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ヒュダトスミュトス  作者: ْ
三幕 大海
17/20

五節

 お腹もくちくなったナイアスは、一人で灯りもつけずに、ベッドに座り満ち足りた顔で瞠目していた。


 今夜は灯は要らない。ただ、彼女の内省の邪魔になるだけだ。


 「ナイアス、何してるの?」


 そんな彼女に、ナイアスの養母に案内されてナイアスの部屋へと通されてきたセクアナが声をかける。


 「色々、今までの事を思い出していたの」


 「怖くて震えてるのかと思ったじゃない」


 そういいながらセクアナは机上の洋燈(ランプ)に火を灯した。それで部屋は明るくなって、ナイアスの姿も(あら)わになった。

 

 「わぁ……ナイアス、綺麗」


 本来そのつもりもなかったのにセクアナは思わず感嘆していた。


 「ありがとう」


 この姿は皆に褒められるので、はにかみながらナイアスは答える。


 「話を戻すけど、以前も言った通り全く怖くない訳じゃないんだよ。ただ、意外と気分は静かで落ち着いているの」



 「……これまでの事を思い出していたのはなんで?」


 「これで最後だから、生まれてから今までの事を順繰りに思い出して自分の人生を追体験していたの」


 そう答えて、ナイアスはふと思いついた事を口にした。


 「そう言えば、こういう話は知っている?」


 「何?」


 セクアナはいつものだ、とすぐ気がついた。ナイアスは本を読んだり自分で考えたりした中での、雑学的知識や思考実験を話題にあげる事がたまにある。


 「走馬灯ってあるじゃない。死んじゃう瞬間にこれまでの人生が思い出されて追体験するっていう」


 「……あるね」


 「何かの本で読んだんだけど。今こうしている私自身が、死に瀕して見ている走馬灯の追体験なんだって」


 「つまり、今は本当に生きているんじゃなくって、死ぬ前に思い出しているだけって事?」


 「うん。その走馬灯の追体験も進んでいってやがて実際に死に瀕している所まで戻ってくるよね。するとどうなると思う?」


 「そのまま死んじゃうんじゃないの?」


 否、と首を降りナイアスは続ける。


 「死に瀕してる現在まで戻ってくるとまた生まれた所から走馬灯が始まるの」


 「それってキリがないんじゃない」


 「そう、だから人間は死ぬ瞬間に今までの人生を永遠にループしていつまでも死ねないんだって」


 「もちろん、本当にそうだって訳じゃなくてただの思考の上での遊びだけどね。ちょっと面白いでしょう?」


 そう言ってナイアスは小さく微笑んだ。彼女は何をするでもなく、そういう妄想にも近い思考実験を頭でこねくり回すのも割と好きだった。


 「……面白くないよ」


 「セクアナ?」


 しかし、セクアナの答えは酷く苦々しい呻きのようだった。


 「ナイアス、明日には本当に死んじゃうんだよ! そんな事考えている場合なの!」


 「……お役目だから」


 「違うでしょう!? ナイアスが死ぬ必要はないじゃない!」


 如何に親友の最後と言えど、その時のセクアナは涙を流し、尋常ならざる様子だった。


 「セクアナ、まさか」


 その様子に聡いナイアスはすぐに気付かれた事を悟った。


 「ナイアスじゃないんでしょう!? だって、死ぬのは」


 「——私だった! 今年の人身御供は私だった筈でしょう!」


………

……


 ——三日前、村の議場。人身御供選出の儀式の場。


 「今年の……最後の人身御供は、セクアナだ」


 卜術(ぼくじゅつ)の結果、選ばれた最終決定を最長老は重々しく口にした。


 「——待って下さい」


 その時、不意にかけられた若い娘の声に、車座になっていた長老方は驚愕して振り向いた。


 「ナイアス!?」


 「どうしてここに!?」


 いつの間にか議場に現れたナイアスに皆驚きの声を上げる。


 「どうやって入ってきたんだ!?」


 如何に普段施錠する習慣のない村とは言え、関係者以外が入ってこないように儀式中、議場は鍵をかけられている。


 「そうか……始まる前から隠れて潜んでいたのか?」


 「案外気付かれないもので驚きました」


 一人が絡繰に気がついた。確かに議場には収納など人一人くらい潜める場所はある。その気なら儀式に潜り込めたのだ。


 「それに、気づいてしまえばこの儀式は毎年同じ日にやっているので、事前に潜り込むのは難しくなかったです」


 別に儀式の日付は公表されていないが、隠されているわけでもなかった為、調べようとすれば突き止められる。


 「ナイアス、一体何が目的なんだ?」


 長老方の一人が真意を問いかける。


 「最後の人身御供、私にやらせて下さい」

 

 「親友の身代わりのつもりかね?」


 端的なナイアスの要求に、一人がそう応じる。


 「そう取ってもらっても構いません」


 「ナイアス……それは無理だ」


 そう最長老は神妙に告げた。


 「何故ですか? 人身御供の資格は私にもあります。別に私が役目を果たしても構わないはずです」


 「(ぼく)によって今年はセクアナと出た。変えるわけにはいかない」


 最長老の側に座る老人がそう告げた。


 「(ぼく)で選ぶのはあくまでランダムに選ぶ形式上の為であり、資格がある者なら誰がやっても構わない筈です」


 だから、立候補するものがいるならそれでいいはずだとナイアスは訴える。


 「(ぼく)によって選ばれるのも神意なんだ。ただの形式上ではないのだ」


 「いいえ、(ぼく)で選ぶのはあくまで選ばれるのはランダムだという公平性を保つ為でしかないはずです」


 「ナイアス、それは違」


 「四年前」


 最長老が否定しかけた時、ナイアスは被せるように言った。それに最長老は顔色を失った。


 「……(ぼく)の選出が神意だとすれば、四年前の卜術(ぼくじゅつ)によって()()()()()()()()()()()()()()()()()が違ったのはどういう事でしょう?」


