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第27話:反省



 朝日に目を眇める。

 鈍い鈍痛が、寄せては返す波の様に続いていた。

 お酒が原因というより、ヴィタリのねちっこいお説教の所為だ。

 あんなに怒らなくてもいいじゃないか、とはちょっとばかし思ったりもしたが、迷惑をかけたのは間違いないので文句はぐっと飲みこむ。


 夜にいきなり呼び出されたと思ったら、自分の姉の姿をした人間が酔いつぶれていたとか、キレる要素しかない。

 それでも回収して、家まで送り届けてくれただけでも御の字。感謝こそすれどもキレるのは違う……と分かっていても、面白くないのは私が未熟なのか。


 昨夜の出来事を知っているイリーナに憐憫の視線を向けられながらも支度の手伝いをしてもらい、その後は食堂へ。

 いつもの料理人さんに顔色が悪いと心配され、急きょお粥まで作ってもらってしまい、まさかお酒の失敗が原因とも言えないまま有り難く頂いた。



 そこまでは幸いな事にヴィタリに出会う事は無かったが、流石に仕事をする場合避ける事は出来ず。

 執務室にてヴィタリの冷ややかな視線を浴びながら黙々と仕事をこなす地獄の時間がやってきた。

 元々ヴィタリは不要な会話をするタイプではなかったけれども、そこに罪悪感を煽る視線が加わると居心地の悪さが天井知らずになる。

 ここでお説教がきていたら反発したのだろうが、視線だけで何も言ってこない事が余計に気まずい。

 このまま仕事をする気にもならず、意を決してこちらから口を開く。


「えっと、ヴィタリ」

「何でしょう?」

「昨日は、ご迷惑をおかけしまして、申し訳ございませんでした」


 頭を下げれば、後頭部に視線が突き刺さる。

 それから数秒、体感では数十秒経ってから、深くて長いため息が頭上から聞こえてきたので、頭を下げつつチラリと見上げる。ヴィタリが手振りで頭を上げるようにいうので、ゆっくりと顔を上げた。


「自分の順応力が高いとは思っていませんでした。……いや、貴方の固定観念破壊力が凄まじいのか」

「……貶されているという認識でいいのかしら?」

「いえ、褒めているつもりですが」

「えぇ……?」

「どれほど自分に言い聞かせようとも、すんなり受け入れられる様な年数では無いと理解していたのに、すっかり今の貴方を受け入れている自分に驚いています」


 ヴィタリはやれやれとばかりに肩を竦めて見せる。


「つまり?」

「貴方をイザベラ・ベールとして認識するのは、もはや不可能な領域です」

「それは良い事?」

「さぁ? それは分かりかねます。でも一つ言えるのは、今の貴方は放置しておいたら面倒事しか起こさないので、厳しく監視しておこうと思ったぐらいですかね」

「ちっとも良くない事じゃない!」

「でも、私があの女に感じていた負の感情を、貴方に向ける事は無いでしょう」

「んっ……それは、良かった、のかな?」

「貴方が思っているよりも、私とアレの仲は殺伐としていたと考えて頂いて結構ですよ」


 イザベラ・ベールの記憶を持たず、魔族でもなかった私には、正確にヴィタリとベールの因縁を理解する事は不可能だろう。それでもと想像を巡らせてみたりはしているけれども、ヴィタリはそれよりも上だという。


「おしゃべりはここまでにして、さっさと仕事を始めましょう」

「はーい」


 楽しくないだろう思い出を掘り返す気もないので、ヴィタリが話を変えたならば無理に続ける必要もない。

 大人しく執務室の椅子に座れば、ヴィタリが机の上に書類の束を置いた。……いつもより多くない?


      *


 その後普段の二割増しくらいの作業量と、五割増しくらいのヴィタリの監視を受けながら、時々やってくる頭痛に顔をしかめつつ仕事をこなした。

 だが仕事量が増える=内容が難しくなるにつれ、魔族領の知識がない事がどうしても足を引っ張る。

 特に地理情報に疎いので、ヴィタリに都度聞くしかない。だがこれでは、二人がかりで一人分の仕事をこなしているだけだ。


 という事で、お昼ご飯を食べた後はヴィタリの監視から逃れて書庫へとやってきた。

 最初はヴィタリも付いてこようとしていたが、書庫なら何もできないだろうと熟考の末に送り出された。

 ヴィタリは私を小さな子供だとでも思っているのだろうか。……確かに、長寿の魔族から考えたら、私は子供なのかもしれないけれど。



 書庫では、まずは地図をメインに確認する。

 記憶に残っている勇者達の移動経路だけではなく、全体の地名も覚えておきたい。仕事の関係上、魔族領の地理状況の把握は必須だ。


 当たり前の話ではあるが、聞きなれない地名だらけの地図を眉をしかめつつ眺める。

 魔族領は人間よりも小さいとはいえ、地名を覚えて、次に地理状況を把握して、それから……と考えると覚える事は多い。

 魔族領全体の大きな地図をテーブルに広げ、詳細地図を片手に見比べながら確認する。一度に覚えきれるとは思えないが、少しずつでも覚えていきたい。


 魔族領は大雑把に言えば北を山に、南と西を海に囲まれた土地になっている。だが海まで辿り着くには深い森を超えねばならず、あまり開拓は行われていない。

 東方面に人間側の国があり、人間の土地も魔族領と鏡写しのような構成になっている。だが、比較的海までの距離は近い為、海産物類は魔族よりも豊富で、船によって他国との交流も多少はあり、交易によってスパイス等のこの島には無い物品が取り入れられるなど、国力的には人間側の方が優位に思える。

 その割に、魔王討伐として駆り出されるのは勇者とそのお伴数人だけというのは何故なのだろう。

 もはや本気で争う気は無いのでは?

 いやしかし、送り出した王様も、周りの誰もが、本気で魔王討伐を掲げていたのは疑う余地は無いし、何なら当事者である勇者一同、誰もその事に違和感すら持っていなかった。

 何か、集団催眠的なものが働いているのだろうか?


 腕を組んで地図を前にして唸っていると、突如頭上に影が差す。何事かと顔を上げれば、目の前は魔王様の整った顔。その近さに思考が固まる。


「何か分からないものがあったのか?」


 そう言って魔王様の視線がこちらを向く。固まっているので答えない私を訝しむ様な表情の後に、気付いてくれたのか一言「すまない」と言うと慌てて一歩離れてくれた。


「息抜きに出歩いていたら、随分真剣な顔をした君を見かけたものだから、つい」

「い、いえ、お気になさらず。全く気付いていなかったので、ビックリしてしまって」


 二人して言い訳めいた口調で言った後に、何だかおかしくなって笑ってしまう。魔王様も表情を和らげながら、正面の椅子に腰かけた。



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