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第35話:訓練



 一度渋ってはいても、認めた事に対しては行動の早いヴィタリのお蔭で、お願いしてから三日と待たずして訓練に参加する事ができた。

 だがやはり、ヴィタリの懸念通りに物理的にも心理的にも、皆と距離が離れている。


 流石にいきなり輪の中に入って行くほど豪胆でもないので、控えめに隅っこで参加させてもらったのだが、周囲の空白地帯が広い。その所為で、私と反対側が密集し過ぎていて、動きにくそうにしている。

 さらにペアを作っての訓練では、誰も私の相手をしたがらないので、そこは空気を読んでこちらから辞退をした。

 嫌悪をぶつけられるなら反発心の一つも湧いただろうが、遠巻きに怯えられるとどう対処すればいいのか分からない。


 訓練場の片隅で、一人孤独に木の棒を握りしめて素振りをする。

 少し離れた所では、二人一組で型に合わせて組手を行っていた。

 全員が全員、私の存在を無視している訳では無い。こちらを気にしている気配は感じるが、それは私に対しての警戒と怯えを多分に含んでいた。


 訓練内容が一つ段階を進んで、模擬戦に移る。

 流石にずっと木の棒を振り続けるのも疲れたので、持っていた棒を杖代わりに溢れる汗を拭う。

 これでは訓練に参加させてもらった所で、効果があるのだろうか。むしろほとんど放置状態なので、変な癖を付けてしまう可能性もある。

 けれどどうやったら打ち解けてもらえるのか、中々難しい。

 ベールが記憶喪失になっている事はみんな知っているだろうが、それでもこの雰囲気だ。

 いっそマルコの所にお邪魔させてもらおうかと思ったが、魔術師向けのこちらの訓練に対して、あちらは剣士の訓練だ。体力的に付いて行けない気がする。


 やっぱり訓練に参加するのは早すぎたのだろうかと思った所で、訓練場が僅かにざわつく。

 何事かと顔を上げれば、事務仕事が残っているからと言ってベールを訓練に参加させた後は執務室に戻っていった筈のヴィタリが、真っすぐにこちらへと歩いてくる。


「あれ、事務仕事は?」

「終わりました。……どうせこんな事だろうと思いましたが」


 周囲に視線を巡らせ一つため息を吐くヴィタリは、それから着ていた上着を脱いで袖口のボタンを緩める。


「ヴィタリ?」

「それでは貴方の希望は叶っていないのでしょう? ならば私が相手をいたします」


 ひっそりとこちらの様子を窺っていた周囲が、ヴィタリの言葉を聞いて固まる。それからこちらに聞こえない声量で、ひそひそと喋り出す。


「それは助かるけれど……いいの?」

「先程も言いましたが、仕事は終わらせたので」

「それもあるけど……」


 視線を周囲に走らせる。意図が分かったのか、ヴィタリは鼻で笑った。


「だからこそじゃないですか」

「ん~、ヴィタリがいいならいいのだけど」

「それで、どの程度の手加減をご希望ですか?」

「かなり優しくして下さい」


 ヴィタリの問いに表情を引き締めて答えれば、ヴィタリの口元が弧を描く。馬鹿にしてるんだろうなぁと思ったのに、その目元の柔らかさに思わず瞬きをする。


「では私からは手出しはしませんので、打ち込んできて下さい」


 いつもの無表情に切り替えたヴィタリは、構えるでも無くその場に立っている。

 本当に優しくしてくれるらしい。


「よろしくお願いいたします」


 ぺこっと頭を下げれば、周囲から隠しきれていないどよめきあがる。

 注視されているとやりにくいが、せっかく私相手にヴィタリが時間を使ってくれるなら無駄にするのは勿体ない。

 早速手に持った棒を構えると、気合一閃ヴィタリに向かって飛び込んだ。



      *



「まずは基礎体力ですね」

「は、はい……」

「筋力が無いので統制が取れずに振り回されているし、すぐに疲れて動きが鈍くなっています。反応はできているのに、身体が付いて行っていないようなので、まずは徹底して体力作りから始めた方がいいでしょう。今の状態で実戦をやっても、最悪無駄な怪我をするだけです」

「ありがとう、ございました……」


 はしたなくも地面に座り込んで乱れた呼吸を整える事に必死な私を見下ろしながら、汗一つ無い涼しい顔でヴィタリが言う。

周囲はそんな私たちを、本日何度目か分からない驚愕の表情で見ている。


 ヴィタリとの特訓は、ものの数分で破綻した。

 まず私の体力がすぐに底を突き、もはや攻撃と呼べるものにならなくなった。

 そうするとヴィタリは眉をしかめながら、今度は素手で攻撃を繰り出してくるようになり、私はそれを必死で捌く事になったが、ただでさえ力尽きていたのだから、当然のように何発か攻撃を頂く事になった。

 その時点で周囲はもはや訓練どころの騒ぎでは無かったが、ヴィタリは攻撃の手を緩めてくれず、私は何度か地面に転がされながらも立ち上がり、そうすればまたヴィタリが攻撃を繰り出してきて……そして今、もはや立ち上がる力も尽きた私を見下ろしながら、ヴィタリのお説教を聞く事になっている。


「よくそれで勇者達を相手にできたものです」

「運が良かったし、思い返せばすぐにヴィタリが来てくれたからね」


 ニッコリ笑って言えば、何故か視線を逸らされる。

 逸れた視線が周囲の様子を探ったのを見て、もしかしてヴィタリは訓練の相手をする為に来たというよりも、周囲に以前の私とは違うという事を見せたかったのかなぁとぼんやり考える。


「それと、魔王様からの伝言があります」

「伝言?」

「貴方の都合が良い時でいいから、話があると」

「……それ最初に言って欲しかったのだけど」

「魔王様から、訓練が終わった後でと指定がありましたので」


 いややっぱり魔王様の伝言を伝えに来ただけかも? と思ってヴィタリの顔をじっと見つめるが、その無表情から何を考えているのか読み取れる能力は私にはまだない。


「分かった、じゃあ……後で行こうかな」


 立ち上がろうと思ったが、面白い程足に力が入らない。

 ヴィタリはそんな私の様子を見て、呆れを隠さない表情で見下ろしてくる。


「本当に、よく一人で勇者達に突撃しようと思えたものですね」

「面目もございません」


 このネタで暫く弄られ続ける予感に震えながら、頭を下げる。また、周囲がざわつく。


「ソシアス、誰も訓練に集中できていないようですが」

「も、申し訳ございません!」


 ヴィタリの矛先が、どうやら私から別の人物に移ったようだ。

 離れていく足音にほっと息を吐きつつ、顔を上げる。

 皆慌てたように訓練を再開してはいるが、ちらりちらりとこちらへ向けられる視線は未だ感じる。

 でも、その視線には最初程怯えは感じなくて、どちらかと言えば困惑が強いだろうか。

 少しずつでも打ち解けてもらえたらいいなと思いながら、気合を入れて立ち上がる。



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