そういう種族ですから
レッタの言葉に無言で首を縦に振るイルシュ。
「ほうほう、それはなんですか?」
興味ありげに首をかしげながら尋ねるヴィラーチェ。キルトランスは無言である。
「その…なんて言うか…裸はマズいと思うの…。」
珍しく少し恥ずかしそうに言うレッタ。
「どういうこと?」
ヴィラーチェはかしげた首をさらに直角にまでかしげた。
ヴィラーチェはドラゴン族である。
ドラゴン界に服を着る文化は無い。
したがって、ヴィラーチェは裸である。
三段論法によって帰結される彼女の状態を、人間の少女たちは問題があるとした。
それは人間世界の常識から外れていたからだ。
しかし、ドラゴン界の常識に生きるヴィラーチェからしたら、本気で理解に苦しむ提言であった。
確かに彼女は裸であった。そしてフェアリードラゴンは小さいとは言え手足以外はほぼ人間と同じ体をしている。
それはつまり、いろいろと丸出しだという事だ。先ほどもソファに大の字になって転がった時も、レッタから局部が丸見えであった。
「ワタシは人間よりも強いから、服なんかなくても大丈夫ですよ?」
すこしムッとした顔で答える彼女にレッタは頭を悩ませる。
ちなみにアリアは初めてその事を知り、無言ながらも顔を赤らめていた。
魔世界では基本的に服は防具の一種と考えられている。つまり服を着るという行為は種族としての弱さを認めているのと同義なのだ。
魔世界でも最強の部類に入るドラゴン族は、防具など無くても強い事を誇りにしている。
したがってレッタの言葉は、ヴィラーチェにとって「あなたは弱いから防具を着なさい」という意味としか受け取れなかったのだ。
それが彼女が癪に障った理由だ。
創成期アルビにおいても服は当初、気候や外敵から身を守る手段であった。それが長い年月を経て、服飾と言う本来の機能を超えた文化となり、常識になってしまった。
だが魔世界はアルビ創成期の原初意識をそのまま受け継いているのだ。この意識の差は大きい。
「うーんとね…そういう意味じゃなくて…。」
気風の良いレッタが珍しく言葉を濁らせる。
そこにイルシュが助け舟を出す。
「てか、裸のままって恥ずかしくない?」
「…え?何が恥ずかしいの?」
全く助けになっていなかった。
そもそもの思考の土台が違うのだから、羞恥などと言う観念的なものが通用するはずもない。
キルトランスはその様子を黙ってみていた。その内心は「またか…」という思いでしかなかったが。
彼自身、同じ内容をアリアたちに言われたからだ。しかし、結果として彼は服の着用を免れていた。
「お姉さま、これは…手ごわいね…。」
「うん…。」
イルシュとレッタが同時にこめかみに指を当てた。
探り探り、解決の糸口を模索しながらの会話は続く。
「…ヴィラーチェは女の子よね?」
「女の子ってなんですか?」
「幼体の雌という意味だ。」
珍しくキルトランスが口をはさんだ。それは彼がアルビに来た当初に、雌雄と男女の言葉の違いを初めて知ったために、ヴィラーチェも同様に知らない単語だと思ったからだ。
キルトランスの言葉を聞いてふむふむと肯いたヴィラーチェであったが、きっぱりと否定した。
「違うよ。もう成体だよ。」
「大人という意味だ。」
よもや自分が通訳めいた事をすることになるとは思っていなかったが、それと同時にそれだけ人間の言葉に精通してきたという事を自覚したキルトランスであった。
そして彼女の言葉に三人の少女が驚いた。
「え?もう大人なの?!」
「なんですか。人間は失礼性生物ですか。もう八十年は生きてる立派な…オトナですよ。」
その数字に驚愕する三人。
外見的には幼い顔に、いわゆる成熟した人間の女性とは違う体型。それでもこの村の長老たちと同じくらいに生きているのだ。
その事実に口を開けたまま固まる少女たち。
「ババアじゃん!」
いや、一人だけ口に戸を立てられない少女がいた。
「いえいえ、そこまでじゃないですよ。」
人間であれば失礼だと受け取られるであろうその発言を、ヴィラーチェは意外と冷静に否定した。
「ドラゴンの年齢を、人間のそれと同じ認識で考えない方が良い。」
その言葉にうんうんと肯くヴィラーチェ。
「フェアリードラゴンは五百年は生きる種族ですよ?八十年なんてまだまだ若い部類です。」
「ご、五百年…。」
想像を超えた数字に開いた口がふさがらないイルシュ。ふと思いついてキルトランスに尋ねる。
「え?じゃあキルトランスは何歳だ?」
アリアとレッタは彼の年齢を聞いているが、イルシュは聞いていない。
「だいたい三百歳だ。」
「…寿命は?」
「個人差はあるが、だいたい千年以上だ。」
淡々と答えるキルトランス。想像を絶する年齢にもはや思考が追い付かないイルシュ。
そんな人間たちの顔を見ながら偉そうに胸を張るヴィラーチェ。形の良い胸が張りだされる。
「そういうことなのです。ワタシはオトナなので、服なんかいらないのですよ。」
「「むしろ逆でしょ!」」
レッタとイルシュが同時につっこむ。
「大人の体だから隠さないとマズいってアタシは言ってるの!」
「そこが…よく分からないです?」
お互いの認識の溝が全く埋まった気配はない。
「そもそも、キルトランスだって服を着てないですよ?」
ヴィラーチェが突然、話の矛先をキルトランスに向ける。
「…いらぬ事を言うな。」
忌々しそうに小声で言うキルトランス。
「じゃあ、キルトランスが着たら着てくれる?」
「断る。」「嫌です。」
二人が同時に否定した。
しばらく侃々諤々の議論が繰り広げられたが、最終的にはレッタの押し付けによって幕が引かれようとした。
「と、とにかく、ここはアルビなんだから、女の子は服を着ないと外に出ちゃダメ!」
「え~…面倒くさい…。」
心の底から嫌そうな声のヴィラーチェ。
「アタシが作ってあげるから、それを着てよ?」
それからしばらくして、レッタは家にあった残布を適当に見繕って、即席の服を作ることになった。
その手さばきの鮮やかさに、皆がレッタの手元に見入っていた。
「お姉さま…すごすぎるわ…。」
「え?このくらい普通よ?」
「人間の器用さ…すごい…。」
出来上がった服は本当に最小限の布で胸と股間を隠すものであった。
「ヴィラーチェ。ちょっとここに立って。」
レッタの目の前のテーブルに立つヴィラーチェ。その顔は興味津々と言った様子であったが、着せ終わった後に、やはり仏頂面に戻った。
「…気持ち悪い。」
「慣れないだけだから。すぐ慣れるって。」
有無を言わせないレッタの気迫に、無言の抗議の表情のヴィラーチェ。
それでも軽く飛び上がって少し部屋の中を飛び回る。そして空中で振り返って一言。
「やっぱ邪魔。」




