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第34話:不意



「ヴィタリヴィタリ、お願いがあるんだけど……」


 眼鏡の奥にあるヴィタリの、若木の様な緑色の瞳が、スッと細められる。

 ただでさえ悪かったヴィタリの機嫌が、また一つ下がったのが分かった。

 だからと言って、引きさがる理由になりはしないのだけれど。


 魔王様との訓練見学での事故を聞いてから、ヴィタリはご機嫌斜めだった。

 だが今回ばかりは私に非は無い。

 偶々見学していたら、偶々壊れた剣先が飛んできたという、ただただ運が悪いとしか言いようのない事故だった。

 ヴィタリもそこは分かっているから、私に対して何が悪いという事は言われなかった。機嫌は悪くなったけれど。


 そしてそこにダメ押しのお願いを口にした途端、ヴィタリの眉間に断崖絶壁の皺が刻まれた。

 ありありと、「また碌でもない事を考えてるだろ」と思っている事が分かる。


 しかし声を大にして言いたい。

 今回はちゃんと真面目な話なので安心して欲しい。


「今回の事故で思ったんだけど、私も身体を鍛えなきゃなと思って」

「……それで?」

「私も訓練に参加したいな~って」

「却下です」

「なんで?!」

「面倒くさ――貴方には必要ないでしょう」

「今本音九割言ってたよね?!」


 ヴィタリは視線を逸らす。

 子供みたいな態度に、執務室の机をはさんだ立ち位置から、移動して無理やり視界に入り込む。


「別に参加するぐらい、面倒な事なんてないでしょ?」

「うちの部隊の人間に、イザベラ・ベールがどれだけ嫌われているか分かってます?」

「ぐっ……」


 それを言われると、何も言えなくなる。

 マルコの部隊の人達とはだいぶ打ち解けた気はするのだが、何故か自分の部隊の人達とは未だに壁がある。

 ただでさえ城外勤務が多く、私がベールとなってから関われた人数が少ないというのも多いが、何よりも他の魔族よりも突出してベールの好感度が低いのは感じていた。


「まぁそれは、私の所為ですが」


 珍しく、ヴィタリが気まずそうな顔をする。

 ベールの部隊を管理していたのがヴィタリ。そしてヴィタリとベールは犬猿の仲。やたらと部隊の人間にばかり嫌われている理由は分かる。


「だったら、猶更何とかしておかなくちゃじゃない?」

「それは……そうですが」

「そういう目的も含めて、訓練に参加するのは悪くないと思うのだけど?」


 ヴィタリは暫し反論を考える為か黙り込んで、それから眉間の皺を流すのと一緒にため息を零した。どうやら、納得してくれたらしい。


「分かりました、手配しておきます」

「やった!」

「でも、今回の一件は事故で、それに対応できなかったからとそこまで気にする必要は無いかと思いますが」


 確かに、どれだけ鍛えたとしても避けられない事もある。

 でも、魔王様は反応できたのだ。

 同じレベルになれるとは思っていないが、やっぱり自分の技量不足は感じる。


「この身体……ベールは、魔法関連にはだいぶ熟達しているけれど、身体能力は結構ポンコツよね。生まれたてほやほやの勇者に負けてるのも、何となく分かるぐらいには」

「……あの人は、そういうのが嫌いだったので」

「だから、何かあった時の為にも多少は動けた方がいいでしょ?」

「でも貴方、勇者達の攻撃を捌いてましたよね?」

「あー、あれね……」


 ベールになってから初めて勇者達と対峙した時の事を言っているのだろう。

 確かに、あの時は攻撃を見切って避ける事はできたが……。


「あれは、前世の記憶に助けられてただけね」


 エレノア・ユンカースだった頃、つまり勇者達と一緒に旅をしていた頃に、護身の為にと騎士と勇者から避ける訓練を仕込まれていた。

 勇者はだいぶ手加減をしてくれていたが、騎士のタリスには結構木の棒で殴られた記憶が、今も鮮明に思いだせる。

 お返しとばかりにこちらも魔法をぶつけまくったのでお互いさまだけれども。


「癖って言っていいのか、彼らがどう動くかは何となく読めるから」

「勇者一行として旅に出る前に訓練を受けた、という訳では無いのですね。随分な突貫工事だ」


 呆れた様子のヴィタリに、こちらも苦笑で返す。



 勇者が見つかり、一緒に旅に出る仲間を決めたのは王様とその周辺の貴族達だ。

 勇者を無事に魔王の元まで送り届ける実力と、一応それなりに映える身分、そして……死んでも問題の無い人間。

 結局、勇者以外は捨て駒。

 生き残ろが死のうが、大した問題ではなから、訓練などという投資は行われなかった。


 ふと、今生のエレノア・ユンカースを思いだす。

 私とは違う姿をしたエレノア。でも彼女もまた勇者一行にいるという事は、結局同じ境遇なのだろうか……。


「人間は不思議な事をしますね。準備万端整える手間を惜しんで、博打みたいな勝負を仕掛けてくる」

「人間は魔族よりも寿命が短いから」

「でもそれで成功すればいいですが、結局貴方は……」


 流石のヴィタリも言い難いのか、言葉を濁す。


「ん、まぁ死んだのだけどね。別に私が死んだから失敗という訳では無いし。むしろ、魔王様の所まであと一歩の段階で私一人の脱落だから、かなり上出来だったかも」

「……犠牲が出ているのに?」

「勇者さえ生きていればいいからね」


 信じられない、とヴィタリの眉間に皺が復活する。

 一人の命の重さに対する考え方は、魔族と人間で結構大きな違いなんだなぁとボンヤリ思う。


「ま、そんなつまらない昔話はどうでもよくて、訓練に参加する件だけど」

「私の方で調整します。が、あまり良い空気感ではないかもしれませんが……」

「多少は覚悟してるからそれは大丈夫」


 流石にいくら部下といえども、全員に中身別人です、と言う訳にもいかないし、信じてもらえるとも思えない。

 ここは地道に、打ち解けていくしかないだろう。


 ヴィタリは複雑な表情でこちらを見た後、何か言おうと口を開いて、でも言葉にできなかったのかそのまま閉じる。


「ヴィタリ?」

「……それなりに、私にも原因があるので」

「でもそれは仕方が無い事でしょう? 気に病む必要は無いからね」


 思わず愚痴の一つや二つ言いたくなる気持ちも分かるし、ベールが部隊の面倒をヴィタリに押し付けていたのも要因だ。

 せめてベールがもう少し、自分の部隊に興味を持っていたら違った所もあっただろう。


「まぁ、何とかなる!」

「……気楽な思考回路で羨ましいです」


 ぐっと拳を握って気合いを入れると、ヴィタリは少し驚いたような顔をして、それからいつものようにため息を吐きだす。

 それから徐に、ヴィタリの手が私の短くなった髪先に触れる。


「貴方なら案外、すぐに打ち解けそうですね」


 そう言って柔らかな笑みを浮かべる表情があまりに優しすぎて、今度はこちらが驚く。

 しかしその顔も見間違いかと思うような一瞬で、いつもの無表情に戻るとヴィタリの手が離れていった。


「無茶はしない事、いいですね」

「は、はいっ!」


 コクコクと首を立てに振れば、訝し気な顔で見られる。

 さっきの顔は見間違いかなと思うくらいにいつものヴィタリで、何故か上がった心拍数だけが取り残された。



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