第16話:執務
食堂で美味しい朝食を食べた後、ヴィタリに教わった自分の仕事部屋へと向かう。
一応私の執務室らしいが、今はまだ入るのに抵抗がある。
ノックした後、中から誰かの返答が聞こえたので扉を開ける。そこにいたのはヴィタリと、見覚えはあるけれど名前を知らない魔族。二人は部屋の中央に立ち、机の上に広げた紙を片手に会話をしていたようだ。
名を知らぬ魔族は驚いた表情でこちらを見た後、気まずそうに視線を逸らす。
ヴィタリは私が部屋に入っても、気付いてすらいないかのように一向に視線を向けては来ない。
「私は、これで」
名を知らぬ魔族が、逃げるように部屋を出ていく。
「邪魔してしまったかしら」
「まさか。ここは貴方の部屋ですよ」
声をかければ返事はしてくれるようだ。相変わらず視線は手元の書類だが。
『ヴィタリとベールは、異母姉弟だ』
改めてマジマジとヴィタリを見ているが、似ているかと言われれば似ているような気もする。吊り気味の目とか、いやでも似ているかと言われると違うような。
「私の顔に何か?」
「あ、ごめんなさい」
無視し続けるには、視線が煩わしすぎたらしい。流石に申し訳ない。
「今日の仕事は?」
「遠征に出ている部隊の報告確認と、それから部隊訓練。それともうすぐ月終わりですので、部隊維持に使用した金銭の必要書類の確認と準備、ですね。後は細々したものがいくつか」
「それは私というお荷物が居ても、今日中に終わらせられる仕事量?」
「問題無いかと」
「そう。だったら最後に、少し大事な話があるから時間を作ってもらえるかしら?」
私の言葉に、ヴィタリがようやくこちらに視線を向けてくる。
相変わらず、若木のような緑色の瞳からは感情を読む事が難しい。
「それは魔王様もご一緒で?」
「いらっしゃらないけれど……二人っきりが嫌なら魔王様に確認してくるけれど」
「いえ、それは結構です」
ヴィタリが私の記憶喪失を疑っているのは間違いないだろうが、以前勇者の報告をした時に魔王様に庇って頂いたから、魔王様も一枚噛んでいると思っているのだろうか。
まぁ、こればっかりは考えても仕方が無い。
「えーっと、まずは遠征の部隊報告と訓練よね? 私はどうすればいいかしら」
「では、丁度報告書のチェックを行っていたので、続きをお願いいたします。訓練はその間に私が行ってきます。一度にあれこれ詰め込んでも、覚えきれないでしょうから」
皮肉に感じるが、確かに未だに城内の把握もおぼつか無い状態だし、先程の名も知らぬ魔族の態度を見る限り、いきなり私が行っても邪魔になってしまいそうだ。
やはり今後ベールとして生きていく上で、ヴィタリの手を借りない訳には行かない。
「報告書のチェックですが」
ヴィタリは私へと視線を向ける事なく、淡々と説明を始める。それを横で聞きながら、時々質問を挟む。
そういえば、昔の事を思いだして改めて考えてみると、ヴィタリの態度はかなり悪いが不思議とそこまでの怒りは湧いてこない。
前世の騎士で私の忍耐力が鍛えられていたのだろうか。それとも、ベールの肉体にある潜在意識が弟に対して……って、そんな事があればベールはヴィタリを苛めてはいないだろう。
手早く説明を終えると、ヴィタリはさっさと部屋を出て行ってしまった。
一人残された私は、とりあえず椅子に座って作業に取り掛かる。
ほとんどは、対勇者向けに配備した部隊からの報告だ。今の所はどこにも勇者は現れていない。
「私の時はどう動いていたっけ……」
一番最初に勇者が聖剣を手にして、顔合わせをして、手始めに魔族領に行って、聖剣と各人の動きを確認して、一度戻って特訓を積んで、その特訓が大体一月ぐらいだったか。
ただエレノアが私とは違う事によって、勇者パーティーは変化していた。
完全に同じ動きはしないだろう。だが、参考程度にはできるはず。
「特訓は主に人間領に入り込んでいた魔獣の討伐。それをしつつ魔族領に徐々に近付いて、前回とは違う方向から魔王城を目指したのだったっけ」
執務室に備え付けられた机の引き出しを漁り、魔族領の地図を見つけて机に広げた。
記憶に残っている地形を探す。
エレノアが違っても、魔獣の動きにまでは大きな変化は無いはず。もしも勇者達が私の時と同じように魔獣を倒しつつコチラに向かってくるなら、ある程度似た動きになるかもしれない。
地図から前世の私が通った道を探し出し、近くの部隊の報告書を探す。
報告書には勇者達は見つかっていない旨と、魔獣の姿も減っているので部隊の人間の一部を別部隊に合流させてもいいかもしれない、という提案。
他の報告書にも目を通す。どれも勇者らしき姿は目撃されておらず、警備しつつ魔獣討伐を行っているという報告で、魔獣の数が減っているという報告は無い。
魔獣はこの魔王城の地下にある魔力穴から生まれたらしいが、繁殖自体は自然界で行っている。繁殖能力がかなり高く、一匹見つかったら五十匹はいると思え、というのが人間の常識だ。
そして前世では、魔獣の討伐を行いながら魔族領に進行したが、魔獣の討伐とは巣の破壊だ。
そこまでしなければ、魔獣の被害は減らない。
もちろん、巣の破壊を行っても逃げ延びた魔獣がまた別の所に巣を作るので、イタチごっこではあったのだが、次が来るまでの時間稼ぎはできた。
前世の記憶と、魔獣減少の報告。繋げて考えるなという方が無理だ。
ヴィタリに教わったように返事の手紙をしたため、魔王様への報告書も作成しつつ緊急性が高いので直接話す時間を作って貰えるよう手配をして。
そんなこんなで不慣れながらもバタバタと仕事をしている内に、時間はあっという間に過ぎていった。




