第24話:紅茶
マルコを探すなら、食堂に行って焼いたステーキ肉でも持ってウロウロしていれば、向こうから現れると割と本気で思っている。
が、流石にストレートにお兄さんについて聞きだす気は無い。
マルコは、記憶を無くしたという私に対しても、助かったかという問題は抜きにして、親切に対応してくれていた。
以前のベールの話をヴィタリから聞いたが、マルコと特別親しかった様子はないし、どちらかというとベールは魔法が得意ではないマルコを馬鹿にしている節があったというのを聞いたので、あまり良い感情は持っていなかったと思う。
それでも面倒を見てくれたのは、マルコの優しさだ。
その優しさに対して、無意味に傷つけるような事はしたくはない。
とりあえずは、人間に対してどう思っているかの確認はしておこう。
できれば、マルコにも手伝って貰えるならば、役に立つとかそう言う事は抜きにして、単純に私が嬉しい。
確かに私を殺したのはマルコだけれど、私が明確にこの手で殺した魔族もマルコだ。つまり一方的な記憶しかないけれども、殺し合った仲である。
そんな相手と協力できたなら、それはこのやり直しの人生に大きな進歩を与えてくれる気がする。
しかしいきなり「人間ってどう思う?」と聞くのは躊躇われる。
思えばマルコを餌付けする事はあっても、それ以外に私的な交流をしていない。
ベールが避けられている可能性もあるが、あのマルコにそんな芝居ができるとも思えないので、純粋に私的交流を持つほど親しくないだけだろう。
以前のベールとの関係を聞く限り、個人的な付き合いはなかっただろうからそれも当たり前なのかもしれない。
「ベール様、イリーナです。失礼します」
仕事を終えて夕食を済ませた後、部屋で考え込んでいた私の耳に、ここ最近で聞きなれた女性の声が届く。
部屋に入ってきたのは、私の部屋付きメイドのイリーナだ。
イリーナはマルコと同じ獣耳を持ち、茶色の長い髪を赤いリボンで一つにくくっている。
最近は仕事を終えて部屋に戻ると、紅茶を淹れて持ってきてくれるのだ。その紅茶がとても美味しくて、ベールとなってから今までイリーナと関わらないよう避けていた事を後悔した。
イリーナが馴れた手つきで紅茶を注ぐ。注がれたカップからは、白い湯気と紅茶の香りが漂う。
「ありがとう、イリーナ。今日もとっても美味しそう」
「先日行った紅茶屋の新作なんです。鼻を抜ける柑橘の香りとさっぱりとした後味は、ベール様もお好きかなと思って」
カップを手に取り、鼻を近づける。イリーナの言う通り、爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。一口飲んでみれば、普通の紅茶とは違ったさっぱりとした後味が残った。
「美味しい!」
「お気に召したのなら、良かったです」
「今度街に出かける時に、その紅茶屋さんにも行きたいわ」
イリーナとは一週間に一度、街へ買い物に出かけている。
ヴィタリも街の中を把握はしているだろうが、イリーナのように美味しいカフェなどの実用的な内容までは知らないだろう。
特に服飾と飲食店については圧倒的な情報量を持っており、生きる情報誌だと彼女の同僚であるメイド達が言っていた。
そこでふと、閃く。
「イリーナ、美味しい肉料理を出すお店って知っているかしら?」
「肉料理、ですか? いくつかありますが……リーシェ様と行かれるのですか?」
一瞬リーシェって誰だろうと思ったが、ヴィタリの事かと気付く。
「いや、マルコを誘おうかなと思って」
「ウェンドランド様ですか?!」
予想以上の反応が帰ってきたので、思わず目を瞬く。
だが考えてみれば、イリーナと親しくなってからマルコと関わったのは食堂くらいで、イリーナの前でマルコの話題を出したことは無い。
「ちょっと仕事の事で聞いておきたい事があるのだけれど、あまり堅苦しくなり過ぎない様に、食事しながらぐらいが良いかなと思って」
「なるほど、そういう事でしたか。でしたら、良いお店がありますよ」
イリーナに地図を書いてもらい、日にちが決まれば予約も取ってくれるというので、早速マルコを探して打ち合わせしようとしたが、未婚の女性が男性の下に夜訪れるというのは駄目だと窘められた。
そういえば、人間の時もそんなルールがあったような気がするなと、ぼんやりと思いだす。
なんせ私は男だらけの勇者パーティーで旅をしていたのだ。別のテントを用意したりと気を使ってもらっていたが、些細なマナーは放り捨てていた。
それに一応貴族の端くれでありながら、私にも優秀な姉と兄がおり、次女である私には貴族らしさはあまり求められなかった。
というか、父が「エレノアは嫁がないで父の傍に居てくれ」と言う程に私に甘く、淑女マナーよりも私が興味を持っていた魔法の勉強に時間を割く事を許してくれていた。
だがその分、兄と特に姉には、嫌われていたと思う。
父は兄や姉には厳しかったが、私にだけはデレデレと締まりのない顔を良くしていた。
それは兄や姉を嫌っていたわけでは無くて、貴族として後継者たる兄や、いつか嫁いで家と家を結ぶ役目を持つ姉を甘やかせない分、私に全部ぶつけていたように思う。
それが兄や姉にとっては不満になるのも、まぁ分かる。
だからこそ私は、魔法の勉強がしたいと言って、師匠の所に住み込みで習いに行っていた。そうして勇者パーティーの一員に選ばれるぐらいの魔法を身に着けたのだ。
この世界のエレノアは、どうしているのだろう。
魔法は、前にヴィタリに話したように少し劣っている気がした。
それに師匠の所に住み込んでいたら、あれほど自分の身成りの手入れをするのは難しいだろうから、もしかしたら家を出ていない可能性も……まぁ、今の私には関係無いのだが。
私は兄と姉との関係はあまり良いものではなかったけれども、マルコはどうだったのだろう。
それを聞ける程、今の私とマルコの関係は深くない。
食事によって、一歩近づけたらいいのだけれど……。