 「何故それを……そんな頃からこの儀に潜んでいたのか」


 最長老は焦っているとも呆れているともつかない様子で言った。


 「四年前(ぼく)で選ばれたのはカテリーナ。貴方の孫娘です」


 それをはっきり指摘されて長老方は皆顔を強張らせた。


 「しかし、貴方は孫娘を庇って、選出しなおして別人を人身御供として立てた」


 「(ぼく)による選出に意味などなく、誰でもいいという証明でしょう」


 あくまで公平性を保った選出である筈の儀式で私情を持ち込んで道理を曲げた最長老にそうナイアスは詰問した。


 「だから、今年の役目を自分にしろ、と?」


 「はい」


 「駄目だ、と言ったらどうするつもりだ?」


 「四年前、本来選ばれていたのはカテリーナだったという事実を村に告発します」


 それは、言うまでもなく不味い。最長老は少なくとも四年前贄になった娘の遺族に間違いなく攻め立てられる。


 だが、自分の事はまだいい。孫娘が傷つく事は避けなければならなかった。


 「お前は、どうして、そこまで?」


 「貴方と同じです」


 例え道理を曲げてでも失いたくないものがあるのだと。そう言外にナイアスは言っていた。


 「馬鹿だねぇ」


 老婆は涙を滲ませて、そう言った。


 最長老は瞠目して考え、そして言った。


 「最後の人身御供は決定した、ナイアスだ」


 最早一連托生の長老方は誰も意を唱えなかった——


………

……


 「誰が言ったの?」


 「お婆様が……儀式での事を教えてくれたの」


 長老方の一人の、二年前に三人で話を聞いた事もある老婆だろう。


 「やっぱり。口が軽いなぁ」


 「だって……誰にも知られずに死んじゃうのはいくら何でも可哀想だって……」


 「私が選んだ事だもの」


 「ねぇ、やっぱり辞めようよ! 本当の贄は私だったって言うから!」


 「それは駄目だよ。それに無理だよ」


 「どうして!?」


 自ら身代わりを申し出た親友に、セクアナは食ってかかる。


 「人身御供の正式決定は卜術(ぼくじゅつ)の儀式じゃなくて、その翌朝に村に発表された時なんだよ」


 「正式に村に発表された以上はもう覆す事は不可能なんだよ」


 だからこそナイアスは選出の儀式に潜り込んで正式発表前に阻止したのだ。


 「そんな……ナイアスはどうしてこんな……」


 「だって、セクアナは死ぬのが怖いでしょう?」


 「それは……勿論怖いよ」


 「私はあんまり怖くないの。だから、私の方が適任じゃあないかなぁって」


 ナイアスは寂しげに笑ってそう言った。その顔を見て、セクアナは涙を流した。


 「怖いけど、だからってナイアスを身代わりにしてまで生きたくなんてないよ!」


 「ごめんね。けど、私が勝手にした事だから」


 「どうして、そんな事を……」


 「だってセクアナはアイテルの事が好きでしょう?」


 「それは、そうだけど。それに何の関係があるの」


 ナイアスが微笑んで言うと、セクアナは涙を流しながらたじたじになった。


 「気持ちも伝えずに死んじゃう訳にはいかないでしょう?」


 「だからってそんな事の為に!」


 「セクアナにとってそれは大事な事でしょう?」


 ナイアスはあくまで穏やかで、諭すように言った。


 「それに、セクアナには夢があるでしょう。広い世界を見たいっていう夢。こんな所で死んでられないでしょう?」


 「それは、ならナイアスだって海を見たいって」


 「私は夢なんて程の熱量はないよ。見られるならいつか見たい、程度のものだったから」


 だから、とナイアスは続ける。


 「特に愛する人もいないし、夢もない私よりセクアナに生きていて欲しいの」


 「そんな、そんなの勝手だよ!」


 セクアナはナイアスに縋りついて訴えた。


 「ナイアス以前言ってたじゃない!? 選ばれる事にも意味があるんだから役割は変わったりしちゃあ駄目だって!」


 「言ったっけ、そんな事」


 ナイアスは目を細めて言った。


 「忘れちゃった」


 「嫌だよ、ナイアス……いなくならないでよ」


 「ごめんね、セクアナ。分かってるよ、こんなの私のエゴだって」


 それでも、とナイアスは続ける。


 「それでも、セクアナには生きてほしい」


 きゅ、と暖かいセクアナの身体を掻き抱いて、ナイアスは穏やかに話す。


 「そうして、いつか前を向けたら、夢を叶えて、アイテルと一緒に」


 「そして貴女が外の世界で海を見たなら、それこそ私の願いは叶うの」


 それだけが、今の私の願い。


 涙に暮れるセクアナを抱きしめたまま、ナイアスは最後にそう告げた——

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