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第30話:正論



 食堂で、いつもより遅くなった夜食を食べていた。

 他に食事をとる魔族の姿はほとんどなく、広いスペースを貸しきり状態で利用している。


 ここ最近は、午前は事務処理、午後は訓練に参加、残った時間に勉強、というローテーションとなった。

 勉強時間には、時々魔王様が現れて教えてくれる事もあり、そこそこ順調に進んでいると思う。


 問題といえば、マルコとの間に何の進展もない事だろうか。と言っても、マルコに対してはどうするのが一番なのか、その答えすら見つけられていないのだがら当然と言えば当然か。

 それに、どちらかといえばマルコに避けられているような気がするので、収支で言えばマイナス。まぁそれは、私だって食事に誘ってきた相手が盛大に酔い散らかしてグダグダになったら、避けるどころの対応では済ませない気はするので仕方が無い。


 未だにマルコのお兄さんの事はよく分からないし、マルコの人間への感情も正確には把握できていない。

 この問題から目を背ける為に、勉強に身が入っている、と言う所もあるかもしれない。


 料理人さん渾身の黄金色の卵スープを飲みながら、どうしたものかと考えを巡らせていると、不意に鼻孔を甘い香りが通り過ぎ、そちらへと視線を向ける。 


「ベール様、よろしければ食後のデザートに」


 そう言って料理人さんが、テーブルの上に焼き立てのクッキーを置いてくれた。


「いいんですか? じゃあ、遠慮なく」


 甘い香りに我慢が出来ず、手が伸びる。

 以前作ったものとは違って、一枚一枚がとても薄く、サクッとした食感が楽しめる。


「この間のものとは違うのね。これも美味しい、食べる手が止まらなくなるわ」


 三枚ほど食べた所で、手を止める。これは食後のおやつ、と唱えながら断腸の思いで手を引いた。


 丸くて黄金色のクッキーは、マルコの瞳に似ている。

 思い返してみれば、マルコも甘いものは好きだったはず。先日は迷惑をかけたからと、クッキーを持って行くのもいいかもしれない。


「あの……」


 そうと決めたら行動あるのみで、料理人さんにまたクッキーを作りたい旨相談したら、二つ返事で了承してもらえた。



      *


 毎日仕事続きでは疲れてしまうからと、定期的な休みの日がある。その日に合わせて料理人さんにお願いし、クッキー作りを手伝ってもらった。

 今回は見た目よりも量を重視し、型抜きはせずに棒状に丸めた生地を包丁で切って焼いてみた。見た目は少し不格好なものもあるが、型抜き時間を節約した分、量は多い。


 焼き立てのクッキーをバスケットに詰め込み、マルコの執務室へと向かう。

 何故か後ろからヴィタリが仏頂面で付いてくる。

 ヴィタリは今日は休みでは無いはずだが……。


「ヴィタリ、別に来なくてもいいのよ?」

「いえ、またマルコ様にご迷惑をおかけしたら申し訳ないので」

「流石にもうお酒は飲まないから大丈夫!」

「貴方の大丈夫は信じない事にしているので」

「なんで?!」

「むしろ何故疑問に思われるのか不思議ですが」


 そう言って、心の底から不思議そうに首を傾げる。

 これは喧嘩を売られていると思っていいのだろうか。


「なぁに? ヴィタリは私が焼いたクッキーが食べたいのかな?」


 バスケットを軽く持ち上げて、これでもかと首を傾げる。

 ヴィタリは甘いものが好きではないだろうから、どうせ「貴方が焼いたものなんて恐ろしくて食べれません」とか言っていなくなるだろうと思った。

 が、何故かヴィタリはじっとバスケットを見つめる。


「ヴィタリ?」

「そうですね、貴方が焼いたというクッキー、食べておきたいですね」

「……えっ?! でもヴィタリ甘いもの好きじゃないよね?!」

「はい。ですがいくらマルコ様といえど、貴方の手作りクッキーと言う劇物の可能性がある物を食べて、無事でいられるかどうか……」

「毒なんて入れてません! というか、料理人さんに手伝ってもらったんだから美味しいに決まってるじゃない!」

「つまり、貴方は焼いただけで、生地を作った訳では無い、と」

「混ぜたりこねたりしてますが?!」

「……ちゃんと混ざってますか?」

「失礼な!」


 バスケットから一枚取り出して、ヴィタリの眼前につきつける。


「そんなに仰るならどうぞ毒見なさって下さい」

「……では」


 ヴィタリは私の手元から、存外丁寧な手つきでクッキーを受け取ると、まず初めに半分に割って断面を確認している。


「だから、混ぜたって言ってるでしょうが!」

「貴方のやる事ですから、絶対はないでしょう」


 そう言いながら、半分を口の中に放り込む。


「ど、どうなのよ」


 料理人さんに手伝ってもらったので不味いはずがないが、確かに私が作ったものなので万が一はあるかもしれない。絶対、は確かに断言できないのが悲しい所だ。


「普通のクッキーですね」

「何を想像していたのよ」

「強烈に苦いとか、しょっぱいとか」


 それはもう完全に焦がしていたり、調味料を間違えているレベルだ。料理人さんの目をかいくぐってそんな失敗出来たら、ある意味すごいと思う。


「大丈夫なのは分かったでしょ、さっさと仕事に戻りなさいよ」

「今日はもう終わりました」

「え、早っ」

「貴方が居なかったので」

「悪かったですねぇ、いつもいつも何も分からない小娘のフォローをさせてしまって」

「それは別にいいのです、貴方が知らないのは当たり前ですから」


 何てことないように、さらっと言われて思わず口ごもる。


 ヴィタリは結構冷たい所があるが、理不尽では無い。

 分からない所があれば一から教えてくれるし、私の様子を見て横から助け舟を出してくれる。

 ベールとの確執を考えると容易ではないだろうに、ヴィタリは私にベールへの怒りをぶつける事も無い。

 私をエレノアとして見てくれているのを感じる。


「貴方は目を離すととんでもない事をやらかしそうで、集中できないだけです」

「そうは言うけど、今まで言うほどの事は……そんなに、やってないんじゃ、ない、かな? お酒飲んで、ちょっと酔っ払ったぐらいじゃない」


 そう言ってヴィタリを見上げれば、とても冷たい視線がこちらを見ている。


「勇者達に一人で行こうとしましたよね?」

「うっ……」

「魔王様によく相談もせずに私に全部打ち明けましたよね?」

「ぐっ……で、でもまだ片手! 片手で収まる数じゃない!」

「両手になってからでは遅いのですよ」


 ヴィタリの正論にぐうの音も出ない。

 何か言おうかと口は開いたが、結局何も言えずにため息に変わる。


「じゃあ、ヴィタリが退屈じゃないなら、好きにして」

「ありがとうございます」


 そうして、私は何故かヴィタリと二人で、マルコの執務室に向かう事になった。



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