第23話:笑顔
勇者の件は相談の末、暫くは些細な変化も見逃さない様に警戒を強めるという形で終わった。
おそらく勇者一行にとって、今回初めての敗北だ。
お互いに被害が出ていないという点だけを見れば引き分けだが、撤退したのは勇者達である。
聖剣という替えのきかない武器と、その唯一を扱える勇者。どちらかでも失えば、人間達には魔族に抗う術は無くなる、と思っている。
故に今回の撤退は、勇者達の行動を一層慎重なものに変える筈で、つまりすぐには現れないだろうという結論だ。
「しかしマルコ、か……」
玉座の間に設えられた豪華な椅子に腰かけた魔王様は、顎に手を添え難しい顔をする。
「ヴィタリに軽く事情は聞きましたが、マルコの説得はかなり難しいかと……」
「私も彼の兄については耳に入っている。確かに難しだろうが、それは……少し特殊な事情があってね」
「特殊な事情?」
お兄さんを人間に殺された、という以外に何かあるのだろうか?
首を傾げる私を見つめた後、魔王様は柔らかく微笑む。
「ベール……いや、ユンカース、君ならもしかしたら」
「あ、それはヴィタリにも言われましたが、買い被り過ぎというものです」
「ヴィタリが?」
魔王様の視線が、私の一歩後ろに控えるヴィタリへと向けられる。
そうして魔王様が軽く笑うので、後ろを振り返ればヴィタリはさっと顔を逸らす。
「なんですか、二人して」
「すまない、深い意味はないから気にしないでくれ」
そう言う魔王様の笑みが深い。
ジト目でヴィタリを見るが、顔は背けられたままだ。
「ユンカース、マルコの事情は私からは敢えて教えないでおこう」
「……え?」
「君の思う方法で、マルコから聞いてみると言い」
と、言われても、かなり繊細な問題がありそうなのに、ズケズケと聞くわけにもいかないし……。
「焦る必要は無い。今回勇者達を退けられた事で、かなり余裕はできたはずだ」
「それはそうですが……」
「期待しているよ」
そう言って、あの魔王様の美麗な顔で微笑まれたら嫌とは言えず。
ヴィタリと二人並んで執務室に戻る道すがら、どうすればいいのか分からず思わずため息が出る。
「何だか、魔王様に押し付けられたような気がする」
前に仕事は部下に任せればいいとは言ったけれども、こんな形でその言葉が帰ってくる事になるとは思わなかった……。
唸る私の横で、ヴィタリは微かに目を見張る。
「猪突猛進な貴方にしては、珍しいですね」
「どうせ行き当たりばったりの考えなしですよ」
「こういう問題こそ、行き当たりばったりでいいから、当たって盛大に砕け散ればいいのでは?」
「砕け散りたくないから考えているんですけど?!」
私の言葉に、ヴィタリはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。
「とりあえず、私の知っている限りのマルコ様の情報はお渡しします」
「え、本当?」
「ですが、私にも魔王様の仰っていた特別な事情とやらは分かりかねます」
そうして教えてくれたのはマルコの基本情報。
マルコのフルネームは、マルコ・ウェンドランド。濁点のついたファミリーネームから分かる通り、マルコも魔族の中ではそれなりの家の出だという事だ。
マルコには魔法に長けた優秀なリンゴという名のお兄さんがいて、その人もまた王城勤めだった。しかし数十年前に危険な魔族領外縁での魔獣狩りの際に、人間と出会い戦闘の末に殺されてしまったらしい。
「外縁での魔獣狩りって危険なの?」
「魔力が薄くなり、魔法の強度が下がります。それと、人間とも遭遇しやすくなりますので」
「そうは言っても、人間もそうそう魔獣狩りになんて出かけないけれど」
「そうですね。故にマルコ様のお兄様が亡くなられたのは、不運とも言えます」
私が人間だった頃、一応職業として魔獣を狩る人間は居た。しかし街に入ってきた魔獣の討伐が大半で、わざわざ魔族領に近づいてまで魔獣を倒そうというものはごくごく少数の戦闘狂ぐらいだ。
そんな戦闘狂だからこそ、魔族と出会って戦いになったというのは実際に起こりそうな話である。
魔王様も間違った情報を訂正しないで放置するとは思えないので、お兄さんが人間に殺されたという話自体は間違いではないだろう。
「でも、外縁での魔獣狩りって事は、私の管轄よね? 街の警備をしていてついでに魔獣を倒した報告は来るけれど、わざわざ魔獣を倒しには行ってなかったと思うのだけど」
「そうです。勇者が現れた為警戒を勇者に向けているというのもありますが、魔獣討伐、ましてわざわざ外縁に行ってまでというのはよっぽどの事がない限りは行っていません」
「どうしてお兄さんは行ったのかしら?」
「その辺りに特別な事情が関係しているのかもしれませんね」
ヴィタリも詳しく知らないという事は、当時のベールの指示という事でもないのだろう。ベールの前任者なら知っているのだろうか?
「今の私の部隊を率いていた前任者っていないの?」
「はい、老衰で数年ほど前に亡くなっています」
「じゃあ、そっちからは駄目という事ね……」
となったら、もう本人に直接聞くしかないのか……。
「やっぱり私、当たって砕け散るしかないのかな」
「骨は拾ってあげますよ」
「それはどうもありがとう」
ニッコリ笑って言えば、ヴィタリも口元に笑みを浮かべてこちらを見返してくる。
だが、目は一切笑っていない。
私とヴィタリがニッコリ笑顔で向かいあっている横を、警備の魔族が恐怖に顔を引きつらせつつ、逃げるように走り去って行った。




