かわいいは正義
その日レッタとイルシュ、そしてキルトランスが自警団の訓練を終えると、アリアを含めて四人で恒例の風呂に行った。
今まで二~三日に一回だった風呂は、レッタが剣の訓練を始めるとほぼ毎日になった。
握ったこともない剣を振っているレッタの手は、すぐに皮が破れて血が滲んだ。
しかしそれでも毎日のように訓練に出る、レッタの根性にイルシュは舌を巻き、アリアは心配をする。
もちろんキルトランスの治癒によって回復は早いのだが、それを上回る訓練を重ねているために血豆が絶える日はない。
アリアと同じようにレッタの心配をするホートライドが、こっそりイルシュに彼女の腕前を聞いたところ、このように答えた。
「さすがお姉さまって感じのセンスの良さだね。半年もしたら自警団くらいなら一人前に戦えるようになるんじゃないか?」
このように彼女の剣の筋の良さは、他の自警団員が見ても分かるものであった。
実はイルシュは口の悪い性格とは裏腹に、指導者としては意外と有能で、陸軍仕込みの正式剣術を短期間でレッタに教えていた。
ホートライドが瞬発的な防御本能に優れているように、レッタは本能的に相手の隙を見抜く能力に長けている。
だた、そこを突くだけの筋力がまだ無い彼女は、隙を突く前に相手に防御を許してしまう。
イルシュは内心(ホートライドとお姉様が組んだらいいコンビになりそうだな…)と思っているが、なんとなく口には出さなかった。
太陽は西に傾き、そろそろ夕暮れの時間に差し掛かるころ、すっかり顔なじみになった番台のおやっさんにお礼を言うと、四人は上気した湯上りの頬に初夏の涼風を感じながら家路に着こうとした。
風呂屋の道を出ようと角を曲がった時に、壁の陰から何から飛び出してレッタにぶつかった。
「うわっ!!」
「痛った~い!」
そのぶつかった小さい何かは地面にひっくり返ると悲鳴を上げた。
「ど、どうしたのですか?!」
事情がつかめないアリアが慌ててレッタの心配をする。
しかし、それと同時にレッタとイルシュが驚きの声を上げた。
その小さい何かはひっくり返った時に後頭部をぶつけたらしく、頭をさすりながら起き上った。
それは彼女たちが見たこともない生き物であった。
四十センチ弱の小さな体に翼の腕。異形の足に尻尾。そして人間の女性に似た体。
明らかにアルビの生物ではないそれ。間違いなく魔世界の住人であった。
「ま、魔物?!」
それを認識した瞬間、思わず腰の剣に手が伸びるイルシュ。瞬時に戦闘態勢に移行するところはさすが訓練された正規兵と言ったところであろう。
そしてイルシュの言葉に怯えるアリアをかばおうとするレッタ。
だが当の魔物は緊張感のない声で頭をさする。
「おおおおお~…痛かったぁ!」
そして自分がぶつかった物を見上げる。
その魔世界の住人と人間の少女二人の目が合う。
「「か…かわいい…。」」
レッタとイルシュが思わず言葉を漏らす。
「ごめんごめん。人間にぶつかっちゃったか。」
少し涙目の魔世界の者は、一瞬イルシュの手元を見たが、特に表情を変えることなく笑った。
そしてふと二人の奥を見ると、目を輝かせて大声で話しかけた。
「おお、君はあっちで会ったドラゴンニュートさんだね?」
思わす三人の少女はキルトランスの方向を振り向いた。
そして魔世界の龍は、頭を抱えていた。
面倒な奴にまた会ってしまった…、と。
「え、キルトランス、知り合いなの?」
驚いた声で尋ねるレッタ。
「って事はやっぱり魔物なんだ?!」
驚きつつも警戒は解かないイルシュ。
「ど、どんな方ですか…?」
事情が見えずにおろおろするアリア。
そしてキルトランスはゆっくりと手を下しながらきっぱりと言った。
「いや、知らない。」
一瞬の間が空いて少女たちが「え?」と言うやいなや、その小さな魔世界の住人は憤慨したように怒り出した。
「え~!あっちの転送の間で会ったじゃん!覚えてないのですか!その龍の首輪を覚えてるですよ!」
その言葉を聞いて少女たちが疑惑の目をキルトランスに向ける。
「知ってるっぽいよ?」
「キルトランス様の首輪をご存じの方なんですね?」
「…と、その小さいヤツは言ってるんだけど?」
キルトランスはしばらく無言で固まっていたが、観念したようにため息をついた。
「ああ…もしかしたら、あっちで会った事があるような…気もするな。」
「会ったんですよ!フェアリードラゴン族のヴィラーチェだよ!」
抗議の声を上げるヴィラーチェと名乗る彼女。
しかし、その言葉に今度は人間の少女たちが、驚いて一斉に彼女の方を見る。
「「ドラゴン族?!」」
突然注目を浴びたヴィラーチェは驚きながらも少し自慢げに応えた。
「う、うむ!ワタシはフェアリードラゴン族の代表、ヴィラーチェだよ!」
しかし少女二人が信じられない顔で彼女を凝視する。
「この子が…?」
「ドラゴン…?」
その言葉にヴィラーチェが飛び上がり宙に浮く。
「な、なんですか!信じないのですか!」
「ワタシはそっちのドラゴンニュートさんと同じ世界に住む、れっきとしたドラゴンの一族ですよ!」
それを聞いて少女たちが再びキルトランスの方を見る。
「…って言ってるけど本当なの?キルトランス。」
レッタが少し強い口調で問い詰める。
キルトランスは仕方なく首を縦に振った。
「ああ、彼女の言っている事に嘘はない…。」
確認を取ると、イルシュは再びヴィラーチェの方を向いた。
「こんなドラゴンもいるのか…。」
感心したような呆れたような口調である。
それに対して憤慨する小さなドラゴン。
「失礼ですな!ちゃんと爪も尻尾も角もありますよ!」
そう言いながら、これ見よがしにお尻を向けて尻尾を振ったり、足の爪を見せたりする。
「あ、ほんとだ。」
「言われてみれば…。」
しげしげと見ながら観察するレッタとイルシュ。状況に置いてけぼりになっておろおろするアリア。
そんな様子を見ながらキルトランスが一言。
「村にドラゴンが侵入したのだぞ。自警団に報告をした方が良いのではないか?」
その言葉を聞いてレッタとイルシュが、ちらちらとヴィラーチェを見ながら少し考える。
「うーん…まあそれはそうなんだけど…。」
「まあ、侵入者っちゃ侵入者だけどさ…。」
今度はその言葉にキルトランスが納得いかない口調で抗議をする。
「私がここへ来た時の反応と違いすぎないか?」
それに対して少女二人が言葉を返す。
「だってかわいいし。」
「別に怖くないし。」
キルトランス、大いにため息をつく。
納得いかない。




