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『美味い』は禁止です。――それでも俺は、テリヤキを焼く  作者: 野村組
第1章:テリヤキ・レボリューション編
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絶望のエラータウン

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

シオンが缶詰を平らげ、ようやく人心地ついた頃。

背後の瓦礫の山が、カサリと乾いた音を立てた。


「……誰だ! グリードか!?」


シオンは反射的に義手を構えた。だが、そこにいたのは漆黒の天使ではなく、泥にまみれたボロ布を纏った、一人の少女だった。

年の頃は八歳くらいか。少女は、シオンの手にある空の缶詰を、飢えた野獣のような、それでいて今にも消え入りそうな瞳でジッと見つめていた。


「……。……。それ、……分けて……」


「ア、アリシア……」


シオンの心臓が跳ねた。一瞬、その子が死んだ妹に見えたのだ。

だが、現実は残酷だ。シオンが「悪いな、お嬢ちゃん、これはもう空っぽだ」と告げた瞬間、少女は支えを失った人形のように、その場に崩れ落ちた。


『マスター、緊急報告! 彼女の脳内で管理信号が「猛毒」に変換されています。……高濃度のナノ・シード拒絶反応。このままではあと数分で脳が焼き切れます。……これはマスターの妹さんと同じ、ナノ・シード病です!』


「なんだって……!? アリシアと同じだと!?」


シオンは少女を抱き上げた。あまりに軽い、そして、あまりに冷たい。

「お袋」が地上の人々に送る「幸せの電波」が、適応できない者にとっては脳を焼く業火になる。かつて、何も知らずにアリシアの痣が増えていくのをただ見守るしかできなかったあの夜の無力感が、シオンの胃の腑を焦ぜた。


「セラ! セラフィオンに『解毒剤』はねえのか! 3000万度の熱が出せるなら、こんな病気くらい焼き切れねえのかよ!」


『……医療ユニットは未実装ですが、私の人格回路を一時的に彼女の脳へと流し込み、暴走を強制上書き(オーバーライド)することは可能です。……ただし、これを行うと私のバックアップデータの一部が失われるリスクがあります。……私という個体が、変質するかもしれません』


「……やれ。やってくれ!! あんな思いはもう、御免だ。それに、俺がバーガーを奢る相手を、これ以上減らしたくねえんだ!」


『……。あなたは本当に、計算違いの塊ですね。……了解しました、リンク開始』


セラの光が少女を包み、命を繋ぎ止める。

シオンは少女を抱えたまま、巨大なコンテナの迷路を抜け、その先にある「街」……掃き溜めのような集落へと辿り着いた。


「……ここが、エラータウンの下層ロウアーか」


そこは、異様な雰囲気に包まれていた。錆びた鉄骨と廃棄されたプラスチックで組まれた住居らしき建物から、大勢の視線がシオンたちに注がれている。

その目は、落ちくぼみ生命の残り火が微かにのぞいているようだった。

住居の隙間からは、煤に汚れた人々が、黒い痣を浮かべて喘いでいる。そこへ、一人の少女が駆け寄ってきた。


「ニナ!!!」


茶色の短髪にゴーグル。先ほど、開発局員の追っ手のドローンからシオンを路地裏に引き込んで匿ってくれた恩人、リナ・アスカールだった。


「シオン!? シオンじゃないか!あんた、ニナを見つけてくれたのかい! おまけに……その腕、さっきは気づかなかったけど、なんてデカいナノマシン構造フレームしてんのさ……! 物理的な接続プラグも見当たらないのに、なんでこんな高密度のエーテル反応が出てんのさ……!」


リナは妹を受け取りながらも、メカニックとしての本能か、一瞬シオンの義手に戦慄に近い驚きを隠せなかった。だがすぐに、妹の容態を見てとり、顔を強張らせた。


「……ニナ、また発作が。……あたしたち不適合者エラー・コードは、ただここに捨てられただけじゃない。地上の『お袋』が笑うたびに、あたしたちの脳に埋め込まれたチップ(ナノ・シード)が暴走して、内側から食い破られるんだ。……幸福の余りカスを毒にして流し込まれる。それがこの街のルールなんだよ。ねえ、シオン。あんたは、この子を助けてくれたのかい?」


シオンは沈黙したまま、拳を握りしめた。

感情をコントロールし、争いをなくすための「平和のナノ・シード」。

それが、システムに馴染めぬ者にとっては、ただの「死の種」に成り下がっている。


『……マスター。ここにいる人々の八割が末期症状です。彼らは、管理を拒絶した代償として、自分自身の肉体に焼き殺されようとしています。……この構造的な虐殺を、地上では「平和」と呼称しています』


シオンは地下の汚れた天井を見上げた。その先にある、無菌で、残酷で、退屈なほど幸福な「地上」へ。


「……味のしねえゼリーと一緒に、毒まで食わせてやがったのか、あのお袋は。……。リナ。……このニナはもう大丈夫だ。俺の相棒が、少しだけ無理してくれたからな。……礼ならあいつに言ってやってくれ」


シオンの義手が、静かに黄金の熱を帯びる。

それは街を破壊するための力ではなく、凍てついた地下街で、唯一「生命」を肯定し、凍えた魂を温めるための熱だった。


その光に当てられた周囲の人々が、呆然と顔を上げる。死を待つだけだった虚ろな瞳に、一瞬だけ、かつて人類が「希望」と呼んだ原始的な輝きが反射した。

煤けた闇を切り裂く白銀の天使の残光。それは、無味乾燥な管理社会が最も恐れ、そしてシオンが最も渇望した、火傷しそうなほどに熱い「生」の証明だった。

次回、ついにシオンのテリヤキバーガーのレシピが役立ちます。

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