クレストとフォナとエアリアーナ その2
「九歳の秋の事でした…。」
淡々と話しはじめるアリア。それは心を揺らさぬようにするためだ。
「お父様の隊商が魔獣の群れに襲われて全滅したのです…。」
ゆっくりと息を吐いて心を落ち着けるアリア。
「でも隊商の人たちは、そういう危険と常に隣り合わせなのですから、私もそういう覚悟は心のどこかでしていたのだと思います。」
「実際、お父様が食事の時に色々な冒険譚を、冗談交じりで聞かせてくれていたので、そういう危ない仕事をしているんだという事は、おぼろげながら分かっていました。」
都市にいる店舗を持っている商人は安全である。しかし物資を輸送しながら売る隊商は常に危険をはらむ仕事である。
野盗・魔獣そして魔物。広い大陸を股に掛ければ、常にそれらから襲われる可能性に怯えながら移動しなければいけない。
だからこそ、その分の利鞘は大きく、当てれば一代で財を作る事も出来た。クレスト・オレガノのように。
「だからお父様の訃報を聞かせれた時、とても悲しかったのですが、意外とすぐに納得はできました。」
そう言って少し口元を歪めるが、それは自虐の色が濃かった。
「もちろんお母様は悲嘆にくれました…。愛するお父様を失って平気でいられるわけがないですよね。あんなお母様を見るのは最初で最後でした。」
当時の母親の姿を思い出すたびに、今でもアリアの心は重くなる。
「ですけど、現実はそんなに優しくありません。悲しむ間もなく、お父様の死を悼む猶予すら与えてくれませんでした。」
「その日からお母様は、お父様の仕事の代わりをしないといけなかったんです…。」
債務の支払いや回収、隊商の被害家族への補填。手広く仕事をしていた豪商ならではの、様々な残務処理があったのだ。
日々押し寄せる商人や取立てに対処するべく、フォナは東奔西走することになってしまった。
幸いな事にしっかりと取引をしていたクレストのおかげで、金銭面に関してはなんとかやりくり出来た。ただ流通を担う以上、残務は避けられなかった。
フォナ自身が各地への債務の回収や売掛金の支払いなどに、直接出向かなければならない事も多く、アリアは村に残されることが多くなった。
しかし愛する夫を旅路で失ったフォナは、どんなに遠い街に行くにもエアリアーナを連れていくことはなかった。
それはこれ以上愛する者を、たとえ周りから忌子を産んだ魔女と罵られようと、愛する愛娘を失いたくは無かった彼女の、母の愛ゆえであろう。
もっとも、アリアはそれに対して何も不満は言わなかった。
父を失ってなお、母が自分を守るために奮闘しているのだ。それに対して何の不満が言えようか。
「その時からレッタと一緒にいる時間が増えたのです。」
「私が一人の時に家で泊まってくれたり、たまにレッタの家に泊めてもらったり。」
ずっと黙っていたキルトランスが「ふむ…」と一声漏らした。
なるほどその頃からの関係のだからこそ、自分と言う異邦人をレッタは嫌うのかもしれない。
ふとアリアの声色がスッと暗いものになった。その異変に気が付いたキルトランスも無意識にアリアの口元に目が注がれる。
「お父様の死から数週間経って、残務処理もほとんど終わりかけていた時でした。」
「…お母様が行方不明になってしまったのです。」
これにはキルトランスですら絶句した。
こんな短期間で親をどちらも失うなどとは、もはや不幸としか言いようが無い。
「…それは不幸であったな。」
気の利いた言葉など浮かぶはずもないキルトランスが、ようやく思いついた凡百な言葉にアリアは微笑みで返した。
「優しい言葉…ありがとうございます…。」
だがその微笑んだ目尻には涙が浮かんでいた。
「東の街ドーンでの足取りを最後に、それ以降、お母様の姿を見た者はいなかったとのことでした。」
「もちろん探していただきましたし、一か月ほど待ちもしたのですが…今も行方不明のままです。」
しばしの沈黙が応接室を包む。その沈黙は今でもフォナが彼女の元に戻った足音を待っているようでもあった。
「お母様が苦労してくださったおかげで、債務関係はほとんど終わっていたのが唯一の救いでした。」
「残りは私とレッタが探し出した限りの家に残ったお金と、母が持っていた宝石などを売り払ってなんとか自由の身にはなったのです。」
お金というモノに無縁なキルトランスには、それがどれほど大変な事なのかは分かりかねたが、それでもそう言った後の彼女の溜息でどれだけの肩の重荷が下りたのかをうかがい知ることは出来た。
「それ以降、レッタはずっと私の家に住むと両親と大ゲンカした事もありました。」
「ですから、先日みたいな事も実は初めてではなかったのですよ。」
そう言って少しだけ笑った。
どうやらレッタは昔からアリアを自分よりも大切に考えて行動していたようだ。
「その日から、私はこの家で一人で暮らして…。」
そう言いかけて静かに首を振るアリア。
「この家で、レッタとホートライドさんに助けられて暮らしてきました。」
一人で暮らしてきたという傲慢を振り払うアリア。
「もちろん、家を出れば村の人たちで優しくしてくれた人たちもいました。」
「優しくなかった人間もいたという事か?」
キルトランスは尋ねた。その頭の片隅に一人の人間を思い出しつつ。
それに少し苦笑いしながら答えたアリアも、恐らく同じ人を思い浮かべていたに違いない。
「…はい。あまり人を悪くは言いたくないのですが、冷たい人もいました。それでも少しずつ普通に接してくれる人も増えました。」
そう言って村人全てが冷たい人ではないとかばうアリア。
「たぶん、今でも許せない人たちは、ガヴィーター出身のお母様との結婚を反対していた人たちが半分…。」
「そして私が盲目な事を嫌っている人たちが半分…。」
「もしくは、両方の人ですね。」
アリアが諦めたように笑って言った。
だがキルトランスには納得できなかった。なぜならどちらもアリアに非があるわけではないのだ。
何人であろうとも自分の親を選ぶことは出来ない。親の因果に子が報いということも無くはないが、すくなくともアリアの母フォナの非と言われているのは出身地なのだ。それこそフォナ自身が選べることもなかった天賦のものだ。
そして盲目が忌子というアルビの文化も分からなくはないが、だからと言ってアリアが選んだ非なわけではないのだ。
キルトランスからしたら、そんな大理不尽によって嫌われているアリアが不憫でならなかった。
珍しくキルトランスがやるせない気持ちを持て余していると、アリアはフッと立ち上がるとキルトランスの前に跪き、彼の膝に静かに手を乗せた。それはまるで目が見えているように流れる動きであった。
「ありがとうございます。キルトランス様…。私のためにそんなに思って下さるなんて嬉しいです。」
そしてゆっくりと彼の胸元に顔を寄せて彼の胸板に頬ずりをした。
「私はそのお気持ちだけで心が軽くなりましたから大丈夫です。それよりもキルトランス様の心が吹き荒れる方が心配です…。」
するとキルトランスの心がふと軽くなった。それがなぜなのかは分からなかった。
だが彼は一言も話してはいない。何も話さずとも、彼女は心を察してくれたのだ。
これが心が通じるという事なのか…そう思うと不思議な気持ちになった。
彼はそっと彼女の背中に手を添える。
その大きな手は彼女の背中を抱きしめるように覆った。
言の葉で言い表せない何かを行動で示すキルトランス。
それを背中で受け止めて甘いため息をつくエアリアーナ。
二人は人生で初めて感じたこの感覚を表す言葉をまだ知らない。




