の香りが広がった。

その音に、人々の腹が同時に鳴った。

最下層ロウアーの人々が、一人、また一人と、ふらふらとテントの周りに集まってくる。

彼らの虚ろだった瞳に、三〇〇年ぶりに「飢え」という名の、人間らしい光が戻り始めていた。


その光は――失われた味覚の夜明けだった。

この回は、シリーズの根幹であるテーマ――

「食べる=生きる」「味覚=人間性」をはっきりと形にするエピソードでした。

そして、ついにシオンのレシピが役に立ちました。

次回、続きます。

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