第15話:過去
白銀に輝く剣が、魔物を斬り伏せる。魔物の身体は、浄化されて黒い霧となって虚空に溶けた。
振り下ろした態勢のまま、額の汗を拭う青年の背後に飛びかかる別の魔物。青年が気付いた時には、剣を構える余裕もない程に肉薄していたが、横から飛んできた氷の飛礫が魔物を貫いた。
「何やってるのよ、勇者様!」
「すまない、エレノア」
青年の視線の先、彼と同じか少し下くらいの歳に見えるエレノアと呼ばれた少女は、腰に手を当てて仁王立ちしている。怒っている、という事を全身で訴えていた。
「すぐ油断するって、ついこの間にも言ったばっかりじゃない!」
「言われた記憶はあるんだが……」
「それで死んだらどうするのよ、馬鹿ッ!」
申し訳なさそうに頭を掻く青年と憤慨する少女の間に、プレートアーマーを着た男が割り込んだ。
「馬鹿に馬鹿と言われるのは勇者も癪だろうから、俺から言おう。油断大敵だぞ」
「アンタは何でいちいち私に喧嘩売ってくるわけ?!」
「喧嘩なんて売ってないだろ? 真実を言っているだけだ」
「そ・れ・が! 喧嘩売ってるって言ってんのよ!」
睨み合う男と少女を、勇者と呼ばれた青年はどうしたものかともう一人の仲間に視線を向ける。助けを求められた白いローブ姿の僧侶は、肩を竦めて首を横に振った。
「いつもの事だろ、放っておけよ」
「しかし、原因は俺にあるし」
「腹が減ったら二人とも大人しくなるさ」
「ちょっと! 私をこの脳筋男と一緒にしないでくれない?!」
「誰が脳筋だ!」
「アンタ以外にいないでしょうが!」
エレノアの声が森に木霊する。
それは彼ら勇者パーティーが結成されてから、一か月が経った頃の事だった。
*
パチリと瞼を開ける。
随分懐かしいような気もするし、ついこの間のようにも思える、賑やかだったあの頃の夢。
王国の騎士であるタリスとは、ほとんど毎日口喧嘩していた。
あの男だけは唯一、出会った瞬間から馬が合わなかった。
しかし最初の頃は本気だった喧嘩も、後半は癖というかじゃれ合いというか、お互いに本気では無かった、と思う。
私の一方通行な勘違いの可能性も僅かにあるが、そう思えるくらいには長い旅をした仲間だ。それに私がマルコと相打ちをして倒れる時、真っ先に駆け付けたのはあの男だった。
剣術こそ至高という考えは相容れなかったが、いの一番に駆け出す勇気と力のある男だった。
僧侶のトールは歯に衣着せぬ言動が目立つ掴み所の無い男だった。
当代随一と言われる程の白魔法を見込まれ勇者パーティーに選ばれたが、僧侶とは思えないほど信仰心が欠片も無い。神は死んだと宣い、タリスと一緒に酒を飲んでいた。
私はどうしても白魔法が苦手で、幼い頃に信仰心が足りないからだと説教されてきたが、あの男を見た時に白魔法と信仰心に関係は無いのだと悟った。
そんなトールは教会側からしたら、かなり持て余していた事だろう。
死ぬかもしれない勇者パーティーに、実力的には次期教会トップでもおかしくない男を差し出したのだから、教会の黒い部分が想像できる。
でもトールはそんな事全て承知の上で、感情の読めないヘラヘラした笑顔でいつもサポートしてくれていた。
あの男が珍しく感情を見せたのは、私が死ぬ直前に聞こえた震えた声の回復魔法の呪文だろうか。どんなときにも取り乱さない、冷静沈着な男だったのに。
そして勇者カイト。
お互いに未成年という事もあって、タリスとトールが酒盛りを始めると必然的に二人で話す事が多かった。
カイトは優しかった。
本気で人間の為に魔王を打ち倒そうと考えていた。
それが自分の使命ならば、死ぬ事すら厭わないという覚悟もあった。
私には眩しすぎる程に、真っすぐで他人思いな良いやつだった。
男所帯の勇者パーティーの中で、女の私を気遣ってくれる紳士的な所もあった。
私がマルコと相打ちした時。
カイトを庇って倒れた私の名を呼ぶ悲痛な声は、今も鮮明に覚えている。
約半年の旅路。思い出は良い事も悪い事も沢山ある。
彼等には、死んで欲しくないなと思う。
例えこの世界にいる彼等は見た目が同じなだけで、中身は私が知っている人物とは別人だったとしても、死んで欲しくない。
そして、私が死んでしまったあの世界で置いてきてしまった彼等には、幸せになっていて欲しい。
――あの世界の魔王様は、こちらの世界の魔王様と同じなのかな。
――カイトと話をして、魔力溜の事を知れば協力できないかな。
今の私にはもう、あの世界に手を出す事はできない。
どうしてあの世界に転生しなかったのだろうと思わなくもないけれど、今はこの世界で、私のできる精いっぱいの事をやって、魔王様も、勇者も、誰もがハッピーな決着をつけられればいいなと思う。
その為に、私にはやらなければならない事がある。
ベッドから起き上がって、背伸びをする。
顔を洗って着替えを済ませて、頬を叩いて気合を入れる。
問題は山積みだが、私だって覚悟を持って勇者パーティーにいたのだ。
魔族に転生したゴタゴタで、すっかり覚悟も鈍ってしまっているのかもしれない。久々に昔を思いだして、身の引き締まる思いだ。
それに今は、温かく見守ってくれる魔王様もいる。
『君は救世主なのかもしれない』
魔王様はそう言ってくれた。
ならば元勇者パーティーの魔法使い、救世主にジョブチェンジする覚悟で臨もう。
まずはヴィタリ、そして勇者達、そして魔力溜と聖剣!
よし、と拳を握って部屋を出る。
まずは、戦の前の腹ごしらえだ!




