クレストとフォナとエアリアーナ その1
「私の両親の事なんですけど…。」
アリアの言葉が少し詰まる。顔をうつむけどこから話しはじめれば良いのかを迷っているようだ。
キルトランスは彼女を気遣うように話しはじめた。
「私も少し前から疑問に思っていたのだ。」
その言葉にうつむいていた彼女の顔が彼を見止める。
あまり話すのが得意ではない龍は少しずつゆっくりと話しはじめた。
「初めてアルビに来た時には気が付かなかった。」
「ドラゴン界ではだいたい一人で住んでいる者ばかりだから、エアリアーナ。…アリアも同じなのだと思っていた。」
「村に出るようになって色々な家を見た。レッタの家も見た。」
「他の家の中には何人もの人間が住んでいて、だいたいの場合は親と子が一緒にいた。」
アリアはキルトランスの言葉を耳を澄ませて聞いている。
「それが普通だと思った時に、なぜこの家には…アリアが一人で住んでいるのかと疑問に思ったことがあった。」
「何か事情があったのだな?」
キルトランスが最後に問うように締めくくると、エアリアーナは微笑んで話しはじめた。
「やはり、そう思われますよね…。」
そしてキルトランスをしっかりと見据えると告白した。
「私の両親。父、クレスト・オレガノと母、フォナ・ラドロス・オレガノは、すでに亡くなっています。」
キルトランスは特に応えることはしなかった。事情も分からずに安易な同情をしたくは無かったからだ。そして魔世界では両親が死んでいるなどという環境はよくある話で、そこまで特異な環境だとも思っていなかったからだ。
ゆっくりと話を続けるアリア。
「お父様、クレストはこの村の商人でした。私には分かりませんでしたが、けっこう手広く商売をしていて、近隣でも有名な人だったそうです。」
「そしてフォナ…お母様はこの家に嫁いできたガヴィーターの人でした。」
キルトランスは聞いたことのあるようなガヴィーターという単語に少し引っかかる。アリアはそれを汲んでか汲まずか、話を続ける。
「このラクメヴィア帝国の西で敵対する、魔道帝国ガヴィーター出身だったのです。」
その説明で会得したキルトランス。
「ですから、最初はけっこう村の中では揉めたそうです。」
アリアは少しだけ悲しそうな顔をした。
「特に村長様は反対派だったそうで…。」
彼女はその後を語らなかったが、村長がアリアを見る時の表情の理由が少し理解できた。
村の中にはフォナを魔女と影口する者もいた。魔術が盛んな帝国から来た女というだけの偏見でしかないのだが。
「ですが、お父様は村でも有名な豪商で、反対を押し切って結婚したそうです。」
キルトランスはふと家を見回した。
アリアの家、つまりオレガノ邸が他の家よりも立派だったのは、そういう理由があったのだと納得する。
「結婚してからも仕事は上手くいって、結婚生活も順調だったそうです。」
「…そして私が産まれました。」
その時の表情はまるで人形のように無表情であった。
光を映さぬ虚ろの瞳が、ぼんやりとキルトランスを見つめているのだ。
「お母様は忌子を産んだと、村人たちから影口を言われるようになりました。」
「特に結婚反対派だった人たちは辛辣だったと聞きます。」
アリアは初めて辛そうな表情をした。
目が見えない事を辛いとは思わない。一人でいることも辛いとは思わない。
ただ、母親が自分を産んだことで責められた事が辛いのだ。
「私が産まれたばっかりに…お母様は皆に責められたのです…。」
「やっぱり魔女だった、と。」
アリアの肩は少し震え、手は膝の上で固く握りしめられている。
キルトランスはそれでも何も言わなかった。部外者がやすやすと口を挟んでいい事ではないからだ。
魔世界でも障害者への偏見はある、根拠があるのか無いのかも分からぬ風評被害も少なくない。ただそれと同じものが人間界にもあったというだけの話なのだ。
「私も三歳くらいまでの記憶はあまりないので覚えていないのですが、昔は屋敷に使用人もいたそうです。しかし私とお母様を気味悪がって辞めてしまったそうです。」
その名残で、今でも応接室と厨房の間に使用人室がある。
「外に出ないように言われていたのですが、私は五歳ころからいいつけを破って玄関から外に出るようになりました。」
アリアの表情が少しだけ戻る。黙っていたキルトランスも少しだけ口を挟んだ。
「その頃から見えなくても歩けたのだな。」
「はい。怪我は多かったですけど。」
彼女の口元に淡い苦笑が浮かぶ。
「おかげで今でも家の中には何がどこにあるかは覚えていますし、杖と手で歩き回れます。」
それは純粋に彼女の努力の結果だ。
見えない事を言い訳にせずに、自力で自分の足元を固めてきた彼女の道だ。この努力の結晶だけは何者にも否定する事はできまい。
「玄関から外に出るって言いましたけど、実際は玄関の石段に座って風を感じながら、日向ぼっこをしてただけなんですけどね。」
そう言ってようやくアリアは再び笑顔になった。
「そういえばレッタと初めて出会ったのもそこでした。ある日私がいつも通りに座っていたら、レッタが私を見つけて寄って来てくれたのです。勝手に門をくぐって。」
「そこからレッタはずっと私と遊んでくれるようになりました。」
そう話す彼女は本当に幸せそうであった。アリアにとってレッタという存在が、どれだけ心の支えになっていたかは想像するに難くない。
家の中に閉じ込められた忌子が初めて外界と接点を持てたのだ。
「レッタは私を村の中へ連れ出してくれました。どんなに村の人たちから悪く言われても。」
「そのおかげで、村の人たちも少しずつ私の相手をしてくれるようになりました。」
そう言って目を伏せるアリア。レッタへの感謝の念は尽きる事はない。
「ですが…。」
アリアの言葉が淀む。ようやく戻ってきた笑顔が再び陰る。
彼女は今、思い出したくない事を思い出そうとしている。キルトランスのために。




