第14話:姉弟
茶会を終えて護衛の魔族は戻り、私と魔王様も残りの仕事を開始し、量もそれほどなかったので、大した時間をかける事も無く終わった。
「ベール、ありがとう。助かった」
「いえ……ところで魔王様。お一つよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「私、今日からお仕事を始めたのです」
「……えっ?」
「どう考えても、私に流れている仕事量と魔王様の仕事量の差がおかしいなと思うのです。こうやって魔王様のお仕事を手伝わせて頂いて思うのですが、これ全部魔王様じゃなきゃできないものでもないですよね? 私やマルコでも、他の補佐官たちでもできると思うのですが、魔王様は如何お考えですか?」
ニッコリ笑って魔王様を見れば、そっと視線を逸らされる。
「魔王様?」
「……わかってはいる、のだが、私はどうも誰かに任せるというのが、苦手で……」
気まずそうにぽつりぽつりと喋る魔王様に、思わず笑ってしまう。
この方は一々反応が可愛い気がする。いや、男性に対して可愛いというのは失礼なのだろうけれど。
「魔王様は、部下を信用できないのですか?」
「そんな事は無い」
「でしたら、任せるという事は信頼の証です。悪い事とは思わずにドンドンやりましょう。魔王様のお仕事は、最初に会ったあの豪華な部屋で、踏ん反り返って座っている事ぐらいでいいのです」
「いや、それは」
「もちろん冗談です」
魔王様は私の言葉に、その綺麗なコバルトブルーの瞳を丸くする。それが可笑しくて堪えきれず、はしたなくも小さく噴き出してしまう。
肩を震わせて笑う私を、魔王様は困ったように見た後、その表情を和らげた。
「そなたは、そういう風に笑うのだな」
「……そんな恥ずかしい事、真面目な顔をして言わないで下さい。何を言っても、この話題からは逃がしませんよ」
「そんなつもりではなかったのだが……善処する」
とりあえず、魔王様も現状に問題を感じているらしい事は分かったので、今日の所は引く。何より、私も最大の問題を放置してきたので、あまり魔王様に強く言えない所がある。
「話が脱線しましたが、一つ魔王様に確認しておきたい事がありまして」
「今のが本題じゃないのか?」
「はい。お聞きしたいのは……ベールとヴィタリの関係です」
私がそう言えば、魔王様は困ったように眉を寄せた。
「今後生活していく上で、ヴィタリとの関係を改善できるかどうかは抜きにしても、知らない内にヴィタリを傷つけている気がするのです。怪我から戻った私の面倒を、ヴィタリでは無くマルコに指名した魔王様なら、詳しくご存知かと」
「……そうだな。そなたは知っておいた方がいいだろう。しかし、何から話せばいいのか……」
暫し虚空を見上げて考えを整理していた魔王様は、それからゆっくりと私へと視線を移した。
「前提として、あくまで私もこの目で全てを見ていた訳ではく、人伝に聞いた部分もある。間違っている可能性もあるから、可能な限り私が実際に見た事に絞りたいが、間違い無いという確証がある部分は君に話しておきたいと思う」
「ありがとうございます」
「まず一番大事だろう事は、ヴィタリとベールは異母姉弟だ」
「――えっ?!」
一番最初の情報からして、想像もしていなかった事を言われた。
ヴィタリとベールが姉弟? 外見的に髪の色は私が赤でヴィタリは緑。瞳の色が私が濃い緑に対して、ヴィタリは若木の様な淡い緑だ。
母親が違うそうだから、確かにそこまで似てなくても可笑しくはないのかもしれないが、普段のヴィタリの態度からはとても考えられない。
「……想像以上に、問題は根深そうですね」
「そうだね。基本的にそなた達家族の事は伝聞になってしまうけれど、信頼できる相手から聞いた話だから間違いはないと思う」
「という事は、マルコにはヴィタリという名前しか聞いておりませんでしたが、ヴィタリのフルネームはヴィタリ・ベール?」
「いや、ヴィタリのファミリーネームはリーシェだ」
「リーシェ……それはヴィタリのお母様の? 同じ苗字ではないという事は、そこに問題が?」
「……魔族の名前には特徴があってね、濁音は高貴な音として扱われている」
「という事は……」
イザベラ・ベールとヴィタリ・リーシェ。お互い名前には濁点があるが、苗字にあるのはベールだけ。つまりこの身体の本来の持ち主は、人間で言う貴族階級だったのか?
「ヴィタリは……ベールの父親が浮気をしてできた子供だ」
「浮気……」
「ヴィタリが引き取られた経緯は分からないが、幼い頃はベールもヴィタリも仲の良い姉弟だったよ。……でもそれも、ベールの母親が亡くなってから変わってしまった」
父親の浮気。母親の死去。この二つだけで、嫌な予感が絶えない。
「ベールの母親は、浮気を許せなかったようだ。心を疲弊させ、それで……。幼いベールが死の原因をどう聞いたのかは分からない。でもあの時から、ベールのヴィタリへの態度は百八十度変わってしまった。父親がヴィタリを庇っていたようだが、亡くなってベールが家長となってから、ヴィタリは家を追い出されてしまった。それっきりだったようだが、ベールもヴィタリも優秀でね。ついに職場で出会ってしまった、という訳だ」
「やるせない話ですね……」
母親が亡くなって、原因は父親の浮気でヴィタリはその子供。それを知った幼いベールの気持ちを思うと辛いし、今まで可愛がってくれていた姉が突然冷たくなったというヴィタリの気持ちも考えると、赤の他人の私が口出ししてもいい問題なのだろうか。
「魔王様、教えて頂きありがとうございます」
「いや……私にも、そなたとヴィタリの仲を取り持つ手伝いができればいいのだが」
「魔王様にそこまでやっていただく訳には」
断りつつも、どうすればいいのか分からない今、助けて欲しいという気持ちが全く無いと言えば嘘だ。
私がベールの振りをして過去の態度を謝った所で、記憶喪失の癖に何言ってんだ、と思われるのが関の山。かと言って、思いだせないから過去の事は水に流して下さい、と言える様な話ではない。
どうしたものかと唸る私の頭を、魔王様がぽんぽんと優しく叩く。
「今と昔のベールが別人だという事を、ヴィタリも薄々感じているんじゃないだろうか。そうしたら、ヴィタリもベールという魔族としてではなく、君自身を見てくれるだろう」
「そんなに上手く行くでしょうか?」
私の問いに、魔王様は柔らかく微笑んで髪の毛を撫ぜる。
子供扱いされているのは分かるが、その心地よさに大人しくされるがままになっていた。




