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盗撮の盗撮

 家へ帰ると、どっと疲れが押し寄せてくる。そのままベッドへと倒れ込んだ。


 目覚めると深夜になっていた。腹が減った。親もメシの時ぐらい起こしてくれればいいのに。両親を軽く怨みながら冷蔵庫を漁る。残り物があったので、軽食程度に腹を満たした。


 気絶に近いほどの熟睡だったせいか、体力はかなり回復していた。とは言っても、このまま朝まで起きていれば昼間に電池切れで死にそうだが。


 パソコンを開く。こんな時間だけど、何か書くか。どちらにせよ俺にはこれしか出来ない。


 鮫島に知られてしまったアカウントは消して、新しいやつでも作るか。過去作はどうしようかと思ったけど、どうせそこまで知られてもいない。データ自体は取ってあるからどこかで陽の目を見ることは出来るだろう。それが何十年後になるかは知らないけど。


 アカウントを消すためにネット小説のサイトにログインをする。メールが来ているとの通知があった。嫌な予感。無視しようと思ったが、本能は「それはやめろ」と言っていた。


 メールを開ける。リンクが貼り付けられている。よく知られた動画サイトだった。


 タイトルを見て、息が止まる。


「犯罪者 鬼頭守の素顔」


 明らかにヤバいが、スルーは出来なかった。


 クリック。動画サイトに飛ぶ。これから何を見せられるというのか。


 動画が始まる。よく知った風景が映り込む。教室。俺の通う学校のものだ。


 心臓が早鐘を打つ。とても嫌な予感がした。


「げ」


 人が映り込む。というか、俺の後ろ姿だった。知らぬ間に盗撮されていた。


「マジかよ」


 ということは……撮影者の意図が分かった気がした。


 俺は周囲を見渡し、隠しカメラとレコーダーを設置している。なんてこった。全てお見通しというわけか。


 動画にテロップが出てくる。


「この学校では体育の時に男女別に着替えがあり、女子はこの教室でカーテンを閉めて着替えることになっています」


 ――待てコラ。


 出てきたテロップはデタラメだ。確かに体育で着替えはあるが、女子には専用の更衣室がある。ロッカーに貴重品を入れておかないと、特に女子は盗難が多発するからだ。少なくとも女子生徒がこの教室で着替えることはない。


 最悪なことに、鮫島の弱みを握るどころか盗撮犯に仕立て上げられてしまったらしい。いや、盗撮犯は合っているんだけど、女子の着替えを盗撮しようとしたんじゃない。悪事の証拠を収めようとしただけだ。


 コメント欄を見ると、俺に向けた非難がものすごい勢いで書きこまれている。


 死ねやカスなどの心無い罵倒はもちろんのこと、殺害予告の書き込みもチラホラと見られた。まあ、大半は口だけで大したことはされないだろう。正直慣れてしまったのか、遠くの国で起こっている出来事のようだった。


 俺にとっての問題はそんなことじゃない。


 書き込んだ人々は俺が女子の着替えを盗撮したと思い込んでいる。そりゃそうだ。この場面だけ切り取って流せば、そこに文脈など存在しない。俺は完全に女子の着替え盗撮犯として世界中に発信されてしまった。


 しかし閲覧数が3万回ほどあるのはおかしい。モザイクなしの素人が街で喧嘩をした動画は人知れず人気コンテンツになっているが、たかだか東京の陰キャ一人の動画がここまで閲覧されるのはおかしい。何か理由があるはずだ。


 さっきまでは執筆でもしてやろうかと思っていたのに、気付けば妙な調査が始まっている。どちらにしても、本名晒しと名誉棄損の恐れがある状態で小説なんか書いている場合ではない。


 調べたらすぐに理由は分かった。


 この動画がネット有名人に紹介されていた。明智颯太――鮫島賢司の腰巾着。SNSでこの動画を紹介していた。


「これって俺の学校っぽいんだけどwwwww っていうか、映っている人、多分知ってる奴www」


 ――お前か。お前がやったのか。


 怒りしか沸かない猿芝居。せめてもっと上手くやれと言いたくなる。


 いや、この猿芝居も形を変えた挑発行為なのだろう。


 さらに調べると、明智の呟きを鮫島と真田が拡散している。いくらか戸惑い気味に「マジかよ……」「え、こわいんですけど」と白々しいコメントを付けて引用している。


 こいつらは汚い。そうやって自分の手は汚さずに、さも偶然に俺の盗撮動画を見つけたかのような体で嘘の情報を拡散していく。それは知らぬ間に既成事実となり、俺はやったこともない女子の着替えを盗撮する男として社会的に認知されていく。


 盗撮を糾弾する動画。それ自体が盗撮動画であることについては誰も言及しない。オーディエンスのニーズは決まっている。退屈な毎日を「ざまあ」動画のコンテンツで楽しく過ごすこと。そして、自らも裁く者の側に回ること。望んでいるのはそれだけだ。


