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腹ペコの救世主、天使の反抗

これは、人類が「味覚」を手放した後の世界の物語です。

「……。修正できないなら捨てる、か。……。効率的すぎて吐き気がするぜ」


シオンはニナの軽い体を抱え、泥だらけの布をかき分けた。

テントの中に漂うのは、鉄と消毒液の混じった臭い。

ベッド代わりの古いパレットの上には、もう一人、少年が静かに眠っていた――タク。

彼の胸に走る黒い紋様は、ニナよりも濃く、まるで血管そのものが焦げているようだった。


姉・妹・弟とも3人がエラー・コードということだった。

姉であるリナはナノ・シード病が発症せず、比較的上層のエラータウンに住んでいる。

しかし、妹のニナと弟のタクはナノ・シード病を発症。隔離されているのだ。

両親はこの下層ロウアーの中で、ナノ・シード病ですでに亡くなったらしい。


「あたしら姉弟は、このエラータウンでジャンク屋をやっててね。地下に放棄された機械の部品を売って金を稼いでいたんだよ。でも、半年前に妹と弟がナノ・シード病になっちまって、ここに隔離されたんだ。ナノ・シード病は伝染するってね」


エラー・コードは配給はまともに受けられない。食っていくためには働かなければならないのだ。リナは幼い妹と弟を治すために東奔西走した。だが、ナノ・シード病はまともな病ではない。「お袋」直轄のナノテクノロジー技術で脳内のナノ・シードを除去するしか方法はないが、「お袋」はそれを許さなかった。


「セラ、何とかならないのか?」

『ナノ・シード病は伝染病ではありませんが、セラフィオンの機能では、何とも……。ニナさんの病状を止めるのが精一杯です』


「どうしたんじゃリナ!……。それに、あんたは……」

 

近くのテントの中から、一人の老人が現れた。最下層ロウアーの長と思われる、その男、バルトは、シオンの右腕――その義手を見た瞬間、目を見開いて膝をついた。


「……。……。その腕。……。……ああ、伝説は真実だったのか。……。……『反抗期の天使を連れた、腹ペコの救世主』が現れるという……」


「救世主?……。悪いが爺さん、俺はただのテリヤキ好きの逃亡者だ。……。それより、このガキたちを助けてやってくれ。セラが一時的に凌いだが、長くはもたねえ」


二ナとタクの症状を安定させるには、体内のナノマシンを鎮静化させるための「強力な抗酸化物質」と、何より「生きる意志を呼び覚ますための強烈な刺激」が必要だった。


「生きる意思?強烈な刺激?それは何だよ」


『グダグダと説明している時間はありません。論理的な結論を申し上げます』

セラの声が、わずかに低くなった。

『マスター、今すぐあなたの持つレシピ通りに「テリヤキバーガー」を作りなさい!』


セラが、不意に、しかし断固とした口調で命じた。


「はあ!?……。今からかよ!……。しかも、こんなゴミ捨て場みたいな場所で、材料なんてあるわけねえだろ!」


『……。材料なら、物流ターミナルの中から、私の演算で特定済みです。……。コンテナ三〇二番に、未開封の合成小麦粉の残骸があります。……。五〇八番には、保存状態のいい植物性油が。……。そして、あなたが拾ったあの「醤油煮込みの缶詰」をベースに、化学的にテリヤキソースを再構成します。……。

あとは、あなたの持つ古いレシピが、今こそ役に立つのです!

いいですか、シオン。……。これは「料理」ではありません。……。彼らの脳内報酬系をハッキングするための「化学兵器」の製造です!』


「か、化学兵器だと?何だそれ」


シオンは間抜けな顔をする。セラの言葉に理解が追いつかない。


『間抜け顔をさらさないでください。これは実行あるのみです。』


そこから、前代未聞の調理が始まった。  

セラフィオンの指先から放たれる精密レーザーが、ドラム缶を瞬時に切り裂き、即席のオーブンを作る。  

セラはシオンの視界に、ミリグラム単位の調合指示と、一秒単位の火加減をホログラムで投影した。


『火力、0.5度高い!タンパク質が変性、即やり直し!』


『そのレシピによれば、小麦粉に混ぜる水の量は一四・二ミリリットル。一滴でも過ぎれば、それはパンではなく「不快な粘土」になります!』


「うおぉぉ!厳しすぎだ!義手の指がもう限界だ!」


『……。文句を言う暇があるなら、その「不衛生な情動」を生地に叩き込みなさい!』

セラの激しい叱咤が飛ぶ。

『……不思議ですね。……この演算をしていると、私のシステム温度がわずかに上がります。

三〇〇年前の記録によれば、料理の隠し味は「愛情」……。いいえ、今のあなたに必要なのは「意地」です』


一時間後。

地下の淀んだ空気の中に、奇跡のような香りが漂い始めた。

香ばしいパン。煮詰まった醤油と砂糖。パチパチと膨らむ音。地下に奇跡の香りが広がった。

その音に、人々の腹が同時に鳴った。

最下層ロウアーの人々が、一人、また一人と、ふらふらとテントの周りに集まってくる。

彼らの虚ろだった瞳に、三〇〇年ぶりに「飢え」という名の、人間らしい光が戻り始めていた。


その光は――失われた味覚の夜明けだった。

この回は、シリーズの根幹であるテーマ――

「食べる=生きる」「味覚=人間性」をはっきりと形にするエピソードでした。

そして、ついにシオンのレシピが役に立ちました。

次回、続きます。

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