第32話:禁止
庭園には庭師が手塩にかけて育てたのだろう、真っ赤な大輪のバラが咲いていた。
人間と魔族で違う所は多いが、咲いている花の様に小さな共通点を見つけると嬉しくなるのは何だろう。
私とマルコの他に人影はなく、ヴィタリはまだ到着していないようだ。
クッキーに被せてあった布をクロス代わりにテーブルに敷き、その上にバスケットを置く。
マルコはバスケットの中を覗き込んで、嬉しそうに瞳を輝かせた。
「マルコ、ちょっとヴィタリを探してくるから――」
「その必要はありませんよ」
マルコに留守番を頼もうとした所で、背後から声をかけられる。振り返れば、トレーの上にティーポットとカップを乗せたヴィタリが、危なげない足取りでやってくる所だった。
「ありがとう、ヴィタリ」
「ありがとな」
「お気になさらず」
ヴィタリは慣れた手つきで三人分の紅茶を用意すると、静かに椅子に腰かけた。それからだんまりで、動く気配はない。
マルコを見れば、食べていいのか分からないのか、チラチラとこちらの様子を窺っている。
「えっと、じゃあ食べましょうか」
バスケットの中に入れたままでは食べにくいだろうと、中身を取り出してテーブルの上に置く。
マルコがおそるおそる手を伸ばして、一枚だけ摘まんで口の中に放り込んだ。それから満面の笑顔でこちらを見てくる。
「うまっ!」
「ほんと? 良かった」
「ベールは料理が上手いんだなぁ」
「この人は言われるがままに混ぜただけですが」
「余計な事は言わなくていいの」
優雅に紅茶を飲むヴィタリを睨み付けるが、視線は合わない。
「それに、この前のクッキーとは違うんだな。一枚一枚が薄いからか、スゲーサクサクしてる」
「マルコはどっちが好き?」
「ぅえっ?!」
マルコは私の問いに椅子を倒す勢いで立ち上がる。驚きつつ見上げれば、耳まで真っ赤になっていた。
「マルコ?」
「クッキー! クッキーの話だな?!」
「いや、それ以外に何の話があるの?」
「マルコ様、些か過剰反応かと」
「うっ……わりぃ」
首を傾げる私の横で、ヴィタリのため息が聞こえてくる。
マルコは椅子に座り直すと、顔を押さえて唸っていた。獣耳も力なく萎れている。
「ベールごめん、やっぱり慣れるの駄目かも」
「……マルコに迷惑を掛けているなら、私は暫く近寄らない方がいいのかしら」
「いやっ、これは俺の問題で――!」
「そうですね、この程度で騒いでいては仕事に支障が出るでしょう。勇者も現れた今、さっさと克服しておいて頂きたい」
「ちょっと、ヴィタリ」
悠然と紅茶を飲むヴィタリを睨み付ける。
私にはマルコの気持ちは分からない。
だが、マルコにとって異性への免疫が無いというのは、どうにも克服しがたい問題なのだろう。改善の意思はあるが、本能が負ける。それは結構、辛い事なのではないだろうか。
「マルコ。私はマルコに嫌われるのは悲しいけど、女だからって理由で拒絶される方がもっと悲しい。無理して余計に苦手になる可能性もあるし、今は無理をしなくてもいいんじゃないかしら?」
「ベール……」
顔を押さえる指の隙間から、チラリとマルコがこちらを見てきた。
「マルコ様、私から言える事は、この人を女として見るのは他の全女性に対して失礼、という事でしょうか」
「……待ってヴィタリ、それどういう事?」
「そのままの意味ですが」
「私が女じゃないとでも?!」
「生物的には女性に属していますが……」
ヴィタリの視線が、私の髪に向けられる。
「女性は後先考えずにハサミで髪を切りません」
「それは女性に対する考えの押し付けよ!」
「一人で勇者に突撃しようとしませんし」
「それは性別とは関係なく私が短慮なだけでしょうが!」
「自分で言ってて悲しくないですか?」
「貴方が言わせたようなものでしょう?!」
怒る私に怯みもせずに、ヴィタリは相変わらず優雅に紅茶を飲んでいる。
普段からチクチクと言葉で突きさしてくるが、今日のヴィタリはやたら攻撃的な気がする。
何か企んでいるのかと眉をしかめて睨み付ければ、カップの紅茶を飲み干したヴィタリが、わざとらしく肩を竦めて見せた。
「つまり、この人を女性だという括りで見るだけ無駄ですよ」
「そっか……ベールは、ベールだもんな」
貶された理由は私には理解できないが、ヴィタリとマルコは通じ合ったらしい。
若干まだ赤みの残る顔で、マルコがこちらをまっすぐに見てくる。
「ベールは、ベールだもんな……」
そうして、噛みしめるようにもう一度同じ事を言う。
それから拳を握りしめると、力強く頷いた。
「ヴィタリ、ありがとな! 何か、大丈夫な気がしてきた!」
「そうですか。ベール様、マルコ様の事はお好きですか?」
「え? 好きよ」
「ぅえっ?!」
マルコは再度もの凄い勢いで立ち上がり、今度こそ耐えきれずに椅子が倒れた。
「ベール様、お分かりのように、マルコ様に好きという言葉は禁止です」
「わ、分かった。気を付けます」
マルコは赤い顔のまま、いそいそと椅子を起こす。
ヴィタリのいじりの矛先は、どうやら私だけではなくマルコにも向けられるものなのだと分かって、ちょっと同情した。