 マジか。最悪だ。まだ童貞なのに。いや、問題はそこじゃない。


 たしかに俺は盗撮をしたが、目的は女子の着替えじゃない。犯罪者の動かぬ証拠を押さえるためだ。


 腹がゴロゴロと下ってきた。メンタルの問題が、体に異変を起こしたらしい。クソが。冷静なつもりでも、ダメージはしっかりと負っている。冗談じゃない。


 嫌な予感が的中してしまった。なんてことだ。明日からどうやって生きていけばいいのか。


 嫌な連想がどんどん進んでいく。このまま行けばネット上に住所でも晒されるのだろうか。そうなれば警察沙汰だが、通報する際に俺のやったことを正直に話さないといけなくなる。そうなれば自身の盗撮について刑事罰を受ける可能性が出てくる。


 ネットを検索する。盗撮の相談が出来るサイトがあった。犯人側を助けるとはけしからん弁護士だと思ったが、状況が状況だ。というか、俺みたいなパターンの奴も実は結構な割合でいるのではないか。


 弁護士のサイトを見ると初動の費用や相談について書かれていた。どうにか相談出来ないか、金額やら初動費をネットで検索して調べ上げる。


 ……ダメだ。とてもじゃないが、高校生のガキがどうにか出来る金額じゃない。それだけ社会的な死を回避するために金を出す人がいるということだろう。


 ――助けて、ドラ〇もん。こんな時に青いネコ型ロボットを呼びたくなる。無駄だとは分かっていても、目の前の現実から逃避したかった。どこでもドアで南米にでも高飛びしたい。


 ――終わった、何もかも。


 昔のマンガにこのセリフで掉尾を結ぶ作品があったらしい。もう俺は燃え尽きた灰だ。炎上を迎えた人間は、焼き尽くされて灰になるしかない。


 ――もう、面倒くさいから死んでしまおうか。


 縁起でもない言葉が脳裏をよぎる。だが、ろくでもない状況ではろくでもない言葉が出てくるものだ。半分は本心で、半分は逃避だ。どっちにしても死ぬは死ぬで面倒くさい。死ぬのにもそれなりにエネルギーがいる。俺はただ無気力になった。


 完全に諦めモードへと入り、これといって理由もなく過去のメールを開いていた。そんな時に、煉獄のスケキヨから届いたメールが視界に入る。


「そういえば、こんなメールが来てたな」


 煉獄のスケキヨが書き連ねた怪しさ抜群のメールを読み返す。やはり怪しい。信用しろと言われても無理がある。


 だが、俺の現状はそうも言っていられない。溺れる者は藁をも掴む。冷静風を装っていても、今は何かに縋りたい。たとえそれが一本の藁であったとしても。


「やらないで死ぬよりはマシか」


 自分へ言い聞かせるように呟く。


 このまま行けば俺はガチで社会的に殺される可能性がある。あの動画が拡散されまくったら親も俺の話なんて聞こうとはしないだろう。


 女子の着替えを盗撮しようとした陰キャのキモい奴という誤った情報が既成事実化して、俺の名前を検索すればそれがいつまでも出てくることになる。下手をすれば、それで童貞のまま死ぬことだってあり得る。最悪だ。


 そうなるぐらいなら、煉獄のスケキヨという怪しい奴を頼ってみるのも仕方がない。どちらにせよ俺にはもう出来ることがない。


 はっきり言ってガチャだ。それも外したら人生が丸ごと終わるほどの。まあいい。どっちにしても大した人生じゃない。ガチャ運が悪くて終わるんだったらそれまでの奴だったってことだろう。俺はいくらかヤケクソ気味に煉獄のスケキヨにメッセージを打つ。


 アマチュアとはいえ小説を書いていて良かったな思ったことが一つあった。それは、今の俺を取り囲む状況を詳細に、かつ分かりやすく文章で表現出来るということだ。


 煉獄のスケキヨはイジメの流れを知っているようなので、細部に渡る補足でより現状を把握出来るよう配慮し、今回の盗撮動画の件を相談した。


 送信をクリックする手が震える。これがどうにもならなかったら、俺はもう死ぬしかないのだろうか。そう思ったら怖くなった。


 「メッセージを送信しますか?」の表示に「はい」をクリックする。


 もう取り返しはつかない。俺はこの後どうなるのか。


 もしかしたら死へのカウントダウンが始まっているのかもしれない。


 いずれにしても、やられたまま社会的に殺されるのは嫌だ。


 もし何もかもがすべてダメになったら……。


 ――その時は、その時は学校にガソリンを撒いて火でも点けてやろう。


 その時には文字通りの大炎上ですべてが終わるのだ。

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