能力は人それぞれ
「それはそうと…。」
レッタは辺りをキョロキョロと見る。遠くの畑に何人か仕事をしている村人が見えた。道には人は見当たらない。
そのあとにヴィラーチェをじっと見つめた。
「お?なんですか?」
ふわふわと浮くヴィラーチェが尻尾をパタパタと動かす。
「ちょっとその格好はマズいわよね…。」
その言葉に反応したイルシュが同意する。
「始めはびっくりして気にしてなかったけど…改めて見るとちょっとアレだね。」
人間の二人の少女が言っている意味がさっぱり分からないヴィラーチェは、同族のキルトランスに解説を求めるように首をひねる。
しかしキルトランスも二人が何を言いたいのかが分からずに黙って首を振った。
「アリア、ちょっといい?」
「は、はい?」
突然話を振られたアリアは戸惑いつつも返事をする。
「ちょっとエプロン借りるわよ。」
そう言うと、彼女の後ろに回って手際よくエプロンを脱がす。
「??」
何が何だかさっぱり分からないアリアは身をこわばらせるが、レッタのやることに信頼をしているのか、顔に不安の色は無い。
そしてエプロンを闘牛士の布のように構えると、ヴィラーチェの方に構えた。
「なんですか?捕獲ですか?!」
何やら不穏な空気を感じたヴィラーチェが身構える。彼女の周囲に魔力が集まっていくのがキルトランスには分かった。
「ヴィラーチェ。攻撃はするな。レッタ…彼女は君に危害は加えない…たぶん。」
「たぶんじゃ困るですよ!」
まだ人間を信用していないヴィラーチェはしかめ面で抗議をする。
「ほんと、攻撃するわけでも捕獲するわけでもないから安心して。」
レッタは極力優しい笑顔でゆっくりと近づく。
「動かないでね…。」
そう言いながらもゆっくりとヴィラーチェに近づき、エプロンでヴィラーチェを包み込んだ。
「こ、これを捕獲と言わずになんと申しますか!!」
袋状に縛られたエプロンの中でヴィラーチェが手足をもがかせる。
しかしヴィラーチェもキルトランスと同じく翼ではなく魔力で飛ぶ種族のために、エプロンから首だけが出ている状態でも地に落ちることは無い。
その状態でふわふわと浮いている状態を見てイルシュが笑い転げている。
「キルトランス、悪いけどアリアの家まで急いで飛んでくれる?」
事態が分からないキルトランスは首をかしげつつも肯いた。
アリアとレッタがふわりと浮きあがる。
アリアの小さな手をキルトランスがそっと握った。アリアは彼の手だと分かると微笑んで握り返した。
レッタはその手を一瞥するが、口元を少し歪めただけで何も言わなかった。彼女の手にはエプロン茶巾寿司状態のヴィラーチェがいる。
「ちょ、ちょっと待って!私は?!」
自分だけ浮かないイルシュが慌てる。その間にも四人は高くなっていく。
「お前は馬があるだろう。」
キルトランスが言い捨てる。そう言うとアリアの家の方に滑り出した。
「ええ…マジで…ずりぃ!」
イルシュの抗議を無視して飛び出した。
「人間はこれを連行と言わないのですかー!!」
ヴィラーチェの抗議が空の彼方へ消えていった。
家の玄関に着くと、レッタは彼女を解放した。
「こ、怖かった…。」
他人の魔力で飛んだ経験のないヴィラーチェは青ざめている。
「ごめんね。もう大丈夫だから。ついてきて。」
そう言いがならアリアの手を取って家の中に入るレッタ。
どうしたものかとキルトランスを見上げるヴィラーチェを無視して彼も家の中に入る。
その当たり前のような様子を見て、しぶしぶと後をついて玄関をくぐったヴィラーチェであった
。
応接室に着くまでにヴィラーチェは興奮しっぱなしであったた。人間の家の中を初めて見る彼女にとっては、見るものすべてが珍しく興味を惹くものであったからだ。
いちいち質問をしてくる彼女に辟易しながらも、ご丁寧に説明するレッタであった。そんな彼女の手を握りながらも、くすくすと微笑みながら連れ添うアリア。
レッタは少々態度がぶっきらぼうなだけであって、基本的には非常に面倒見の良い性格なのだ。
いつもの十倍ほどの時間をかけてようやく一行は応接室に入った。
「玄関からここまでにこんなに時間がかかるなんて思わなかったわ…。」
げっそりしているレッタにアリアが笑いかける。
「私が一人で歩いたほうが速かったかもしれませんね。」
その時、家の外で馬の嘶きが聞こえた。
「あ、イルシュも帰ってきたようです。」
一人放置された彼女が馬を飛ばして帰ってきたようであった。その速さを考えると、おそらく風呂屋から襲歩で帰って来たのであろう。
三人はソファに座って彼女の到着を待つ事にした。
