第31話:謝罪
執務室に行きマルコの都合を確認しようとしたのだが、対応してくれたマルコの補佐官のキーファという魔族は、マルコに話があると聞くや否や泣いて喜んでマルコを呼びに執務室に引っ込んでいった。
マルコの事務能力が低すぎて、ここ最近はとんでもなく大変な事になっていたと、こそりとヴィタリが教えてくれる。
確かに、以前魔王様の手伝いをした時にマルコの作成した書類を見たが、ゴミと言っても差し支えない程度に意味が分からなかった。しかしそんなマルコの書類は数が多くなかったのだが、それはこういった補佐官たちの努力の賜物だったようだ。
「しかしマルコ様もアレと一緒で、それほど熱心に仕事をされてはいなかったのですが、ここ最近は事務処理にも取り組んでいるらしく、事務員達が悲鳴を上げているとか」
アレ、が何か一瞬悩んだが、ベールの事かと合点する。ただ、マルコが仕事に目覚めた理由は分からないが……というか、魔族の部隊長達は仕事しなさ過ぎでは?
ベールはヴィタリに仕事を押し付けて独断行動して勇者に突撃していたが、マルコもそこまで無謀な事はしていないが、事務処理は全て丸投げで戦闘訓練だけ行っていたとか。
でも破綻している訳でも無いのが不思議だ。駄目な上司程、部下が奮闘するのだろうか。
「ヴィタリと、ベールか。どうした?」
執務室から出てきたマルコが、私とヴィタリを交互に見た後に、匂いに気づいたのか私の手元のバスケットへと視線を移す。
「クッキーを焼いたの。マルコも一緒にどうかなと思って」
普段のマルコなら、すぐに食べると言ってくれただろう。
だが、残念ながら私はマルコに避けられている。理由は今更考える必要は無い。
「ヴィタリも、一緒なのか?」
「はい」
「そうか……じゃあ、食べる」
ちらりとヴィタリを見上げる。ヴィタリはいつもの無表情でこちらを見返してきたが、その顔が「連れてきて正解だっただろう?」と言わんばかりのドヤ顔に見えるのは気の所為だろうか。
「えっと、せっかく天気もいいし、庭園にあるベンチでもいいかしら?」
「俺は、どこでもいい」
「私も問題ありません」
じゃあ行こうか、と歩きだした私たちの背後で、マルコの部下達がとても良い笑顔で見送りしてくれた。
私も仕事は出来ない方だが、部下達にこんな風に送り出されたら心が折れるかもしれない。
ちらっと盗み見たマルコは、気にした様子もなくヒラヒラと手を振り返している。たぶんそれは、マルコと部下達の関係がとても良いからだろう。
不意に、ヴィタリが私の耳もとに顔を寄せる。
「先程、貴方が居ないから仕事が早く終わったと言いましたが、訂正します。貴方が何か企んでいると聞いたので速攻で終わらせました」
「……企んでいるという表現は心外ですが?」
抗議してはみたが、ヴィタリが言いたかった事は分かっている。
ヴィタリは、どうやって察したのか分からないが、仕事ができない事で落ち込みかけた私を励まそうとしてくれた、のだと思う。
でもそれをストレートに言わないで、しかも企んでいるなんて表現をしてくるあたり、ヴィタリも中々捻くれた性格の持ち主だ。
そう思うと何だかおかしくて、口元が緩む。
傍から離れたヴィタリは、私の顔を見るとすっと目を細め、それから何故か長いため息を吐きだす。
「何よ」
「いえ、別に……あぁ、庭園に行くなら、せっかくですからお茶を用意しましょう。お二人で先に行って下さい」
「手伝うわよ?」
「いえ、一人で大丈夫です」
ヴィタリはそう言うと、引き留める間も無く去って行った。
「あれ、ヴィタリは?」
「お茶の用意をしてくれるみたい。先に行っててくれって」
「そうか……」
残された私とマルコの間に、沈黙が落ちる。
普段のマルコならこんな空気にはならないだろう。それだけ、私のした事はマルコに取ってドン引きに値する行為だったという訳で。
チラリと横を歩くマルコを見上げる。ヴィタリよりも少し高い位置あるその眼は、まっすぐ前を向いていて視線は合わない。
それが何だがもどかしくて、思わず足が止まる。マルコは数歩歩いてから、私が立ち止まった事に気付いて振り返った。
「ベール?」
「マルコ、ごめんなさい」
そうして、頭を下げる。
「本当はもっと早く言おうと思ったのだけど、なんだかマルコに避けられてる気がして、話し掛けにくくて……」
「うっ……いや、というかベールは俺に謝る必要はねぇ」
マルコの手が、そっと私の肩に触れる。でもどうすればいいのか分からないのか、そのまま固まっている。
「えっと、とにかく顔を上げてくれ、ベール」
そっと、マルコの顔を見上げる。困ったように、眉がハの字を描くマルコは、私が顔を上げた事にほっと安堵のため息を吐きだす。
「というか、謝るのは俺の方だ」
「何を?」
「ベールの事、避けてたから……」
「でもそれは私が失礼な事したからだから」
「それは違う!」
強い否定の言葉に、パチパチと目を瞬かせる。
マルコはバツが悪そうな顔をして、それからぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜた。
「ベールは悪くねぇ! 悪いのは俺なんだ!」
「えぇ? でも私も、自分から食事に誘っておいて酔い潰れられたら怒るから」
「違う! 俺は別に、ベールが酔った事なんて気にしてねぇんだ!」
「……そうなの?」
じゃあなんで避けられたのだろう。マルコが何を気にしているのか本気で分からなくて、首を傾げる。
マルコはそんな私を見て、あーとかうーとか唸った後、ボソボソと喋り出す。
「俺がその、ベールの事を、おっ、お、お……」
「お?」
「お……として、意識しちまうだけで」
「お、って何?」
「だからその、おっ……んなとして、見ちゃうからで」
「……ん?」
おんな。……女?
マルコの顔を見る。見事に真っ赤になっている。
そういえば、彼女の話題を振った時も、マルコはこんな顔になっていた。
「もしかしてマルコ、女性苦手?」
「いやっ、苦手っていうか……俺の家、男系家族で、親戚もほとんど男ばっかりで、学校も男しかいなくて」
「あー……つまり、免疫が無い」
「ん……」
マルコの獣耳が、力なく垂れ下がる。
それを見て、思わずにんまりと口角が上がるのが自分でもわかった。
「なんだ、そんな事だったの」
「お、俺にとっては! 結構じゅうよ……う……」
私の顔を見たマルコの言葉が、尻すぼみになって消えていく。
「マルコに嫌われた訳じゃないなら、良かった」
「だからベール……そう言う顔、やめて」
「えっ? どういう顔?」
鏡も無いので、ぺたぺたと自分の顔を触って確認してみるが、よく分からない。笑っている自覚はあるので、笑うなと言う事だろうか。だとしたら結構難しい。
「ん~、とにかくよく分からないけど、気を付けるわ!」
「……ごめんベール。俺も、なるべくすぐ慣れるよう頑張る」
「ありがとう。でも、なんで今までは大丈夫だったのに、突然?」
「それは、ベールが……」
「私が?」
「……覚えてないなら、いい」
「え、何それ気になる」
庭園までの道すがら、何とか聞きだそうとしたがマルコは結局口を割らなかった。
たぶん酔った時に何かあったのだろうが、生憎記憶に靄がかかっていて思いだせない。
それでもマルコと会話ができるようになったので、クッキー作戦の成果としては申し分ないだろう。




