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第26話:食事



 教わった店は表通りから一本外れた所にあったが、事前に詳しい地図を貰っていたので道に迷う事なく辿り着く事ができた。

 お店の一階は広い空間にテーブルと椅子が並べられ、あちらこちらから賑やかな笑い声が聞こえてくる。繁盛しているのかどこのテーブルも満席だった。

 イリーナには話がしたい旨は伝えていたので、二階の個室を予約しておいてくれたようだ。店員に案内されながら、店の奥にある階段へと向かう。

 個室は六人くらいが食事できそうな広いスペースに、花や絵画が邪魔にならない程度に飾りつけられている。扉を閉めれば喧騒が遠のいた。


「良い匂いがしたな」

「そうね、楽しみだわ」


 ソファに座ったマルコは、子供のようにソワソワと身体を動かしている。


「俺、この店は初めてだ」

「そうなの? 誰かと食べに出かけたりしないの?」

「隊の皆と飲みに出かけたりするけれど、こんなおしゃれな所では飲めねぇ」

「彼女と来たりしないの?」

「かっ……彼女?!」


 マルコにこの手の話題はタブーなのかもしれない。見る間に顔が真っ赤になった。


「ごめんなさい。マルコならてっきり、彼女の一人や二人くらいいても可笑しくないかと思って」

「ひ、ひとりやふたり……?!」


 そんな事を言っている間に、扉が三度ノックされる。返事を返せば、店員が食事を運んできてくれた。食事の内容も予約の時点である程度指定してくれたようで、肉料理が八割はある。それなのに、店員がテキパキと料理をテーブルに並べている間も、マルコは獣耳をピンと伸ばしたまま固まっている。


「マルコ?」


 店員が一礼して去った後、食事を始める前に声をかける。それでも動かない。

 いじり過ぎてしまったかなと思いながら、骨付き肉を手に取って、マルコの眼前で左右に振った。


「食べないなら食べちゃうよ~?」

「た、食べる!」

「じゃ、はい」


 動いたマルコの口に、骨付き肉を押し付ける。マルコは肉と私を交互に見た後、モゴモゴと口元を動かす。数度の咀嚼の後、キラキラした瞳で私を見返す。


「美味い!」

「なら良かった」


 そのまま骨付き肉を渡して、私も食事を始める。

 再起動したマルコは、恐ろしいペースで肉を飲みこんでいく。油断したら私の分まで食べられてしまいそうで、暫くは食事に集中する事にした。




 それから暫く、お互い無言で食事を続けていたが、私の方はだいぶお腹いっぱいになったので、マルコの食事を邪魔しない程度に、お酒を飲みつつぼんやりと様子を眺める。

 最初の頃から全く衰えないスピードで、テーブルの肉料理が消えていく。何度か店員さんがお代わりを持ってきてくれているのだが、マルコの食べっぷりに目を瞬かせていた。


 そんなマルコだが、流石に永遠と食べ続けられる訳では無い。段々と食べるペースが落ちてきた所で、話しかける。


「美味しい?」

「おう!」

「ならマルコを誘って良かったわ」


 グラスのお酒を飲み干して、ピッチャーから新しく注ぐ。


「ベール」

「なぁに?」

「どうして、俺を誘ってくれたんだ?」


 食事の手を止めて、マルコが聞いてくる。


「最近はヴィタリとも仲良くしてるだろ? だったら、別に俺じゃなくても」

「マルコと食事がしたかった、それだけの事に理由が必要? それともマルコは、理由がなきゃ私と食べたくないの?」

「そんな事無い!」

「私もよ。まぁ、あえて理由を言うなら、マルコとの食事が楽しいから、かしら」


 グラスの中のお酒を、くるりと回す。

 人間時代はまだお酒を嗜む様な歳では無かったので、美味しいと感じないかもしれないと思ったが、味覚は魂ではなく身体に依存するようだ。透き通る様な赤い液体は、果実ジュースの様にするすると喉を通る。そして飲めば飲む程、言葉もするりと出てくる。


「記憶喪失になって、右も左も分からない私を助けてくれて、ありがとう」

「俺は魔王様に言われただけで、別に何にもやってないぞ……」


 照れ臭そうに頭を掻くマルコの姿に、何だか身体がポカポカしてくる気がする。


「ねぇマルコ」

「何だ?」

「私の事、好き?」


 マルコは急に咳き込むと、まるで逃げるようにソファから立ち上がって部屋の隅に移動する。


「なっ、なななッ?!」

「私は好きよ」


 グラスを片手に、マルコを追い詰めるようにゆらりと移動する。身体がふわふわと軽い。なんでだろう。


「マルコは? 嫌い?」

「お、俺はっ……ベールの事は、良い奴だと思ってる」

「それは好きって事?」

「好き……ってか、同僚で、仲間だから、好きとかそういうのは」

「じゃあ、私の事を殺したい?」

「そんな訳無いだろう?!」

「私が人間でも?」

「なっ、何言ってんだ?! ベールは魔族だろ?!」


 ふわふわした身体では、上手く歩けない。慣れないヒールの所為で、着地を間違えた足下からぐらりと身体が傾く。

 ゆっくりと、スローモーションで視界が流れる。このままだと地面に倒れるなと思ったが、身体は指一本動いてくれない。

 不意に、金色が視界を素早く流れる。それから、力強い手が私の身体を支えてくれた。


「マルコ?」

「ベールお前……酔ってるな?!」

「酔って無いわよ、失礼な」

「いや、絶対酔ってる!」


 立ち上がろうと足に力を入れるが、上手く立てない。目の前にある服にしがみつけば、私を支える手がビクリと震える。


「べ、ベール……」

「ねぇマルコ。何だかこの体勢……剣でぶっ刺すときに似てない?」

「怖ぇ事言うな、お前……」


 マルコの表情が、すっと落ち着きを取り戻す。

 それから私の身体を軽々持ち上げると、ソファの上に下ろした。


「えっと、とりあえずヴィタリ呼ぶから、ちょっとここで待っててくれ」

「なんでヴィタリ?」

「いいから! ちょっと待ってろ!」


 そうしてマルコは赤い顔のまま、部屋を出ていった。

 静かになると急速に眠気が襲ってきて、抗わずに目を閉じた。




 それからがたがたと不規則な揺れに気付いて瞼を開ければ、いつの間にか馬車の中にいる。何事かと上体を起こした所で、何故か目の前に座っていたヴィタリと眼があった。

 ニッコリと、とてもいい笑顔をしている。釣られてヘラリと笑い返す。


「私の言いたい事、分かりますか?」

「えっと、何となく?」

「左様ですか。でも、念の為伝えておきますね?」


 それから十分程ヴィタリからの説教と、飲酒禁止の誓約書を書かされる羽目になった。

 お酒って、怖い。



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