ヴィラーチェも三人の様子を見て真似してソファに座ってみた。
「おお…柔らかいですな…。」
初めての感触に感嘆するヴィラーチェ。何度かソファの上で跳ねると、感極まったのか笑いながら後ろに大の字に倒れた。
「なんですかこれー!気持ちいいー!」
そんな彼女の声を聴きながらアリアが「なんだか子どもみたいですね」と小声で言いながら微笑む。
そして仰向けになったヴィラーチェを見ながら、眉をひそめて唸るレッタ。
その時、廊下を軍靴の騒音を立てながらイルシュが走ってきた。
その音に驚いてヴィラーチェが飛び上がって身構える。
「置いてくなんてひでぇ!」
扉を開けると同時に文句を怒鳴るイルシュ。
「お帰りなさいませ。」
「おつかれー。」
少女二人の悪びれない言葉に肩をがっくりと落とすイルシュ。
「…イルシュ・バラージ軍曹、ただいま帰還いたしました…。」
皮肉を込めてキルトランスの方を睨みながらソファに着くイルシュ。もちろんキルトランスは相手にしていないが。
騒音の主がイルシュと分かったヴィラーチェはひとまず警戒を解く。
「さて…、とりあえず自己紹介をしましょうか。」
そうレッタが切り出すと、ヴィラーチェは興味津々にソファに座りなおす。
レッタの自己紹介が終わって、アリアの話が始まった時にヴィラーチェは身を乗り出して言った。
「白黒のねーちゃんはなんか変だな!」
「…?」
何のことかわからないアリアは戸惑うが、それをレッタが補う。
「目が見えないからそう思うのかもよ?」
その言葉を聞いてしばらくヴィラーチェは固まった。そして数秒の空白の後に驚きの声を上げた。
「ええええー?!目が見えないの?!」
信じられないといった声を上げた。
キルトランスもそうであったが、魔世界には障害者というものは少ない。
それは基本的に自分の力で生き抜く世界であるために、そのような肉体的な障害を持つ者は小さなうちに脱落していくからだ。
だからこそ、盲目と言う致命的な障害を持つ人間が、普通に生きている事に驚いたのだ。それは以前のキルトランスとて同じであった。
「すげえ…目が見えないのに生きてられるのか…。」
魔世界の価値観で考えて驚くヴィラーチェに戸惑うアリア。
「えっと…レッタがずっと助けてくれたから、なんとかなってます…。」
なんだか申し訳なさそうに答えるアリア。今までの人生でここまであからさまに目の事を言われたことが無いからだ。
だが不思議と嫌な感じはしなかった。それは悪意がなく、むしろ尊敬の色が交じっていたからであろう。変に気を使った上で内心見下されるよりもよほど心地よいものであった。
その後、キルトランスとイルシュが自己紹介を終えると、ヴィラーチェは立ち上がって堂々と自己紹介を始めた。
「ワタシはドラゴンフェアリー族のヴィラーチェ。水の魔術が得意だよ。」
そう言うと彼女の周囲にいくつかの水玉が浮かび上がって消えた。イルシュとレッタが驚きの声をあげる。
「何をしたのですか?」
アリアが尋ねると、レッタが彼女の手をとって差し出した。
「ねえ、ヴィラーチェ。アリアの手に水を出せる?」
「簡単です!」
自信満々に言うと、彼女の手に水玉が集まって包み込んだ。
空中で手だけが水に包まれるという初めての感覚に驚きながらも、笑顔がこぼれるアリア。
「本当に空中に水があるのですね。」
「そうだよ。自由に操れるよ。」
胸を張って自慢げなヴィラーチェをキルトランスは冷めた目で見ていた。
やっていることはドラゴンならば赤子でもできる事なのだから。もっとも、力を誇示しようとして部屋を水浸しにされるのは勘弁してほしかったが。
フェアリードラゴンもドラゴンニュートと同じように、魔力に頼って生きている種族ではある。だが、その魔力は雲泥の差である。
一番魔力の強いフェアリードラゴンであっても、おそらくドラゴンニュートの三割程度であろう。ましてキルトランスと比べれば二割にも満たない。
とは言っても、人間の魔道師と比べたら十人が束になってもかなわないものではあるのだが。
しかし、魔力も人それぞれであり、種族もそれぞれで、何も魔力が至上の価値ではない。ヴィラーチェの魔力が、キルトランスの足元にも及ばなくても、それが命の価値の優劣になるわけではないとキルトランスは思っていた。それ故に黙っていたのであるが。
ひとしきり水で遊ぶと、レッタが佇まいを正してヴィラーチェの方を見据えた。
彼女もレッタの様子が違うことに気が付いて、きょとんとしつつも神妙にした。
「でね…アタシたち人間からすると、ヴィラーチェが…その…ちょっと違うなって思うことがあるの…。」




