第19話:心配
翌日、私の無残な頭を見つけたメイドさんが悲鳴を上げた。
そのままあれよあれよという間に、本職の魔族がやってきて私の頭髪を整えてくれて、髪の長さは肩に届くか届かないかぐらいで、かなりさっぱりした。
ベールとなってから、どこでボロが出るか分からずメイドさんの手伝いを最低限に抑えていたが、もういっその事だからと、メイドさんにお手伝いを頼み、メイクから服装から全て取り替える事にした。
メイドさんは最初は恐々だったが、私がもっともっとと煽り続けた結果、いつの間にか人数まで増えて最終的に三人のメイドさんによって着せ替え人形にされていた。
途中でヴィタリが部屋にやって来たが、お人形状態の私と殺気立つメイドさんを見てため息を零し、「今日の仕事は大したことは無いので、ごゆっくり」と言って去っていった。
あの顔は「良く考えてから動けよ」と言っていた気がする、たぶん。
結局午前一杯は身嗜みを整える事に使いきり、解放されたのはお昼ご飯になってからだった。
食堂で美味しいご飯を食べながら、変に緊張して固まった身体を解す。
だが、苦痛だけの時間だった訳では無い。
ベールの好みが原色カラーのドレス一辺倒だったので、新たに黒や深緑などを使った露出抑えめのドレスに、動きやすさを重視したパンツスタイルもいくつか注文したので、届くのが楽しみであるし、ハサミで切り落としただけの短くした髪は毛先を整えるついでに梳いてもらったので、頭がさっぱりしてしかも軽い。
思えば昔も、一つ結びができる程度には伸ばしていたけれど、他の貴族のご令嬢程に長く伸ばしてはいなかった。
今まで経験した事の無い長さを思えば勿体無かった気もするが、やはりこの軽さの方が動きやすくて良い。
「ベール様、こちらに来ていましたか」
掛けられた声に振り返れば、トレーを持ったヴィタリが立っていた。
「午前中はごめんなさい。午後からは仕事に行くから」
「いえ、先程も言いましたが、今日はそれ程大した事は無かったのでお気になさらず」
ヴィタリはそう言いながら、向かいの席に腰かける。
「それに……貴方の突拍子もない行動にも、慣れていかなければならないのだと思いますし」
「助かるわ、ありがとう」
私の言葉に、ヴィタリは眉間にしわを寄せた後、諦めたようにため息を吐きだす。
「改善しようとは思わないのですね」
「出来るのだったらやってるわよ」
「それもそうですね。……あぁそれと、午後二時から魔王様に時間を作って頂きました。昨日の話し合いをご報告されたら良いかと」
さらっと言われた言葉に、思わず目を丸くする。私の表情を見たヴィタリが、眉をしかめる。
「何か?」
「貴方に話して良かったなと、しみじみ思っただけ」
ヴィタリはこれ見よがしに深いため息を吐きだして、食事を始める。
どうも髪を切ってから、眉をしかめるヴィタリよりもため息を吐くヴィタリの方が多いような。
「ベー、ル……?」
掛けられた声に振り返る。そこにはいつものように大量の肉料理をトレーに乗せたマルコが、呆然とした表情で立っていた。
「おはよう……と言う時間でもないわね。マルコも今からお昼ご飯?」
返事を返すが、しかしマルコの反応が無い。首を傾げると、ヴィタリが小声で話しかけてくる。
「髪型が違うので戸惑っているようです」
「あぁ、そっか。……整えてもらったのだけど、似合わなかったかな」
私の言葉に、弾かれたようにマルコはちぎれそうな程の勢いで首と尻尾を振る。
「そんな事ないぞ! 綺麗だぞベール!」
「ありがとう、マルコも一緒に食べる?」
一つ間を空けた隣の椅子を引けば、フラフラと花に吸い寄せられる蝶の様な足取りで席に座る。
「マルコ、本当にどうかした?」
「私が知る限りでも、ベール様がそこまで髪を短くした事は無いので、マルコ様も困惑されているのでしょう」
「それにしても髪だけで?」
私の言葉に、ヴィタリが眉をはね上げる。それから何か納得したのか、腕を組んで一つ頷く。
その反応は何だと言う前に、マルコに服の裾を引っ張られる。
振り向けた先には、神妙な顔のマルコ。
「ベール……魔王様にフラれたのか?」
「……は?」
「言い忘れていましたが、魔族の女性にとって髪の毛は命の次に大切なものと言われており、切る長さによって悲しみの度合いを表現します。それと以前のベール様はかなり熱烈に魔王様にアピールされていました」
「そういう大事な事はもっと早く教えて欲しかったかな?!」
「気が付かず申し訳ございません」
ちっとも思って無いと分かるヴィタリの棒読み謝罪。しかしそこに突っ込む暇もない程、マルコに似合わない神妙な雰囲気が怖い。
「誤解よ、マルコ。髪はちょっとサッパリしたかっただけで、深い意味は全然無いから! 魔族の常識とかそういうもの一切合切、私には残ってないから!」
「そう、なのか?」
「そうなの!」
分かってくれたのか、マルコの表情が緩む。それに私もほっとする。
「そうなのか! なら良かった! 俺はてっきり、魔王様にフラれたベールが自暴自棄になったのかと思って心配したぞ」
「心配かけてごめんなさい、それとありがとう」
マルコは犬歯が見えるくらいにニコリと笑うと、その屈託無い笑顔のまま私の背中を手加減しながらバンバン叩いてくる。
「前のベールはちょっと苦手だけど、今のベールが俺は好きだから、落ち込む事があったら俺を頼れよ」
「あ、ありがとう」
マルコは良い奴だと思う。
私と同じで思慮深くは無いけれど、仲間思いで部下にも慕われている。
でも、苦手だなとも思う。
間違いなく前世の死亡原因が理由なのは明白。
それに、仲間思いだからこそ、ベールの身体に別人格が入り込んでいて、しかもそれが元勇者パーティーだと知られたら……。
あの時、魔王の部屋まであと一歩までの所で襲い掛かってきたマルコの表情は、あまり覚えていない。
勇者を守らねばという一心で、身体が勝手に動いていた。
こうなった今、正確に覚えていなくて幸いだったのかもしれない。はっきり覚えていたら、私はもっとマルコが苦手だったろうから。
私の断髪に深い意味はないと知ってから、もりもりと肉料理を消費するマルコをチラリと盗み見る。
マルコにだけは、何としてもこの秘密は守り切らなければ。




