第29話:勇者
勇者達は焦っていた。
最初のスタートは上手く行ったはずだ。
魔族との境界近くにある村に攻めかかり、退却はしたものの魔族にも打撃を与える事ができた。勇者が聖剣を抜いた時に現れた魔族が生きていた事は誤算だったが、勇者側の被害はゼロで抑えられている。
最初の一手で手応えを感じた一行は、それぞれの連携を再確認して万全の準備を整えた後、今度は別のルートで魔族領に攻め入った。
ところが、これが大失敗に終わった。
勇者一行に被害があった訳では無いが、聖剣を警戒する魔族達に一撃を入れる事も出来ず、こちらの被害もほぼ無いが、あちらの被害もゼロだった。
ただ、肉体的には大したダメージでは無かったが、精神面への影響は大きかった。
順調だと思っていた矢先に、手も足も出ない状態で退却する事しかできず、勇者の聖剣すらあしらわれた。
一度目よりも万全の準備を整えた上での失敗。原因が分からなかった。
帰還する勇者達の足取りは重く、会話も無い。
宿に帰りついて食事を取ってから部屋に集合したが、重苦しい沈黙が続く。
だがその長く続いた沈黙に痺れを切らしたのか、騎士のタリスはガシガシと頭を掻きつつ、口を開いた。
「っだー! とにかく、負けちまったもんはしょーがねぇだろ? またやり直せばいいじゃねーか、別にこっちは大したダメージ受けてもねーんだからよぉ」
「大したダメージを受けてないのは、あちらがそもそもやり合う気がなかったからですよ」
タリスの言葉に、僧侶のトールが冷めた声で答える。
「あぁ? どういう事だよ」
「彼らは最初から、追い返す事が目的だった。それも、被害を最小限に抑えて。つまり、試合は引き分けだけど勝負には負けたって事」
「なんだそれ、良いようにしてやられたって事かよ」
「そうそう、そう言う事。脳筋馬鹿でも理解できてよかったよ」
「誰が脳筋だ!」
タリスとトールの口論に、少女――エレノアはどうしたものかとオロオロしている。それから勇者パーティ最後の一人、勇者カイトに助けを求める視線を向けた。
「タリス、トール。エレノアが困っているよ」
カイトの言葉に、二人はエレノアを見て気まずそうな顔をする。
「えーっと、すまねぇな嬢ちゃん。これは挨拶みたいなもんだから、気にすんな」
「あ、いえ。お二方が仲が良いのは、承知していますから」
そう言って、安心したように微笑むエレノアを見て、カイトは言い知れぬ違和感が胸を過るのだ。
万全を期した筈の二戦目での敗北。
原因は不明。だが、原因になりそうな要素は分かっている。
簡単に言えば、連携だ。
誰かが誰かの足を引っ張っている、という訳では無い。
ただ、自分の力を出しきれない状態で戦っているだけ。
タリスはエレノアの邪魔にならない様に、自分の持ち味の機動力を抑えている。
エレノアはタリスの邪魔にならない様に、慎重に魔法のタイミングを計っている。
カイトはそんな二人の邪魔をしない様に、ここぞという一撃のみに徹している。
トールは皆が慎重に動くので、支援の手数が余っている。
駄目なわけではない。むしろ、慎重を期すのは当たり前。
これで誰かが暴走して、一人でも欠けたら……それこそ取り返しのつかない大失敗だ。
けれど何故か、カイトの頭にはぼんやりと、生き生きと自分のやりたいように暴れまわるタリスと、それに文句を言いながらも魔法を連発するエレノアと、二人に振り回されてフル回転のトールと、フォローしつつ聖剣を揮う自分の姿が、浮かんでしまう。
タリスとトールは、もしかしたらそういう事もあるだろうが、エレノアに至ってはあり得ない。貴族の令嬢であるエレノアが、文句を言うという姿が想像できない……筈なのに。
穏やかに微笑むエレノアを見る。
どこからどうみても貴族令嬢然としたエレノアに、初対面の時にはタリスとトールはどう対応すればいいのか困惑していた記憶がある。
それから何度か会話をして、連携の練習をして、魔獣の討伐に出かけ、今はやっと平凡な会話をできるようになった。
だがそれは、カイトも同じ。
美しいカーテシーで挨拶をしてくるエレノアに、困惑した事を覚えて居る。
一応カイトも貴族の端くれ、挨拶の作法が分からなかった訳では無い。
ただ、エレノアが貴族令嬢然とした所作をする事に、戸惑ったのだ。
今でも、時々思い出したようにふっとその困惑が蘇って、そして胸が痛む。
何か大事なものを忘れてしまった様な、喪失感。
「勇者様?」
エレノアの声に、いつの間にか落ちていた視線を上げた。エレノアの青い瞳が、カイトを見ている。
「勇者様、何か気になる事でも?」
「いや……何でもない」
今は自分の小さな感情を気にしている場合ではない。
早く、魔王を打ち滅ぼさねば。そうすれば、人間達に平和が訪れる。魔獣に怯えて暮らす事は無くなる。
そうやって教わって生きてきた。そこに一片の疑いも無い。
「とにかく、再度皆の動きを確認しよう。まだ連携に不備があるのだろう」
「連携って言ってもなぁ」
「今の私達にはそれ以外に手の打ちようも無いでしょうね」
「が、頑張ります!」
タリスは不満そうに、トールは冷めた声で、エレノアは拳を握って決意を固めている。
とにかく今は、目先の目的を達成しよう。
この違和感も何もかも、全てが終われば、考える時間はいくらでも作れるのだから。




