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第18話:変身



「貴方はあんな大事な事を魔王様に相談もせずに私に話したのですか?!」


 私は今、ヴィタリに怒られている。


 少し前まではヴィタリが落ち着くまではと静かな時間を過ごしていたが、詳しく聞きたいというので、今までの経緯を捕捉しながら説明していた。

 神妙な面持ちで考え込んでいた様子だったヴィタリだが、話が進むにつれてどんどん眉間の皺を深くし、ついにはこの有様である。


「いやでも、魔王様は応援してくれてたし」

「話を聞いた限り貴方アホなんですから、何事も報告連絡相談を徹底してください!」

「アホとは何よ、アホとは!」

「魔王様を毒殺できると思ってるような人間のどこがアホじゃないんですか!」

「ぐぬ……」


 ぐうの音も出ない。

 ヴィタリは僧侶のトールと同じようにこちらを馬鹿にしてくるが、トールはそれに煽りが追加されているタイプで、ヴィタリは正論という刃を追加しているタイプか。


「せめて元人間だったとしても、勇者の一員だったとまでは伝える必要はないでしょう」

「でも」

「私が激昂して襲い掛かる危険性だってあったんですよ」

「だって、私には貴方の力が必要なんだもの」


 私の言葉に、ヴィタリが口を開いてまた閉じる。少しの間を開けて、額を抑えながらため息を吐きだした。


「意味が分かりません」

「力を借りるのに、秘密のある相手なんて信じられないでしょう? だから、私はヴィタリに隠し事はしたくなかったの」

「……だとしても、魔王様にその旨を相談して、立ち会ってもらうなり対策が必要です。貴方は考えが浅すぎて、危なっかしい」

「分かってるわよ。だから、私には貴方が必要なの」


 気怠そうにこちらを見てくるヴィタリは、私の顔を確認すると深くて長いため息をこれ見よがしに吐きだした。


「……調子が狂います」

「見た目と中身が別人だからね」

「いえそうではなく……まぁいいです。お茶でも淹れてきます」


 すっかり冷めきったカップを持ち、ヴィタリは一度退出する。

 一人部屋に残されて、無意識の内に深く息を吐く。どうやらそれなりに緊張していたようだ。



 確かにヴィタリの言う通り、いきなり全てを打ち明ける必要は無かったし、偶々ヴィタリがすんなりと受け入れてくれたので二人とも五体無事ではあるが、元勇者パーティーの一員だという告白はあまりに軽率だった。

 それに良く考えなくても、中身が別人であるという荒唐無稽な話を信じて貰える保証もなかった。魔王様のように魂が違う、なんて言うのは普通は分からない。

 行き当たりばったりの出たとこ勝負。

 深く考えて、なんてお上品なやり方が私にはできない。



 窓辺に移動して、夜風に当たる。

 少し強めの風が吹き込んで、長い赤髪を一房躍らせる。邪魔だなと思いながら、耳にかける。


 イザベラ・ベールはどんな人だったのだろう。

 話を聞く限り、あまり良い印象はない。私とは馬も合わない気がする。

 ベールの私室は、私が転生してから特にいじってはいけないけれど、ドレッサーに入っているドレスはどれも際どいロングドレスだったり、原色カラーで主張が激しい。その中から比較的シンプルで落ち着いているものを見繕っているけれど、服装の趣味は真逆なのは間違いない。

 化粧品も色んな種類が置いてあるけれど、私にはよく分からない。

 真っ赤な長髪は本当に綺麗だけれど、自分がいざそれを手入れするとなると話は違う。


 窓ガラスに映る自分の姿を見つめる。

 そこにいるのは、多少化粧は薄いだろうが変わらないイザベラ・ベールの姿。

 私の中の行き当たりばったり精神が囁いてくる。


 ――いっそ、やってしまおうか。




「お待たせしました」


 ヴィタリが数回のノックの後に、人の返事も聞かずに入ってくる。

 ヴィタリが私の姿を見て眉を顰め、それから私が手に持つ物を見つけてさらに皺を深くする。


「何をやっているのです」

「まだ何もやってないわよ」


 私の手にはハサミ。


「では、何をやる気ですか」

「いやぁ、比較的ヴィタリは私の中身が違うって受け入れてくれたじゃない? でも、そう簡単に受け入れられるものではないでしょう? 見た目はイザベラ・ベールだから」

「それは仕方が無いでしょう、私が慣れればいいだけです」

「そうは言っても、貴方自覚してる? 私の顔を見る度に眉間の皺を深くしてるわよ」


 眉間を指で押さえるヴィタリ。自覚したのか、顔を逸らされる。


「……いずれ慣れます」


 不貞腐れた子供のような口調。それが何だか微笑ましくて、思わず笑ってしまう。

 ヴィタリの気持ちは分かる。突然貴方の嫌いな人間の中身が入れ替わりました、初対面として扱ってください、と言ってすんなり受け入れられる訳では無い。

 私がヴィタリに協力できることは何だろう。首を傾げれば、ベールの艶やかな赤い髪が肩を流れる。


 長い髪を束ねて片手で掴む。逆の手にハサミ。


「まさか」


 私の考えを読んだヴィタリが、その顔に驚きを浮かべる。

 良く良く思い返してみると、ヴィタリって案外表情豊かだなと思う。


 ハサミを持つ手に力を入れる。耳元でショキンと音が聞こえた。

 思ったよりも簡単に切れるんだなぁとボンヤリ思いながら、私の手に残った一房の髪の毛は魔法で燃やす。


「なんて事を」

「まぁ、私には邪魔だったから」


 軽くなった頭を振る。呆然とした表情で立つヴィタリに、ニコリと笑い掛ける。


「もしもこの先ベールの意識が戻ったら……私の代わりに謝っておいてくれる?」


 ヴィタリの視線が、短くなった私の髪から私の目へと移動する。ヴィタリの若木色の瞳が揺らぐ。


「……そんな未来が来ない事を、願っています」

「そうね、できれば私もそうであって欲しいわ」


 ヴィタリはテーブルに持ってきた紅茶を下ろすと、一息に飲み干して、それから深い深いため息を吐きだした。



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